第2話一般人のグルメ②
年季の入った暖簾をくぐると、店の中が一望できる。
昼時は様々な労働者でごった返しているが、さすがに今の時間では客はまばらだ。
しばらくそこで待っていると、これまた年季の入った店員さんが現れる。
いつからここで店員をしているのか知れないこの老婆は、父が若い頃にはすでに老婆だったという。この人、何歳なんだ?
「いらっしゃいませ。何人さん?」
「一人です」
「じゃあ、あの席どうぞ」
ボクが促された席は4人掛けのテーブル席だ。
これは、昼時からズレたために広い席が空いていたというわけではなく
ここはテーブル席か座敷席の2種類しかないのだ。つまり一人でも4人でも同じ席。
回転率が悪いと思われるだろうが、これがこの店のすごいところで、なんと1~2人で来た客は、相席させられる。
年配のご夫婦が座っていても、おっさんをぶち込まれるし、例え仲睦まじいカップルだとしても、容赦なくおっさんをぶち込む。さすがにあれは勘弁してほしかった。
まさに修羅の国だ。令和に残る昭和の残り香である。
ボクは席に向かう前に、入口にある本棚に詰め込まれた週刊誌をみる。
ラッキーだ。
最新号の週刊少年ジ●ンプが残っていた。
ジ●ンプのような人気雑誌は、すぐに他の客が持って行ってしまうので、例え昼時を外した今でもかなり運がいい。
ここは3大漫画雑誌を毎週欠かさず買うので、幼い頃はこれを読みたいがために、週末の昼飯に北京へ行こうとねだったものだ。
ボクは、ジ●ンプを手に指定された席へ。
席に座ると、水とコップが運ばれてくる。それと同時に老婆が一言。
「今日の日替わりはユーリンチーですけど」
「あー……」
ちなみに北京では『ご注文はお決まりですか?』などの、ヌルイ会話は存在しない。
プロ同士、多くは語らないのだ。
そして、ユーリンチー。これは北京の日替わり定食では当たりの部類である。
他にもえび天などが出されるときがあるが、ユーリンチーも十分、人気メニューのひとつだ。
店に着く前は、ボク的鉄板メニュー「チャーシュー麵」を頼もうと思っていたが、今日はお腹もすいてるし、この後案件来てないしな……。
出すか、本気を……!
「じゃあ、日替わりの大大で」
「日替わり大大ね。日替わりはコーヒー付けれますけど、いらんよね?」
「はい」
「ん」
去っていく老婆。
今の会話の説明をしておくと、日替わりの大大とは日替わり定食のおかずとご飯を大盛りにする際の略語だ。
ここではそれぞれ、おかず100円、ご飯50円で大盛りに出来る。
そして食後のコーヒーについても、50円で付けられるのだが、これを追加して注文する客をボクは見たことがない。
それを店側もわかっているのか一応聞きはするが、先ほどのように「いらんよね?」とすでに諦観しつつ聞くのである。
それはもうコーヒーの取り扱いやめた方がいいのではないか、とずっと思ってるが、まあ何かしらポリシーがあるのだろう。
とにかく注文は済んだ。
ボクはお手拭きで手を拭いて、ついでに顔も拭いてさっぱりする。
これをすると女性から蛇蝎の如く嫌われ、一生結婚できない呪いがかかるらしいが、知るか!
ボクは北京に飯を食いに来たのだ。彼女を作りにきたわけではない。
こんな前振りをすると、かわいい女の子と相席になるのがライトノベルであるが、
残念ながら、この年季の入りまくった中華料理屋に、一人で来るかわいい女の子は存在しないので、そんなものは期待しないでほしい。
今の時間帯だとほとんどないが、相席になるとしてもおっさんだ。ボクもおっさんだ。
おっさんとおっさんは同じ席にいるが、互いに目を合わすことも話すこともない。
これが本当の孤●のグルメである。
ゴローちゃんは、昼飯に5000円とか使う時がざらにあって、もはやファンタジーである。輸入家具ってそんなに儲かるのか?
またくだらないことを考えてしまい、ボクはマスクの中で口元だけ笑って、先ほど持って来たジ●ンプに目を通していく。
何歳になってもジ●ンプを楽しめるボクも、心は少年のままということだろう。
新鮮な感性を維持できてうれしい限りだ。
「あれ……」
なんか……読んだことある気が……。
ボクはデジャ・ヴを感じて、表紙をよく見る。
「っ!?」
これ、先週号だ……!
本棚がいっぱいの状態で一番端に入っていたから、油断していた!
誰か適当な客が、手近なところに今週号を突っ込んだのだろう。
そういうのよくねぇよ……。
「はぁ~……」
どうやら今日のボクの運勢は最悪のようだ。見てないが、朝の星座占いでおうし座は最下位だろう。
今週号のジ●ンプを今から取りに行くか?
いや……なんかもう一回、雑誌取りに行くのって恥ずかしいしなぁ~……あ~も~。
またも萎える展開に消沈するボク。
いや、落ち着け。
「ふぅ~……」
大事なのは、寛容だ。
腹が減ってイライラしているのか?
いいじゃないか、ジャンプはまた今度読めばいい。
今一番してはならないのは、せっかくの飯の味を自分で落としてしまうことだ。
寛容だ。寛容こそ、食事では求められる。
落ち着きを取り戻したボクは、手持ち無沙汰を解消するためにメニューを手に取る。
年季の入った油ギッシュなメニューは、ボクが物心つく頃からそのままである。
開くとギチュギチュとビニールの音がする。
ここでは基本、誰もメニューなど見ないためビニールと油で癒着しているのだ。
ペラペラとページをめくると、チャーシュー麵、チャーハン、ぶた天、天津飯、かつ丼など、おなじみのメニューが並んでいる。
現在人気ナンバーワンのかつ丼の下には親子丼も存在するが、何故かこの店はかつ丼と親子丼が同じ値段なので、親子丼を頼む客は皆無である。
古臭いメニューだが値段の部分だけが妙に新しい。
コスパが売りのこの店も、世俗の荒波には逆らえず少し前についに値上げに踏み切ったのだ。
あの時は、北京の半径5キロ圏内に住む人々の嘆きの涙で、道路が冠水するほどだった。
中でも普通盛りで一般的なチェーン店の3.5倍の量を誇り、コスパ最強と謳われていたチャーハンが、税込み500円から一気に600円に上がった衝撃はすさまじく、50円の値上げにとどまった650円のかつ丼にナンバーワンの座を譲ったほどだ。
ボク的ナンバーワンのチャーシュー麵も、50円の値上げで致命傷には至らなかった。
100円上がっていたら、ボクの命もなかっただろう。
あの味覇(ウェ●パー)と味●素の味しかしない、ジャンクの極致とも言える味はここでしか味わえない。
幼き頃より、この味に慣れ親しんだボクも立派な化学の子だ。
もうあの旨味と甘みで舌がビリビリするスープでないと満足できない身体となってしまっているのである。
あ~、やっぱりチャーシュー麵にしとけばよかったかなぁ。
ボクは脳内で作り出したチャーシュー麵のシビレル味わいを思い出し、口内を涎で満たした。
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