脱出 ②

「で、だ。どうするんだここから」

「ああ、まずはコレを」


 サイガは懐から取り出す。四辺を金属で補強された、透明な一枚板を。

 スマートフォンサイズのそれは、画面上に四角いアイコンを幾つも表示させている。


「? スマホか?」

「似たようなモノだ。名前はプレートと言う」

「見たまんまだな」

「主な機能は音声通信、メールの送受信、ウェブへの接続」

「スマホじゃんコレ」

「だが、スマホに魔法の行使は出来まい」


 まじまじと、北斗はプレートを見つめた。

 画面右上から二番目、赤いアイコンが目についた。

 何となく、北斗はそれを指差す。


「出来るの? これで?」

「そうだ。十分に発達した魔法は、科学技術と見分けがつかない、という事だな」

「それ逆……でもないのか」


 己の指を見る北斗。

 青い金属。異様に良く動いた身体。スマホ以上の魔法の産物を、既に味わっていたではないか。


「で? このスマホ……プレートをどうすんだ」

「手に持ってくれ」

「ああ」

「最上段、右から二番目の赤いアイコンをタップしてくれ」

「ああ」


 言われいた通りにする北斗。

 直後、北斗は己の中にある何かとプレートのシステムが繋がった音を聞いた。


「な」


 なんだ、と言い終わるよりも先に状況は動いた。北斗が起動したプレートのアプリは、プログラムに従って術者から、即ち北斗から魔力を引き出す。

 引き出された魔力は光となって画面から射出、サイガの身体を包み込む。

 網か、繭か。そのように北斗が感じた矢先、光の塊はプレートの中へと戻ってしまった。その中に包んでいたサイガの身体ごと。


「えっ」


 光の消えたプレートを、北斗はまじまじと見る。


「えぇー。中に入っちゃったの」

「そういう事だ」

「うわっぷ」


 サイガの即答に驚き、思わずプレートを落としてしまう北斗。しまった、と狼狽える北斗の前で、プレートはふわりと宙に浮く。顔の高さでぴたりと止まる。


「そう言う事も出来るワケ」

「そうだ。十分に発達した魔法は」

「それはもう良いから。で、どの通路を進めばいいんだ?」


 右、左、後ろ。三方に続く薄暗い通路を、北斗は改めて順に見る。

 だがサイガの答えは、そのどれでもなかった。


「正面だ」

「正面、ってオマエさっきまで自分が寄りかかってた壁を」


 言いつつ視線を戻す北斗。

 そこには青色の金属扉が一枚、開かれるのを待っていた。


「あれーっ」

「当初からのクラッキングに加え、先程タラキア型を撃破した事で、周囲の掌握率をそこそこ上げられた。まともに進んだ所で目的地に辿り着ける保障も無いからな。こうして近道を作った」

「わけがわからないんだが」

「だろうな。それも兼ねて、道すがら説明しよう。扉を開くんだ、犬上」

「わかったよ」


 北斗は扉を開く。中へ進む。サイガのプレートは、顔の横で浮遊したままついて来る。


「随分、様子の違う所に出たな」


 北斗は周囲を見回す。視界に映るのは、金属の骨組みがむき出しになっている広い空間。何かの倉庫だろうか。現代の日本でもありそうな構造は、今までの石造り通路とは全くの別の空気を纏っている。


「なんか、マネキンも沢山あるし」


 北斗の言葉通り、室内には微動だにしない人影が幾つも並んでいる。ざっと見た限り、全員男。かつ誰も彼も突撃部隊のようなプロテクターを着込んでおり、手にはアサルトライフルのような銃器、あるいは照明を反射する片刃剣を携えている。

 だがサイガは異を唱えた。


「マネキンではないよ。アレは、過去の映像だ」

「立体映像ってヤツか」

「ヤツさ。その証拠に、ああ、あそこにいるな」


 北斗の顔前に回り込んだサイガのプレートは、自らを振って器用に方向を示す。

 立ち並ぶ男達の最奥。

 そこに、腕組みするサイガが立っていた。


「なんか見覚えのある顔だな。双子とか?」

「それならそれで面白かったんだがね。正真正銘のサイガ・カーマイン、少し前の僕自身だよ」

「ふうむ」


 改めて、北斗はサイガを、次いで周囲を観察する。

 居並ぶ男達の最奥に、サイガは立っている。武器は無い。代わりに最も俯瞰しやすい場所から状況把握をしているようだ。


「指揮官か何かだったのか」

「そうだ。重大な情報を掴んでね、真偽を確かめるよりも先に、乗り込んで制圧した方が早いと判断したのさ」

「物騒だなあ」

「実際読みは当たったし、外れていても構わなかったさ。それだけ重要な案件だったんだ、ステイシス・ドライブは」

「ステイシス・ドライブ?」


 オウム返しにする北斗に対し、サイガはプレートの画面に矢印を表示して示す。


「アレだ。部屋の一番奥にある」

「遠いし暗いし人の影になってて良く見えないんだが」

「なら近づくと良い。キミにはきちんと足があるだろう?」

「浮いてる方が楽に見えるけどな」

「実際楽ではあるね」

「おい」


 言いつつ、動かぬ人々の合間を進む北斗。自然、彼等の顔が視界に入る。

 サイガもそうだったが、誰も彼も殺気立った表情をしており、かつ視線が一つの方向に向いている。

 そしてその方向は、どうやらプレートが示す方向と同じらしい。


「一体何、が」


 北斗は、足を止めた。

 視線の先、それはあった。

 檻。

 あるいは棺。

 そうとしか形容できない封印を施された人型が、そこに立っていたからだ。

 一見するとそれは、紺青色を基調とした鎧甲冑に見える。

 だが違う。北斗には分かる。

 見覚えが、あり過ぎるからだ。


「まさか」


 北斗は己の腕を見る。同じ形状、同じ紺青色をしている。

 北斗は己の足を見る。同じ形状、同じ紺青色をしている。

 北斗は己の顔を触る。どこか武者兜を思わせる鋭角的なシルエットが、指越しに伝わる。


「ステイシス・ドライブ搭載型ゾーン・ブレイカー五番機、ランバート。それが、あそこに封印されているモノの名前だ」


 隣で浮遊するプレートが、淡々と事実を伝える。

 北斗は、その画面へ向き直る。


「けどよお。アレは、俺の身体じゃないのかよ」

「その通り。地球人、犬上北斗の意識が、ランバートを動かしている訳だ」

「何でそんな事に」

「その辺は僕が聞きたいくらいだね。クラッキングの際に得た情報の内、解読出来たのはごく一部だし」

「成程。その程度の認識で、ここまで状況をかき回してくれたワケか」


 不意に挟まる第三者の声。

 北斗とサイガは、即座にそちらを見る。

 ランバートが封印された檻の、すぐ右隣。

 そこに一枚、今まで無かった筈の扉が立っていた。サイガが書き換えたこの空間の定義情報を、更に書き換え返したのだ。

 誰が? 考えるまでもない、この状況の引鉄を引いた者、即ち首謀者だ。

 そうして首謀者は、無造作に扉を開ける。

 一歩、二歩。照明の下に、その姿を晒す。

 灰色を基調としたスーツを、ラフに着崩した姿。ポケットに両手を突っ込み、ネクタイはなく、首元は大きく開いている。

 首回りから察するに、恐らく男。というのも、そこから上を判別する事が出来ないからだ。

 何故なら。


「まったく面倒な事をしてくれたものだ」


 男の首から上は、黒い砂嵐じみたノイズによって覆い隠されていたからだ。

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