とうとう剥き合います!

 動物園の二つ隣の駅で降り、雨に濡れないように屋根のある場所を歩く。凛城先輩の家までもう少しらしい。


「良いんですか?迷惑じゃないですかね?」


「大丈夫よ。多分、恐らく……もしかしたら」


 凛城先輩の返事に嫌な予感が募る。もしかしたら大丈夫って十中八九むりじゃん。


「お父さんがいなければ大事になるだけで済むと思うわ」


「お父さんがいたら大事じゃ済まないんですね」


「まぁせいぜい頑張って」


 家に着き凛城先輩がドアを開ける。それと同時にトタトタと母親らしき人が出てきた。


「あら、貴方〜、梨々香りりかが男の子と濡れて帰ってきたわよ!」


「ちょっと?!誤解を生む言い方しないでくださいよ!!」


 早速凛城の母親要素が見え隠れしているな。と、そんな感心してる場合じゃない。大事じゃ済まないことが確定したのだ。


「んだと!男か?!しめてやる!」


 奥の方から怒鳴り声に近い声が聞こえてくる。さようなら、童貞だけど良い人生でした。童貞だけど。


「ちょっと、しめるんじゃなくて、ハメなさいよ!」


 凛城先輩も場を荒らす。カオスというかオカス犯すと言うか……


「埋めてやるッ!!」


「掘るの隠語ね」


「絶対違いますよ。マジで埋められますって」


 なんて言ってる間に甚平服じんべいふくを着た、茶色い顎髭あごひげと茶髪の立て髪がチャームポイントのおじさんが出てきた。


「おい、何だ、このヒョロそうなもやしは」


 案の定ボロカスに言われてますね……


「私とお付き合いさせてもらってる後輩の空川誉くんよ」


「お突き合い?!今日は赤飯ね」


 凛城先輩は絶対に母親似だな。間違いない。


「待つんだ。俺はこの何処ぞの馬の鹿に用がある」


「馬の鹿って……馬鹿バカって言ってんのか!相場は馬の骨でしょ?!」


「骨にしてやんよ」


「わお、クレイジー」


 ほんの刹那、俺の首は一瞬でお義父さんにニーブラーされる。何が起きたか分からなかったほどだ。


「あっ!お兄ちゃん!この前はありがと!」


 お義父さんのさらに後ろから空くんが走ってくる。俺は首をロックされながら挨拶を交わす。


「む?何だ?空とも知り合いなのか」


尻愛知り合いって……貴方、もう1人いっちゃう?」


 阿鼻叫喚過ぎる。情報の供給過多だ。我が子の前でもう1人とか言うなよ……


「あら、知らない?この前空が迷子になったのを見つけてくれたのよ」


 凛城先輩がお義父さんに説明する。それと同時に腕の力が緩み、俺が解放される。


「すまなかった。空を助けてくれてありがとう。どうかゆっくりしていってくれ」


 おっと、待遇が変わりましたね。迷子になった時の凛城先輩の態度をかんがみるに凛城家のヒエラルキートップは空くんなのだろう。


 気づけばリビングに上げられていて夕食までもご馳走になりそうな空気が出来ていた。


「ねぇ、お兄ちゃん!お姉ちゃんと付き合ってるの?」


「ん?まぁ、そうだね」


「お姉ちゃんはお兄ちゃんのどこが好き?」


 急に話を振られた凛城先輩はカッと顔を熱くする。


「どこって……私に飽きもせずツッコんでくれるところとか……」


 ちょっと可愛いな。俺の存在意義薄いけど。


「飽きもせず突っ込むの?!お赤飯炊かなきゃ」


 キッチンは慌ただしいみたいだ。


「あと、いつも隣にいてくれるとことか……」


 凛城先輩が耳まで真っ赤にしている。本当に可愛いな。俺の存在意義が薄いことに変わりはないけど。もうちょい頑張らないと。


「もう終わり!はいっ、冷えた体を温めるわよ!貴方?!塩ちんこ鍋かパイパン麺、どっちか選んで!」


 選択肢がぶっ飛びすぎだろ。右手に塩ちゃんこ、左手には坦々麺を持っている。


「じゃあ塩ちゃんこで」


 あれよあれよと言うまに鍋が出来上がり一家団欒プラスαで鍋を囲った。ムンムンと漂う湯気ゆげとつくねやニラの匂いに空腹が刺激される。


「いただきまーす!」


「誰が板抱きますいただきますよ。舐めてるのかしら?舐めないでちょうだいけがらわしい」


 暴走しすぎだろ、落ち着け。解説するなら板抱きますの板は凛城先輩の胸板のことだろう。抱きますはそのまま。何の解説だよ。


「ねぇ、梨々香たち、なに普通に食べてるのよ。恋人と食べるんだからやることがあるでしょ」


 凛城先輩は何かを汲み取ったのかつくねの乗ったスプーンを俺に差し出してくる。そう言うことか。「あーん」ってヤツだ。


 家族に見られながら、俺もゆっくりとスプーンに口を近づける。夕食代だと思おう。


「はい、あぁぁぁんっ////」


 だろうな。「あーん」の時点で分かってたよ。その後もどことなく鋭いお義父さんの視線を横目に夕食を食べた。


 気づけば雨も上がり、水溜りと夜の湿気だけが残りとなって町中にこびりついていた。


「お世話になりました」


「いいのよ、またいつでもいらっしゃい。チン毛鍋くらいならあるからね」


「チゲ鍋ですね……」


 凛城先輩のお母さんに見送られ先輩と横並びで駅まで向かう。


「わざわざ送ってくれなくても良かったのに」


「違うのよ。言いたいことがあって。家族の前では言いにくいから」


 真剣な眼差しに俺は背筋を伸ばす。


「私の家族はあんなだし、参考にならないと思うけど、私的には楽しくやれてる。だから今度は貴方が向き合う番よ」


 街頭に照らされた凛城先輩の顔はいつに無く綺麗でどこが華奢きゃしゃで、暖かかった。


「貴方は母と、貴方の母は貴方と剥き合うのよ。貴方の母は息子の息子と剥き合うのね……実に面白いわ」


 急な下ネタに俺の顔は引き攣るが意を返さないように続ける。


精子せい一杯、ぶっ放しなさい!」


「分かりました。ありがとうございます」


 俺は駅に向かって歩き出す。そうだ今日、決着をつけよう。ふと、まだ凛城先輩が隣で歩いていることに気づく。


「言いたいことは言ったんじゃ?」


「……もうちょっと一緒にいたかったから」


 ダメだ、可愛いっ!!!!


–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––


 家のドアを開け、玄関に入る。まだ母さんが帰ってきてからまともに話していない。それでもそれは今日までだ。俺は過去を払拭する。


「なぁ、話がある」


「どうしたの?」


 机を拭いていた母さんと目が合う。面と向かって見ればやはり昔の若さも元気も感じられない。


「俺、今好きな人いるんだ。その人に色々教えてもらった。自分なりに過去とも向き合った、だからっ––!」


 母さんが俺の方を人差し指で優しく抑えた。その悲しい目には俺を黙らせる力があって、何も言えずに目を合わせた。


「これは、私から言わせて。ごめん。本当にごめんなさい。許してもらおうって全く思ってないわけじゃない。出来たら許して欲しいと思ってる。でもそれ以上に誉に辛い過去があったのを父さんから聞いたの」


 思い詰めたような、疲れた声色は俺に発言を許さない。


「だからお願い。償わせて。それだけはさせてくれない?もうお母さんって呼んでくれなくていい。喋ってくれなくてもいい。それでも、私が逃げた分だけ、誉を愛してもいい?」


 母の目には涙が滲んでいた。そんな顔されたら断れるわけがない。


「うん、俺もごめん。ずっと逃げてた……ごめん……お母さんっ……」


 こうして、何年振りか、俺は母の中で泣きじゃくった。母は向き合うことから避け続けた俺を許してくれたし、俺も逃げた母を許した。互いに自分の過去だけは許せずに。


 多分それが正解なんだろう。過ちなんて背負うもんだ。精一杯ぶっ放したら楽になった。◯◯ニーはストレス解消に良いとは本当らしい。

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