第9話*休日デート
週末になったその日、美都は成孔の自宅に遊びにきていた。
いわゆる、“家デート”と言うヤツである。
「本当にどこかへ行かなくてもよかったんですか?」
床のうえに腰を下ろしている美都はソファーに座っている成孔に聞いた。
「まだ暑い日が続いているからね。
もう少し涼しくなったら、どこかへ出かけようか。
ああ、美都が行きたいところでいいから」
「成孔さんが行きたいところはないんですか?」
そう聞いてきた美都に、
「まさか、それが返ってくるとは思ってもみなかったよ…」
成孔は予想をしていなかったと言うようにクスッと笑った。
外は太陽の日差しが厳しいのに対し、自分たちがいるリビングは冷房が効いていると言うこともあってか、とても涼しかった。
何かをしていると言う訳ではないけれど、こうして2人でいて雑談を交わしているだけでも充分によかった。
「美都」
成孔が美都の名前を呼んだ。
「はい」
美都が返事をしたら、
「隣に座ってよ」
成孔が言った。
「えっ?」
「何て言うか、距離を感じるんだ。
美都がこんなにも近くにいるはずなのに、すごく遠くに感じる」
そう言った成孔に、美都は躊躇った。
「美都」
名前を呼ばれたらどうしようもない。
美都は床のうえから成孔の隣に腰を下ろした。
「うん、近い」
成孔は満足そうに微笑むと、美都を抱きしめた。
「えっ、あの…」
いきなり抱きしめられて戸惑っている美都に、
「嫌?」
成孔がクスクスと笑いながら聞いてきた。
「い、嫌じゃないですけど…」
心臓がドキドキと鳴っていて、とてもうるさい。
成孔に聞こえているんじゃないかと不安で仕方がない。
「けど?」
「…成孔さん、意地悪ですよ」
「“意地悪”って言われたの、小学3年生の時以来なんだけど」
赤くなっているであろう顔を成孔に見られるのが恥ずかしくて、美都は彼の胸に自分の顔を埋めた。
「おっとと…」
成孔が美都と一緒に後ろへ倒れたかと思ったら、2人一緒にソファーのうえで横になった。
「何で横になる必要があるんですか?」
思わず聞いた美都に、
「その方がいいんじゃないかなって思った」
成孔は答えた。
(よくわからないんですけど…)
本当に、成孔の前にいると自分のペースが乱される。
「髪の毛、本当にサラサラだね」
成孔の大きな手が髪の毛に触れていた。
「ありがとうございます」
褒められて悪い気はしないので、美都はお礼を言った。
「最近、何か変わったことあった?」
そう聞いてきた成孔に、
「変わったことですか?」
美都は聞き返した。
「例えば…えーっと、何だ?」
「変わったこと…と言えば、今月に入って新しく社員が入ってきたって言うことですかね」
美都は言った。
「へえ、珍しいね」
そう言った成孔に、
「その人、大学卒業と同時に旅行会社に就職する予定だったんですけれども倒産をしてしまったみたいで…」
美都は律から聞いたことを成孔に話した。
「ああ、それは災難だったね…。
それで美都が働いている会社に就職をした訳なんだ」
成孔は納得したと言うように言った。
「ちなみにだけど…その社員って、女の子?」
「いえ、男の子です」
質問に答えたら成孔は口を閉じた。
「成孔さん?」
美都が顔をあげて彼の名前を呼んだら、
「何かされてるってことはないよね?」
と、聞いてきた。
「なっ…!?」
勘が強いと言うのは、まさにこう言うことを言うのだと思った。
(もしかしてとは思うけど、どこかで見てたって言う訳ないよね?
それとも、雑賀さんを使った…って、考え過ぎか)
なのに、ずばりと確信をついてきたその質問に美都は動揺を隠すことができなかった。
「どうかした?」
「な、何でもないです…」
美都は首を横に振って答えた。
「えーっ、本当に?
何か一瞬迷った感があったんだけど、俺の気のせい?」
成孔が顔を覗き込んできた。
鋭いと言えば鋭いが、ウザいと言えばウザいかも知れない。
「成孔さん、あんまりしつこいようでしたら嫌いになりますから」
自分の気持ちを口に出した美都に、
「美都に嫌われたくない」
成孔はギュッと美都を抱きしめてきた。
「他には嫌われてもいいけど、美都にだけ嫌われるのは嫌だ」
「訳がわかんないです…」
「だって、好きなんだもん」
甘えるように頬ずりをしてきた成孔に美都はどう返せばいいのかよくわからなかった。
(自分で言っていて恥ずかしくないのかしら?
それとも、海外で暮らしていた時間が長いからそうなるものなの?)
ストレート過ぎる成孔の愛情表現に美都は心の中で結論をつけた。
その時だった。
それまでテーブルのうえに置いていたスマートフォンが震えた。
「ああ、俺だ」
成孔は震えているスマートフォンに手を伸ばすと、指で画面をタップした。
「もしもし…ああ、何だ」
成孔は誰かと話を始めた。
「来週に帰ってくる?
…わかった、迎えに行くから空港で待ってて。
じゃあ、もう切るからな」
話が終わったと言うようにスマートフォンを耳から離した。
「誰からですか?」
美都は聞いた。
「妹から」
成孔は質問に答えると、スマートフォンをテーブルのうえに置いた。
「妹さんがいるんですか?」
「うん、3歳下で世界中を飛び回ってる仕事をしているんだ」
「…何だかすごい仕事ですね」
仕事の内容にも驚いたのだが、成孔に兄弟姉妹がいたことにも驚いた。
「独身なんだ」
成孔が言った。
「結婚してないんですか?」
そう聞いた美都に、
「仕事が楽しいから結婚したくないんだって。
俺としてはもういい年齢だから結婚して欲しいって言う話なんだけど、本人がねえ…」
成孔はやれやれと言うように息を吐いた。
「妹さんがそれでいいって言っているんだったら、別にいいんじゃないですか?
結婚していない女性なんて珍しくも何ともないですし」
美都は言い返した。
「兄としては早く相手を見つけて身を固めてくれって言う話なの」
成孔は不機嫌そうに返事をすると、左手で髪をかきあげた。
「初めて会った時も思ったんですけど、その刺青は何がモチーフなんですか?」
成孔の左手に描かれている刺青に美都は声をかけた。
「ああ、これ?」
成孔は自分の左手に視線を向けた。
「ヒンドゥー教のガルーダって言う鳥の姿をしている神様なんだ。
俺自身は無宗教なんだけど、昔から宗教と言うものには興味があって。
5年前に母親を亡くしたのを機に入れてみたんだ」
成孔は得意気に笑いながら言った。
「痛かったですか?」
「いや、思った以上に痛みはそんなになかったよ」
美都は成孔の左手に手を伸ばすと、刺青に触れた。
「皮膚を削っているんですよね?」
そう聞いた美都に、
「削っていると言うよりも、傷をつけていると言った方が正しいかな。
その傷に墨汁とかの色素を入れて着色するんだ。
日本では刺青なんて聞くと物騒なイメージをされるけど、外国では主におしゃれで入れているんだ」
成孔は答えた。
「本当は和柄の刺青を入れたかったんだけど、雑賀ちゃんから“ヤクザに間違われたらシャレにならないのでやめてください”って全力で止められた」
その当時のことを思い出したのか、成孔は笑いながら言った。
「その当時から成孔さんの秘書は雑賀さんだったんですね」
自分の思ったことを美都は口に出した。
「美都、ヤキモチ焼かないで。
雑賀ちゃんはあくまでも俺の秘書で仕事仲間だから。
と言うか、彼女のことを“女”として見たことなんて1度もないから」
成孔は美都に言い聞かせるように言うと、頭をなでた。
何でそんなことを言ってきたのか、美都は全くと言っていいほどに理解ができなかった。
「雑賀さんも独身なんですか?」
「不思議なことに、雑賀ちゃんも独身なんだ」
美都の質問に成孔は答えた。
美都は指で刺青をなぞると、
「私だったらどんなのがいいんだろう?」
と、呟いた。
「えっ、入れたいの?」
成孔は驚いて聞いてきた。
「いや、入れませんけど。
と言うか、父と兄がそう言うのが嫌な人なんです。
ピアスだってさせてもらえないですし」
首を横に振って答えた美都に、
「その方が俺もいい。
美都の肌に刺青が入るなんて絶対に嫌だ」
成孔は美都の右手をとると、手の甲に唇を落とした。
「――ッ…!?」
ドキッ…と、美都の心臓が鳴った。
「美都はそのまんまでいいよ。
むしろ、何もしない方が君らしくていい」
「わ、私らしい…?」
戸惑いながら聞き返した美都に、
「うん、君らしい」
成孔は首を縦に振ってうなずいた。
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