第5話 学年1の美少女

「お疲れ! 今日も頑張ってたね!! 」


 バスケ部の練習の片付けの最中、マネージャーの深沢が俺に声を掛けた。


 深沢直子。女子にしては平均的な身長に、赤系の茶髪に、ピンクのヘアピンを装着する。ブラウンのジャージ姿であり、隠れてはいるが肌は純白である。


 おまけに、ジャージからも伝わる立派なプローモーションには感嘆してしまう。男子を魅了し、女子から羨望の眼差しを受ける。程よい大きさの巨乳である。


 学校1の美少女として、多くの生徒達から認識される。


 だが、本人はその事実を鼻に掛けていない。


 どうでも良さそげである。


「労いの言葉をありがとう」


 俺は薄く笑みを浮かべ、感謝の言葉を述べる。気持ちは籠っていないかもしれないが、本心である。毎度、部活終了後に労いの言葉をくれるのは深沢だけである。


 まあ、部活動は好きでやっている。その活動に労いの言葉を受け取るのも不自然な話である。


「ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけどいいかな? 」


 深沢は俺の前に立ち塞がる。意図的なのか。片付けで体育倉庫に向かう、俺の目の前に立った。


「最近、ヨムカクで連載が始まった、『彼女を奪われた俺のリアル実話』ってラブコメの作品知ってる? 」


「へぇ!? 」


 思わず素っ頓狂な声を漏らす。


 想定外の事態である。あの学年1の美少女、深沢の口から拙作の名前が出る。にわかに信じられないことである。


 確かに、深沢はライトノベルやネット小説が大好きである。嗜好であり、ライトノベルやネット小説を通じて、ごくたまに深沢と雑談もする。深沢と俺の接点はライトノベルとネット小説だけである。


「どうしたの? 」


 不思議そうに、深沢は首を傾げる。こてんっと音が立つ。


「い、いや、なんでもないな。疲れているだけだ。無意識に変な声が出ただけだ」


 苦しい言い訳を作る。


 流石に、例の作品の著者が俺とは言えない。別に口にしても損害は少ない。だが、不思議と作品の著者を明かしたくない。


 俺はプロ作家に憧れているのだろうか。正体が不明なラノベ作家かっこいいみたいな。どうだろうな。自分でも定かではなかった。


「変化の。それでね、話は戻るんだけど。その作品がものすごい面白いの! なんて言うか、リアル感もあって生々しさもあるの!! 私、一気に1話を読み終わって、星とコメント、フォロー、いいね、すべて押しちゃったの!! まだ1話か更新されてないから、続きが楽しみだな〜」


 言いたいことを、深沢は勢いで捲し立てた。


 普段、俺以外の男子や女子には特段に饒舌では決してない。


 趣味の合う人間と会話する際に、マシンガンを打つように、深沢は言葉を羅列する。


「そ、そうなんだ…」


 全部知っているが、敢えて知らないふりをする。


「ちょっと!反応薄いよ! 『彼女を奪われた俺のリアル実話』はね、文章は短くて読みやすい上、吹き込まれるような文章なの。まるで小説の中に溶け込んだ擬似体験もできるの!! 」


 深沢の熱意に恐怖すら覚える。それほど拙作に対する好感度と熱意が高度化する。何も言わずとも、俺の作品を褒めちぎる。


「まだまだ語れるよ。主人公の真は浮気をされて、悲しみに支配されてるけど。これからざまぁが起こる予兆がプンプン漂うの。もぅね、どんなざまぁの展開になるか妄想しちゃうの。それぐらい、ワクワクしてるの!! 」


「そうか。そうなんだな」


 自然と胸の内から嬉しさが込み上げた。ジュワッと中から盛り上がるように、幸福と喜びの感情が滲み出た。


 表情筋に意図的に力を込めなければ、ニヤニヤが止まらない。それほど、拙作を称賛され、嬉しい。


 初めての経験だった。今まで小説を執筆して褒められた経験など皆無だった。


 自分には小説を書く才能が無いと断定していた。


 でも、違った。本能に身を任せ、書き殴った小説はたくさんの読者に読んでもらえた。高揚感も提供できた。


 自分の特技を初めて発見できた感覚だった。新たな発見とも言うべきだろうか。

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