ゾーン・ブレイカー 魔導犯罪特捜班

横島孝太郎

脱出 ①

「率直に言おう、犬上北斗。このままだと、キミは死ぬ」

「今すぐ死にそうな相手からそんな事言われるとは思わなかったな」


 言いつつ彼は、犬上北斗は、途方に暮れた。

 この状況と、何よりあまり驚いていない自分自身に対して。


「そもそも。どこなんだよここ」


 長い石造りの通路。それがT字に交差する地点に、北斗は立っていた。気付いた瞬間、この場に居たのだ。

 四角い石を積んだ壁には、等間隔で篝火が燃えている。それ程明るい訳でもない。

じっとりとした薄闇がそこかしこに張り付いており、三方全ての通路の奥まで続いている。

 日本なのかどうかすら疑わしい眺め。だが何より目を引くのは、目の前にうずくまる青年だった。

 目が合うなり、物騒な警告をした青年。スーツのような服を着ているが、北斗の知るどんなメーカーとも仕立てが違う。何より両手足を覆うプロテクターが物々しい。金属製だろうか。

 顔立ちは整っており、短い銀髪は青みがかっている。伏せた瞳は紫色で、肌は相当に白い。明らかに日本人ではない。

 だがそうした諸要素以上に北斗の目を引いたのは、やはり彼の胸だろう。

 何せ、巨大な穴が開いているのだから。

 割られたガラスのような、放射状にヒビの走る亀裂。左肩へ伸びるヒビは特に長く、下手に動けば腕が落ちてしまいそう。

 しかして出血は不思議なくらい少ない。というか殆どない。赤色だけなら口から垂れる筋の方が目立っているくらいだ。

 それでも胸の穴から除く石壁は、青年の致命傷を雄弁に物語っており。

 恐る恐る、北斗は声をかける。


「大丈夫、なのか? アンタ」

「ああ。こう見えても応急処置は進めてる。それよりも来るぞ、犬上北斗」

「何が? どこから?」

「敵が。右の通路から」

「敵ぃ?」


 訝しみ、そちらを向く北斗。

 直後。


「NNnnnn……」


 酷く奇妙な、しかし切実な響きを伴う声と共に。

 薄闇を引き裂いて、それは現れたのだ。


「ZEeeeee……」


 数は三つ。背丈は、成人男性と同じくらい。服装は、北斗の前に倒れている青年と似ている。ただしこちらは黒一色で、プロテクターの面積も多く、インナーも無駄がない。明らかに戦闘用だ。


「YAaaaaa……」


 全員が片手に両刃剣を携えており、篝火を反射してぬらりと光る。

 だが、何より北斗を釘付けさせたのは。


「あいつら、目が、三つあるのか?」


 ヘルメットじみた顔の中。バイザーの中を悠然と泳いでいる、赤い光点であった。

 ぎょろぎょろと周囲を睨みながら進み来た三体、その九つの赤い目が、一斉に北斗を捉える。

 光点が、顔の中央で、逆三角形に並ぶ。


「な、なんだアイツら!?」

「タラキア型だ。見ての通り僕とキミを排除するつもりでいる」


 軋む身体を強い、青年は顔を上げる。

 同時に敵意持つ者達、即ちタラキア型達が、一斉に駆け出す。


「だから。キミが倒すんだ、犬上北斗。やらねばやられる」

「はぁ!?」


 混乱とは裏腹に、北斗の身体は動いた。


「NNnnnn……!」

「そんなッ」


 真正面、先頭を走って来た一体目。大上段から振り下ろす斬撃より尚早く、北斗は踏み込む。右腕を突き上げる。衝撃。ぶつかり合う互いの右上腕。これによってタラキア型の剣は中空で留まる形となる。


「馬鹿なッ」


 流れるように、北斗は左掌底を繰り出す。鋼のような腕から繰り出された一撃が、タラキア型の脇腹に突き刺さる。


「ZEeeeee……!?」


 吹き飛ぶタラキア型は、背後のもう一体を巻き込んで倒れる。だが三体目のタラキア型が、左側面からの刺突で北斗を狙う。


「YAaaaaa……!」


 半身になって刺突を躱す北斗。胸の前を通り過ぎる刃。それは中途で止まり、肘打ちとなって北斗へ襲い来る。


「事がッ」


 苦し紛れだ。北斗は左上腕で受ける。ガントレットは小揺るぎもしない。そして向こうが体勢を立て直すよりも早く、北斗はタラキア型の手首へ手刀を打ち込む。


「出来るッ」


 衝撃を受け落下する剣。つんのめる格好となるタラキア型。その顔面目掛け、北斗は回し蹴りを叩き込む。砕ける顔面。行き場を失った魔力光が噴出。

 この時、最初の一体の下敷きとなっていたタラキア型がようやく立ち上がった。

 そして、遅かった。


「訳がッ」


 床に落ちたタラキア型の剣。それを蹴り上げた北斗は、無造作に柄を掴む。滑らかに投擲する。

 回転円刃となって空を切る剣は、狙い過たず最後のタラキア型の胸部へと突き刺さった。


「無、い、だろ」


 唖然としながら、北斗は見回す。

 ぴくりとも動かないタラキア型だったものを。

 それを成した自分自身の手足――いや、身体そのものを。


「と、思ってたん、だけど」

「出来たじゃあないか。謙遜するな」

「あれえ……うん……いやそうじゃない!」


 首を振る北斗。自分の両手を見る。

 何か、青い、金属で覆われた五指。

 籠手、ではない。

 青い金属は、鎧のような継ぎ目を関節各所に設けながら、身体全体を覆っている。

 腕から肩。

 肩から胸。

 胸から腹、背中、両足。

 恐らくは……いや。間違いなく、顔さえも。


「どう、なってんだ」


 北斗は、自分の顔を手で触れる。

 思ったよりは暖かく、思った通りに固い感触が返って来る。

 それで分かる。分かってしまう。

 これが。

 これ自体が。

 今の自分の、犬上北斗の身体なのだと。


「どう、なっちまったんだ、俺は」

「それを知る方法が、ひとつある」


 提案する青年。北斗は即座に彼へ走り寄る。


「何を、どうすんだよ!?」

「単純で、大変な話だ。僕に協力して欲しい。この場を脱出し、キミを地球から誘拐した組織を、叩き潰すんだ」


 かがみ込む北斗。石畳に突いた左膝が、固い音を立てる。

 そうして北斗は、青年の目をじっと見た。


「……。アンタ、名前は?」

「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね。僕はサイガ。サイガ・カーマイン。地球で言う所の、警察の特殊部隊に位置する――」

「やるよ」

「え?」

「やる。アンタの提案に乗らせてもらう」


 青年は――サイガは、目を細めた。


「少し、意外だね。もう少し逡巡するかと思ってたけど」

「さっきのアイツらといい、アンタの状態といい、とても熟考していられる状況じゃなさそうだからな。それに」

「それに?」

「アンタの必死ぶり。どうやらそこに嘘は無い。なら、とりあえず信用しても良さそうだと思ってな」

「それは、実に、慧眼だな」


 かくてこの日、この時。

 犬上北斗とサイガ・カーマインは、協力関係となった。

 それはこの世界、エイオス・イーディアを揺るがす長く大きな戦いの、最初の一歩であったのだ。

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