第2話 浮気
ある日。
バスケ部の練習終了後、俺は彼女を発見した。場所は学校の近所の公園だった。彼女は上下紺色のブレザーとスカートを身に付けていた。
佐藤千明。
彼女の名前である。染めた茶髪のショートヘアに、日本人特有の黄色い肌に、切れ長の目が特徴的な美少女である。低身長にお胸の方はあれだが、学年内ではトップレベルのルックスである。当然クラスでも陽キャである。
1年生時に同じクラスになり、一目惚れした。
勇気を振り絞って告白した結果。彼女と付き合えた。
2年生時では、違うクラスになってしまった。だが、別れずに付き合っていた。
そんな彼女の隣に、見知った顔の男がいた。その男子は、俺と同じ高校の制服を着用していた。上下紺色のブレザーとパンツだった。
吉澤虎丸。
彼女の隣に座る男子の名前である。2人は仲良く公園のベンチに座っている。
吉澤は黒髪で高身長のイケメンであり、バスケ部でも2年生ながらエースである。ルックスが起因し、陽キャである。男女ともに友達も多く、多くの人間が吉澤に信頼を寄せる。
俺は2人にバレないように、公園の木に身を隠し、物事の成り行きを見届ける。
「なあ、良かったのか? 千明は灰原と付き合ってるんだよな? 」
吉澤が俺の名前を口にした。どうやら浮気の自覚はあるようだ。
「大丈夫。大丈夫。絶対にあいつにはバレてないから。それと、バレたらあたしから別れを切り出すから! 」
俺のことを彼女として扱っていない口ぶりだった。実際に、この時間に公園で吉澤と共に時間を過ごしていた。
おそらく、そういうことだろう。
「ならよかった。俺は千明のことが好きだからな。灰原への気持ちが残っていたら、不思議と不快感を感じるんだ。だから確認した」
さり気なく、スマートに、吉澤は佐藤の手を握った。
「もう、あたしのことをもっと信頼してよね! 」
佐藤は快く吉澤の手を受け入れた。嬉しそうに握り返していた。
俺には手を繋ぐことは愚か、スキンシップすら許してくれなかったのに。
吉澤には好意的に許可していた。不機嫌そうに拒否などしなかった。
「あいつのことはATMぐらいにしか思ってないから。あたしの便利なツールだから」
「はは。ひどいな。まあ、バスケはクソ下手な上、陰キャな灰原にはお似合いかもな」
佐藤の悪口に同意し、吉澤は嘲笑した。明らかに、俺を軽く見た発言だった。
それにしても、佐藤にとって俺は彼女ではなかった。ATMだったんだな。
確かに。やたら服やカバンなどをねだられた。初めての彼女だったから、お小遣いをすべて消費してでも、ねだられた物は購入していたな。合計で5万円以上は佐藤に貢いだかもな。これも俺がATMだから。上手いこと利用されていたのかな。
悲しみと同時に悔しさが込み上がった。それらの感情が胸中を侵食し、遠慮なしに支配した。俺の気分は自由を奪われ、憂鬱さを醸成した。
「千明…。いいかい……」
「うん…来て…虎丸君…」
俺の気持ちなど露知らず、佐藤と吉澤は顔を近づける。2人の吐息が重なり合う。それほどの距離まで接近する。
「…千明」
「虎丸君…」
周囲には誰もいないと思い込んでいる。実際には俺が実存する。だが、お構いなしに2人はみるみる距離を縮める。
チュッ。
両者ともに目を瞑り、優しいキスをする。唇と唇の重なる音が公園内に静かに響く。
10秒ほど唇を合わせ、佐藤と吉澤は離れる。
彼らにとっては、あっという間の時間だったかもしれない。だが、俺にとっては長く長く感じられた。おおよそ1時間以上の体感だった。
「もう1回しない? 」
佐藤の目はとろんっと揺れる。完全に吉澤にメロメロである。
「もう1回? 可愛いおねだり。仕方ないから叶えてやるよ」
得意げに、吉澤は佐藤の頭を撫でる。
気持ち良さげに、佐藤は片目を瞑る。
「ありがと。…っん」
不意をつくように、積極的に、吉澤は佐藤の唇を奪った。目を見開き、驚いた反応の佐藤も、身を委ねるように徐々に瞳を閉じた。
さ。流石にもう限界だ…。
これ以上、彼女の浮気を目にできるほど、俺のメンタルは強靭ではなかった。心が壊れそうな感覚を味わった。今、この場を離れなければ、取り返しに付かない傷を負うと、身体が直感的に教えてくれた。
物音など気にせず、必死に俺は公園を退出した。歯を食いしばり、地面を踏み台にし、前進した。
地面を雑に蹴ったせいか、結構な物音が起こった。公園内に身を置けば、必ず知覚できる音だった。
だが、佐藤と吉澤は2人だけの世界を形成していた。そのため、物音にも気づかず、長い長い愛情のキスを堪能していた。
俺にとっては幸運かもしれなかった。
「ハアハア。早く早く帰らないければ」
無我夢中で両腕を振り上げ、全速力で寄り道せずに直帰した。人生でこれほど全速力で走った経験は無かった。
息は激しく荒れるが、身体は悲鳴を上げずに、どんどん前進した。公園との距離はみるみる内に開いた。
まるで先ほど、自身の目の前に現れた光景を記憶から消すように。
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