脱出 ③

『砂嵐』はイラついている。

 雰囲気と立ち振る舞いで、それが分かる。

 だが何故、それが自分に分かるのか。

 湧き出る疑問を、しかし北斗は次の瞬間に捨てていた。

 何故なら。


「アンタ一体」


 何者なんだ。

 そう言い切るより早く、『砂嵐』が北斗の眼前へ踏み込んでいたからだ。

 間違いなく魔法、それを踏まえても恐るべき速度の接近。

 しかもその吶喊には、迷いのない拳打が付随している。

 狙うは北斗の右肩上、浮遊している一枚のプレート。


「待、てよ」


 そう北斗が呟いたのは、『砂嵐』の拳を掴んで止めた後だった。

 我ながら驚くべき反射速度。対する『砂嵐』は、つまらなさそうに鼻を鳴らした。


「そうだ。その程度は出来て貰わねば困る」

「どう、いう」


 事だ。

 そう言い切るよりも先に、『砂嵐』は拳を引き戻す。入れ替わり、逆の手の拳が襲い来る。今度は北斗を目掛けて。

 防御。切磋に掲げた左上腕が、拳と衝突。北斗は腕を弾かれる。


「は」


 オイこっちは金属だぞ。そんな地球の常識が通じない事を、北斗は改めて痛感する。そしてその痛感は、更なる打撃となって北斗を襲った。


「し、い、いッ」


 拳打、拳打、拳打、拳打。

 素早く鋭い打撃の嵐が、北斗の胸部を中心として乱れ打つ。


「ぐッ、んの」


 しかし北斗とて黙って見てはいない。六撃目をどうにか止めると、続く七撃目よりも先に左手を動かす。内から外へ、払われる『砂嵐』の拳。崩れるテンポ。その隙を突き、北斗はローキックを繰り出す。


「野郎ッ」


『砂嵐』は足を引くが、一歩間に合わない。膝の脇を掠める衝撃に、姿勢が揺らぐ。北斗は畳みかける。


「俺にッ」


 真正面、撃ち抜く鉄拳。『砂嵐』はスウェー回避。流麗につながるアッパーが襲い来る。


「何のッ」


 後足を引き、半身になる北斗。顔面すぐ横を掠める拳を感じながら、更に半歩引く。腰を落とす。絞られる下半身のバネ。


「恨みがッ」


 解放。繰り出された中段回し蹴りは、アッパーを放った『砂嵐』の脇腹へ突き刺さる。

 筈だった。


「忌々しいな。技巧そのものに差があるのか」


 北斗の蹴りは、止められていた。アッパーとは逆の手。『砂嵐』が掲げた掌の上には今、円形の半透明障壁が音もなく浮いていた。北斗の蹴りは、それによって受け止められたのだ。


「それは降参と取ってもいいのかな? ミスター、ええと、サンドストーム殿?」

「そんな訳がないだろう、ワタシは計画の鍵を……!」


 不意に、『砂嵐』の掌の障壁が爆発する。ごく小規模なそれは北斗の装甲に傷一つつけず、しかし姿勢を崩すには十分だった。

 そしてそれと入れ替わるように、逆の拳上には渦巻く光が集中しており。


「取り戻しに来ただけだッ!」


 マズい。直感した北斗は、反射的に右手を掲げる。その掌に、『砂嵐』の渦巻く打撃は直撃した。

 衝撃。回転する視界。吹き飛ばされた。自覚の直後に衝撃。背中から壁に叩きつけられた自分を、北斗は発見する。


「がッ、は」


 肺から空気が絞り出される感覚。錯覚だ。そもそも今の北斗の身体にそんな器官は無い。それでも身体を逆流する異様な熱に、北斗は苦悶した。


「な、にが」


 呻く合間もあればこそ、壁から剥がれた北斗の身体が力なく落ちる。叩きつけられる床。手を突き、起き上がろうとして、北斗は気付く。

 先程防御した右腕。

 その肘から先が、破損し失われていたのだ。


「こ、れは」


 北斗を驚愕させたのは、外観よりも遥かに痛みが小さい、というだけではない。傷、そのものの形である。

 まるで、ガラスが割れ砕けたかのような損壊。その有様は、否応ない類推を北斗へ突きつける。

 即ち、サイガ・カーマインの負った重症を。

 胸に開いていた、破れガラスのような穴を。


「お、まえが」


 左手を突き、どうにか立ち上がる北斗。大きなダメージだった筈だが、背筋を伸ばした頃にはどうにか拳を握れるくらいには回復している。何処かから流れ込んで来る力が、身体の損傷を少しずつ修復しているのだ。それがサイガの言う魔力に関する何かだと、直感で理解する。


「お前が! 元凶か!」


 壊れた腕を、北斗は突きつける。

 遠方、部屋の奥。未だ立ち並ぶ過去映像の向こうで、ゆるりと拳を解く『砂嵐』を。


「はん」


 対する『砂嵐』は、肩を竦めた。


「つくづく興覚めだな。その程度の認識しかない相手に、ここまで見事に台無しにされるとは。大方オマエも詳しい事は知らんのだろう?」


 サイガを見やる『砂嵐』。小さな一枚のプレートでしかないサイガは、すくめる肩すらなかった。


「そう言われてもね。末席とは言え国防に携わる者が、ステイシス・ドライブの起動が近いと耳に挟めば、矢も楯もたまらなくなるものさ」

「ほう、成程。果たしてどこから漏れたやら」

「おいおい二人だけで――」


 北斗は制御する。体内、駆け巡る力を。魔力の流れを。

 正確なやり方なんて知らない。だが、出来る。そんな奇妙な確信だけがあり。

 北斗は、それに従った。


「――盛り上がらないでくれよなッ!」


 練り上げた力を、右肩に集める。破損した右腕を、背後に向ける。

 解き放つ。

 ごう。

 右腕の欠損部から噴出する膨大な魔力は、即席のロケットエンジンとなって北斗の身体を射出した。

 狙うは前方、立ち尽くす『砂嵐』。爆発的な推進力を十全に乗せ、放つは胸部を狙うドロップキック。

 直撃。

 したが、それは『砂嵐』に対してではない。彼の近くに立っていた過去映像の隊員、その一人が『砂嵐』を庇ったのだ。


「何!?」


 驚愕するサイガ。その合間にも北斗の攻撃は続く。一回転して着地の後、更に大きくしゃがみ込み、放つは足首を刈る回転蹴り。『砂嵐』はこれを小跳躍で回避。その蹴り足の勢いのまま、立ち上がりながら北斗は肘打ちを狙う。

 研ぎ澄まされた、裂くような一撃。

 それは過たず、『砂嵐』を切り裂いた。


「まったく。困ったものだ」


 そう、『砂嵐』は切り裂かれた。顔を覆う砂嵐の膜だけが。

 その下から現れた顔を、北斗は見た。

 黒い髪。黒い瞳。高く見積もっても二十代半ばの男。

 東洋人――いや、日本人の顔立ち。

 その顔を、北斗は知っている気がした。


「これ程にランバートを使いこなしているとあっては」


 北斗が呆然としている合間に、砂嵐は再び彼の顔を包む。その合間にも、『砂嵐』は北斗の胸へ拳を二度打ち込んでいる。


「仮に制圧したとて、後々の面倒の方が大きそうだ」


 強制後退させられながら、北斗は右腕で胸を抑える。左手は使えない。何故ならば。


「技量もそうだが、何より機転と抜け目の無さがな」


『砂嵐』は見やる。北斗の左手、しっかりと握られているサイガのプレートを。先程の強襲は仲間の安全確保も含んでいた訳だ。


「そもそもキミは一体、何をするつもりなんだね。ステイシス・ドライブなどという、恐ろしいものを使って」


 そんな北斗の掌中から、サイガは問うた。

 僅かでも時間稼ぎと、情報収集を狙って。


「決まっている。この邪悪な世界を、エイオス・イーディアを、滅ぼすんだ」


 対する『砂嵐』は、想定を超える断絶でもって答えた。


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