脱出 ④

「な」


 絶句を、サイガは二秒で強引に振り払う。思考を巡らせる。

 どうする。

 エイオス・イーディアを滅ぼす。真偽はどうあれ、そんな事を言ってのける相手なぞいよいよ放って置ける訳がない。

 だがどうする? 一緒に潜入した仲間達とは未だ分断されており、自分は文字通り手も足も出ない。唯一戦えるのは北斗だが、あくまで戦えているだけだ。勝てる見込みは全くない。

 一体、どうする。

 そんなサイガの焦燥とは裏腹に、『砂嵐』は無造作に背を向ける。入って来た扉へ向かう。


「はあっ!? お、オマエ! ここまでやっといて逃げるのか!?」

「そうだ。どの道今の状態ではランバートを制御し切れない。だったらいっその事お前に預けておいてやる」


 足を止め、振り返る『砂嵐』。

 そのベールの下にどんな表情が浮かんでいるのか、北斗は手に取るように分かった。


「計画は相当な遠回しになってしまうし、私も不本意な身体で居ざるを得ない。だが忌々しい事に、この状況なりの利点もある。ならばそれを利用するだけだ」

「ふ、ざ、け」


 一歩、踏み出す北斗。

 それと同時に、他の者達が一斉に動いた。

 即ち、過去記録でしかない筈の、サイガの部下全員が。


「うおっ」


 思わず怯む北斗。その掌中で、サイガは状況を見抜いた。


「これは! さっきもそうだったが、上書きをし返されたのか! だが、その為の魔力は……まさか!?」

「察しの通りだ。所詮コイツらは余計な荷物だからな、返してやるよ」


『砂嵐』は扉を開く。中に踏み入る。


「たっぷりと、熨斗をつけてな」


 吐き捨てると同時、『砂嵐』は扉を閉じる。扉は瞬く間に消える。

 その間、北斗は動けなかった。一帯を包む気配の変容を、魔力の流れの変化を、直感で理解していたからだ。

 そして一斉に動いた過去映像の男達が、北斗の直感を証明する。


「おいカーマイン、今度は一体どうなってんだ」

「詳しく説明するには、流石に時間が足りないな」

「なら端的に。コイツらは無害なのか、そうじゃないのか」


 そう北斗が問うと同時、映像の男達全ての足元から、魔力光が立ち昇る。彼等の身体を包み込む光は、ものの数秒で消える。彼等の身体も消えている。書き変わったのだ。何者かの操作で、全く別の存在に。


「NAaaaa……」

「NNnnn……!」



 そうして現れた者達を、北斗は知っていた。


「コイツらは確か、タラキアとか言う奴ら!」

「SUuuuu……!」


 北斗が構えると同時、最も近くに居たタラキア型の一体が剣を降り抜いた。

 びょう。

 見事な円弧を描く一撃を、北斗はバックステップで回避。だがその着地際を狙い、別のタラキア型が剣を突き出す。


「NAaaaa……!」

「く!」


 北斗は踏み込みつつ、止む無く左手を動かす。プレートを持ったまま、鞭のようにしなる動き。タラキア型の刺突は北斗の脇の下を掠め、直後に二の腕に挟み込まれる。


「しゅっ!」


 すかさず足払いを放つ北斗。重心を崩されたタラキア型は、北斗がねじる上体の方向へたたらを踏む。それが三撃目の敵の連携を阻害する。僅かな猶予。北斗とサイガは短い確認を取り合う。


「コイツら倒していいのか!?」

「良い! それより僕を放してくれ!」

「そういや浮けてたっけな!」


 プレートとタラキア型から、北斗は同時に手を放す。更に小跳躍。


「はッ」


 タラキア型の胸部へ蹴りを叩き込む北斗。反動で回転、逆の足で別方向のタラキア型側頭部へも蹴りを見舞う。更に高く跳ぶ北斗。


「ふッ」

「NNnnn……!」


 上空に標的、即ち誤射の心配なく銃火器を使える機会。タラキア型達は当然それを逃さない。


「SUuuuu……!!」


 照準。引金。フルオート射撃。

 容赦ない弾丸の嵐は、しかし北斗の身体を掠めもしない。

 北斗の右腕、未だ砕けている肘から先。その欠損部から噴出させた魔力が、北斗を高速移動させたからである。

 当然タラキア型達は北斗を追うが、それよりも推力の方が早い。瞬く間に天井へ達した北斗は、身体を捻って方向転換。天地逆さの着地を見せたのも一瞬、右腕スラスター最大噴射。傷が広がるのも構わず、北斗は直下に居たタラキア型へ吶喊。

 脳天を叩き潰されたタラキア型が倒れるよりも早く、北斗はその体を蹴り飛ばす。その方向に居たタラキア型二体がたたらを踏む合間、北斗は逆方向の敵へととびかかる。


「フン」


 北斗は鼻を鳴らす。当初こそ面食らったが、タラキア型の能力は通路で戦った時と全く変わっていない。腕が一本無い程度、大したハンデにもなりはしない。このまま手早く片付けてしまえば、サイガの事だ、あの『砂嵐』を追う方法を思いつくのではなかろうか。

 そんな北斗の目算は、しかし甘かった。


「しゅッ――?」


 少なくとも十体以上のタラキア型を片付けただろうか。改めて室内を見回して、北斗は気付く。

 部屋が、異様に広くなっている。

 正面の壁が見えないのだ。

 もともと広い場所ではあったが、幾ら何でもこれはおかしい。うっすらと霞む非常灯から目算するに、軽く2キロは距離があるだろうか。


「NAaaaa……!」

「ちィ!」


 斬りかかって来たタラキア型へカウンター鉄拳を見舞いながら、北斗は上を見る。先程逆さまになって足場とした天井。それが今、どこにも見当たらない。あるのはただ、不自然なまでに暗い闇である。


「こ、れは」

「まんまとやられたな。時間稼ぎだ」


 それまで状況を俯瞰していたサイガのプレートが、北斗の前へ音もなく降下。同時に部屋自体が振動を始める。


「な、んだ。なんで、こんなに広く」

「必要だからだ。来るぞ、上だ」


 もう一度北斗が見上げると、闇の中に星が瞬いた。星は瞬く間に無数の線を伸ばす。線は幾重にも分岐し、重なり、繋がる。

 やがて編み上がるのは巨大な魔法陣。それを突き破り、新たな敵が姿を現す。

 着地。轟音。立ち込める砂埃。

 視界は程なく晴れ、敵の姿が露わとなる。


「NNnnnnnn……!!」


 それは、タラキア型だった。

 数は一体。形状自体は今までと変わらない。頭部バイザー内に蠢く三つ目が、ぎょろりと北斗達を見下ろす。

 そう、見下ろしている。高所にいる訳ではない。巨大なのだ、身体が。

 目算でも優に十五メートルはあるだろうか。明らかに人体の構造を逸脱した脅威が、そこにあった。


「随分、鍛えたんだ、な?」


 北斗は、そう呟くので精一杯だった。


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ゾーン・ブレイカー 魔導犯罪特捜班 横島孝太郎 @yokosimakoutaro

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