これが俺の本チンですっ!

「私、誉くんが好きです」


「えっ…」


「だから、ずっと辛かったんです。誉くんはいつ勇気を出すんですか?いつになったら凛城先輩に想いを伝えるんですか?」


 店を出てすぐの小さな広場で、真っ暗な夜空の下、沢良木さんはいつもより少し大きな声でそう言った。


「何を言って…?」


「何をって、私の気持ちと誉くんの気持ちです!」


「いや、何か勘違いしてませんか?」


 俺はもちろん混乱してるのだがそれ以上に沢良木さんが混乱してそうでならない。俺が凛城先輩を?なんで?


「勘違い?私の想いが勘違いって言うんですか?」


 沢良木さんは目尻に涙を浮かべ胸の辺りを手でギュッと握る。その姿に俺は言葉を失う。それに追い打ちをかけるように沢良木さんは続ける。


「私の誉くんに対するトキメキも!愛も!全てが嘘って言うんですか?凛城先輩との楽しそうな会話もその最中の誉くんの笑顔も…じゃれあいも、私の入れない誉くん達2人の空間も嘘だったって言うんですか?」


 沢良木さんは俺の見たことのない泣き顔で、何かを訴えかけるように俺を見つめる。


「沢良木さん。俺、沢良木さんのこと、好きですよ」


 恐る恐る口に出した言葉は、空気に出た途端に飲み込みたくなった。彼女の顔を見て、咄嗟に出た言葉だった。その言葉が心の底から出た言葉かは分からない。ただ、届いて欲しいと願った。


「誉くんならそう言ってくれますよね。でも良いんです。もし本当にそうだったとしても私には誉くんの隣に立つ存在にはなれません」


「そんなこと無いですよ!頭もいいし美人だし!優しいし強いし!俺には勿体無いぐらいです!」


 俺は半歩前に出て声を上げる。誰にでも優しくて、1人で抱え込む強さも、人に話せる強さも持っていて、人に向ける笑顔は俺の心を魅了した。


「そういうことじゃないんです。私は誉くんからこの一年で多くの物を貰いました。ナンパから助けてくれたり、クラスで守ってくれたり、相談に乗ってくれたり…でも私は何も返せていないんです。そんな私が誉くんの隣に立っちゃいけないんです」


 俺にしか届かないような、夜空に浮かぶちっぽけな光のような、そんな声で沢良木さんはそう言った。


 割り切ってしまったその笑顔は切なくも美しく、悲しい物なのだろう。


「誉くんは自分の気持ちに気づいていないかも知れないですけど、私には分かります。もしフラれた時は慰めるくらいはしてあげますね」


 クルリと背を向けた沢良木の髪が夜空に踊る。俺は返事も別れの挨拶も無しに、真っ直ぐ歩いてゆく沢良木さんを見つめていた。


「俺の…気持ち…」


 ふと、誰かの言葉が蘇る。


『その背中を憧れるのは不思議ではない』


 モブCの言葉だったか。今言われてみれば俺の沢良木さんに対するこの気持ちは憧れだったのかも知れない。そう思えば止まらなかった。


 好きな人のタイプだって沢良木さんより凛城先輩の方が明らかに近い。タイプは黒髪ロングだと言って七瀬さんが驚いていたのは沢良木さんに当てはまらなかったからなのかも…


 凛城先輩とは常に一緒にいて、離れていれば頭の中で凛城先輩が言いそうなことが浮かび上がる。考え事でも下ネタが邪魔してきたことだって多々あった。


 良くも悪くも、俺に影響を与えていたのは凛城先輩だ。確証なんて全くない。好きだなんて考えたこともなかった。でも一度踏んだアクセルは戻ることを知らなかった。


 凛城先輩が1番好意的な男性は俺だと言った時、確かにドキリとした。同学年の沢良木さんより距離も近いし、話している時は素の俺を見せている気がする。


 この一年、もっとも近くにいたのは凛城先輩だったのかも知れない。


 でも、だとしても、俺は凛城先輩が好きなのだろうか?沢良木さんの想いを無駄にしない為にはまず向き合うことからだろう。




 そして6日後。元旦の日、俺は凛城先輩との挨拶を交わして、確信した。俺の本心に…



 「「多分これ、違うっぽいぞ」」

 

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