第3話 閃き
俺は自宅に帰還した。手洗いうがいもせずに、即座に自室に移動した。
閉鎖するように、自室のドアを閉めた。力加減ができず、ドアの閉まる大きな音が室内に響いた。
そんな雑音など耳に入らずに、学生カバンやスポーツバッグを適当に放り、ベッドにダイブした。
弾力があり、柔らかい。
太陽の匂いが掛け布団から漂う。今朝、短い時間でも布団を干した甲斐が、結果として現れる。
「どうしてだ。どうしてだ。何で佐藤は吉澤と一緒に居たんだ」
ベッドで仰向けになって、虚ろな瞳で、天井を見つめた。いつも眠りから目覚めた時に、視認する天井だった。白のような、橙色のような天井だった。
「俺のことはATMか。じゃあ、今まで佐藤のために出費したお金はすべて無駄金だったわけか。はは。上手いこと利用されたわけか。我ながら情けないな」
から笑いが漏れた。
今、俺はどんな顔を形成しているだろう。鏡で確認しないと分からないが、おそらく衰弱しているだろう。それとも、不気味な笑みでも浮かべているのだろうか。確かめないと分からないな。
涙は流れなかった。流したい気持ちは存在した。それほど心に深い傷を負った。だが、心境とは対照的に目から涙は溢れなかった。1滴も垂れなかった。ただただ悲しみと虚無感が入り混じった複雑な感情が、胸中に居を構えていた。
ダークなオーラが室内を支配する中、俺のスマートフォンが通知を伝えた。ピロンッと周波数の高い音を漏らした。
「なんだ…こんな時に…」
気怠げに、俺はスマートフォンを確認した。
俺にとって、どうでもいい情報だった。カクヨム発の書籍化に関する情報だった。
ベッドにスマートフォンを放り投げ、布団に顔を埋めた。
ちょっと待てよ。
再び、俺はスマートフォンを手に取った。
もしかして、俺の悲しい経験を小説として執筆すれば…。
俺は1つのアイディアを閃いた。
以前に、ヨムカクで実際に小説を投稿していた。だが、全く人気が出ず、小説のフォロワーは10人にも満たなかった。いいね、など1つも獲得できなかった。星など論外であった。
脳内の記憶を鮮明に想起させた。佐藤と吉澤のラブラブで仲睦まじい、あのシーンが脳内にフラッシュバックした。
よし、記憶を頼りに書けそうだな。
スマートフォンでヨムカクにアクセスし、小説を書くために、まず小説のタイトルを決定した。
『彼女を奪われた俺のリアル実話』
直感的に小説のタイトルが頭に降ってきた。
それから、小説のあらすじを簡単に記し、1話の執筆を始めた。
俺は頭を捻りながら、言葉を取捨選択する。
生み出す苦しみも味わう。執筆を止めたくなるような、心が嫌悪感を抱くような苦痛を体感する。
2時間ほど掛けて、小説の1話を完成させた。自信を持って誇れる出来栄えだった。
「ようやく。ようやく…」
俺は1つの達成感を得た。そして、誤字脱字が存在しないか、2、3度ほど入念にチェックした。
「よし! これで更新! 」
ヨムカクの更新ボタンをタップし、俺は無事に小説を更新した。
「はぁ~~。疲れた~。今日は本当に人生で運が無い日だったな」
人間との繋がりを1時的に遮断するために、スマートフォンの電源を落とした。
「今日はもう寝よう」
布団に身体を通し、枕に頭を置き、仰向けの姿勢になった。
ゆっくりゆっくり、俺は目を瞑った。悲しみと小説を書いて味わった苦しみから、相当な疲労が身体に蓄積していた。
自然と苦労せずに、眠りに付くことができた。数分で意識は眠りの中へ消えた。
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