第3話一般人のグルメ③

「はい、日替わり大大。お待たせしました」

「あ、どうもありがとうございます」

そんな浮気心を察せられたのか、もう食事が運ばれてきた。


このズレた時間帯を考えれば、早くできるのは当然か。


「あと、お会計これね」

老婆は食事と共に持って来た伝票を机に置くと、再び厨房の方に引っ込んでいった。


「おお……やっぱ、すごいな……」

目の前に並べられた日替わり大大に、感嘆する。

まず目につくのが大量のユーリンチーである。

比喩ではなく、本当に山のように積まれている。

正確な数や重さを測ったことはないし、おそらく店側も把握していないが800……いや、下手をすると1キロはあるのではないかというマジモンの山盛りだ。


そしてその手前には、大振りの茶碗に詰め込まれた漫画盛りご飯である。

見た目のインパクトはこちらも大きい。経費削減のためなのか北京では、大盛りにしても器を変えないので、加食部分が異常にこんもりと積みあがる現象がよく見られる。


そのご飯の横にはスープも添えられている。

今日はワカメスープ。これは残念ながらハズレだ。

北京は料理の9割9分9厘が、味がめちゃくちゃ濃いのに、なぜかワカメスープだけ薄いのだ。

最初このワカメスープを飲んだ時の感想が「白湯?」だったことをよく覚えている。

とにかくこの3点が北京の日替わりである。

シンプルイズベスト。

もう待ちきれないぜ……!


「いただきます」


さっそく盛りに盛られたユーリンチーに手を伸ばす。

秘伝のタレに浸され、照り照りに輝く唐揚げは一個がずっしりと重い。

かぶりつくと、ジュワっと肉汁とタレが口内に広がる。

「あうっつ……!?」


慌てて水を含む。

外側はタレのおかげで、ある程度冷めているが中はまだ熱々だ。

だが、これがいい。こうでなくては。

上あごの歯茎がべろべろになる予感が、かすかによぎるが今はそんなことを気にしている場合ではない!

胃酸荒れ狂う空きっ腹に、とにかく肉を放り込むのだ。

一口では頬張り切れなかったユーリンキーをご飯にワンクッションし、口へ放り込み、今度は肉とタレの味を存分に味わう。


甘酸っぱいタレとモモ肉から溢れる脂が、渦を巻きながら舌を喜ばせていく。

美味い……!

そして、すかさずご飯を2口かき込む。

これなんだよなぁ……やっぱ!

しみじみ美味さを噛みしめつつ、飯を咀嚼していく。

やはり日本人は米だ。

糖質制限ダイエットというのが流行ったらしいが、日本人なら誰もが持つ、美味い料理に出会った際の本能である米のかき込みをを自ら封印してしまうとは、人生の半分を損失していると言わざるを得ない。


パンパンになった口に早く次のユーリンチーを詰め込みたくたくて、ボクはスープに手を伸ばす。

一口飲むがやっぱり薄い。マジでなぜなんだ……?

こんな上品な味を、北京に求めている人間は誰もいない。

ボクは、卓上のコショウを手に取りスープに振りかける。

これで多少マシなはずだ。

もう一度スープを飲み、咀嚼回数10回未満のライスも流し込む。

そこにすかさず、ユーリンチーをIN。

休ませない、舌を。徹底的に肉と油に溺れてもらう!

その後も、3つめ4つめと次々ユーリンチーを喰らっていく。

まさに栄養を補給するためだけの機械だ。


そのうちに、荒れ狂った胃は少し落ち着いてきた。

ここで、ユーリンチーのサイドに添えられたキャベツの千切りを挟むことにする。

テーブルに置かれた1リットルサイズの業務用ごまドレを手に取る。

こういう雑なところがいいんだよな。肩ひじを張らずにおっさん一人で来られる。


一気に出てしまわないように慎重にボトルを傾け、キャベツをいただく。

シャキシャキとした触感と、ゴマの香ばしい風味によって口がリセットされたボクは

再びユーリンチーを食すだけの機械となる。

やはりこいつは食べやすい。

唐揚げありつつも、お酢によるさっぱりとした風味は量を食べるのに非常に適している。

今回の日替わりがユーリンチーだったことも、ボクがおかず大、ご飯大という冒険を決意した要因でもあった。

これが『とりマヨ』とかなら、絶対に大盛りにはしない。


日替わり定食に当たりのユーリンチーが存在するなら、当然ハズレも存在する。

それが『とりマヨ』である。


とりマヨとは、鶏の唐揚げをマヨネーズにぶち込んでヒッタヒタに絡めて出すと言う狂気の産物で、油で揚げた鳥をさらに油でコーティングするという発想は、まさに半世紀の時を生きた北京ならではと言えるだろう。


あれは1個目は非常に美味しくて、ご飯も進むのだが、2個目であれ?となって4個以上は胃が受け付けなくなる。

あれの大盛りを食べきれるホモサピエンスは存在するのかどうかについては、学会でも否定的な意見が大きい。

それほど同じ唐揚げ料理でも、北京は当たり外れが激しいのだ。


脳はくだらないことを思考をしつつも、手と口はユーリンチーを食べるのをやめない。

このダブルタスクぶりは、まるで令和の聖徳太子である。

そうこうしているうちに、着実に減っていくユーリンチーに早くもボクは勝利を確信する。

おいおい、これじゃあ追加でチャーシュー麵頼んじゃってもよかったなぁ!


うまい物を食ってハイになったボクは、大いに調子に乗りながら日替わりを食べ進めていくのだった。


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