電波塔の神明社-恋と御縁の浪漫物語・芝公園編-

南瀬匡躬

天女の亜希はアテンダント

「最高点までの高さは三百三十三メートル……」

 T(ティ)タワーの大展望台、メインデッキのエレベーターに乗ると流れてくる案内放送。格子状のタワー筐体を窓の外に眺めながらエレベーターは上っていく。

 芝公園に立つ巨大電波塔がTタワーだ。昭和三十三年から営業する日本の高度経済成長を象徴する建造物のひとつである。じつはこの中に、タワー大神宮という神明社があることを知らない人が多い。このタワー大神宮は、伊勢神宮から御霊分けされた、御朱印も頂くことが出来る由緒正しい正式な神社だ。タワー大神宮のお参りを済ませて、大展望台のチケットを売店で見せれば、初穂料を別に納めると御朱印が頂ける。またお守りなども入手出来る。



 そんなありがたい話の後でガラリと様相は変わる。この物語のメインキャストのひとり、土生義男どじょうよしおはいま修羅場にいた。短パンにTシャツ姿で過ごす、ホットでカジュアルなゴールデンウィークはなぜか内面の心から凍てついていた。

 横はポニーテールで目元のキリリとした女性が座る。超ミニスカートでデートに誘われたら免疫のない男子はイチコロだ。


「説明してもらいましょう!」

 声を発したのはもう一人の向かい側に座る女性。彼、義男の幼なじみであり、彼の意中の女性。タワー・アテンダントの制服、エレガントな紫のジャケットに、幾何学デザインのカラフルなスカートを纏った水雲川亜希もずくがわあきは明らかに彼に対して怒っている。


 普段は優しいおっとり娘の亜希がここまで怒るのには訳があった。しかも勤務時間が終わってすぐに、タワー・アテンダントの姿のままで駆けつけた一階のエントランス脇のオープンカフェ。帰ろうとしていた二人に追いついて呼び止めたのだ。


 パラソルの付いたテーブル席には義男。そして例のポニーテールの同級生、井崎七海いさきなみも同席している。


「だからダメだって言ったじゃん」と七海。分かった風な口調で言う。

「でも亜希ちゃんに見せつけてやろうって言ったのは七海ちゃんだよ。僕は良くないよ、って言ったんだもん」と義男。不安そうに運ばれてきた珈琲を見つめる。


「不謹慎だわ」

 ずっと腕組みをしたまま黙っていた亜希が沈黙を破った。そして被ってた制服のハット帽をテーブルに置く。

「そりゃ、仕事中に来たのは悪かったし、まさか亜希の乗ったエレベータに当たるとは思ってもいなかったし……」

 義男は言い訳のように繰り返した。

「そう言うことじゃないわ」と亜希。

「だって道徳的に、って話だろう。この件は」


「馬鹿ね、義男君。亜希ちゃんは勤務中の自分を見られるのが嫌だったのよ。分かってあげないと」と知った風な口で講釈たれる七海。

「それも違うわよ」と憤慨してしかめっ面の亜希。見当違いの馬鹿な考察にあきれ顔を見せる。


 この場を整理してみる。怒りの亜希、怖じ気づいた義男に対して、感情のない七海だけが妙に不自然である。


「じゃあなに? ちゃんと言いなよ」と義男。怯えながらも言うべきところは言おうとするとこは感心出来る。ただいまいち弱腰だ。

 亜希は薄目がち下目遣いで、見下すように、「私を馬鹿にしているのね」と言う。明らかに勢いで行けばこっちの勝ちである。

「えっ?」

 身に覚えのない義男は「意味が分からないって」と首を横に振る。


「さっき二人で手を繋いでエントランスを歩いていたわ」

「そうよ」と含みを滲ませる七海。

「居直ったわね」と亜希。ピキンとこめかみに怒りの沸点がお目見えする。

「ちょっと七海ちゃん!」

 慌ててとめる義男は人の良さがにじみ出ている。明らかに誤解と言いたげだ。


「こう言うタイプは、こっちからはっきりさせる状況を作ってあげないと己のことが理解できないのよ」と七海。全然考慮しないどころか火に油だ。こっちはこっちで思うところがあるようだ。

 錯綜する状況と通底する恋慕の情。この三人は一体何を導き出すために問答合戦を行っているだろう。


「アレは展望代金を七海ちゃんが立て替えていたので、払うって言ったら断られて、押しつけ合戦になって端から見たら手を繋いでいるように見えたんだよ」

 言い訳めいた本当の事を義男が言う。だが亜希には本日二度目の言い訳にしか聞こえない。


「この期に及んでまた言い訳?」

 鋭い眼光の亜希にため息の七海。

 七海は大きく息を吸うと、

「あんた大人しそうな顔して、本当に独占欲の強い女ね」と吐き捨てる。


「なっ!」

 面前でなじられたことなどない亜希はその言葉の激しさに驚き、ほろりと大きな一粒の涙を落とす。

「この期に及んで今度は泣き落とし?」

 七海も結構言うタイプだ。とどめの一撃を加える。


「だって、だって……。私が好きなの知っていて、七海は絶対に義男君とここにデートに来たんでしょう。なにも友達の好きな人取ることないじゃない! ばかあ」

 涙腺崩壊の亜希の言葉にニヤリとする七海。亜希が素直に本音を訴えかけたことに満足げだ。それを聞いて、亜希の意中の恋の相手が自分だということにここで初めて気付いた義男。要は心配することもなく、相思相愛だったのだ。


 本心をさらけ出した亜希に、七海は静かに微笑むと、

「やっと言えたね、亜希」と笑う。

 そして「義男もあんたが好きなんだよ。私の役目はここまでよ。映画ならここで私にも、偶然の出会いがあるんだけど、まあ、私はここで退散しておくわ。この後はちゃんと二人で話し合いな」と言う。

 涙をぬぐいながら、不思議な顔の亜希は、

「どういうことなの?」と尋ねる。泣きはらした目である。

「アンタが好きな義男君が、アンタを好きで、どうやってアプローチすれば良いか、って私に訊ねてきたの。それでヤキモチ焼かせて、ちゃんと亜希の本音を言わせるから私の言うとおりにしなさい、って義男君にお願いしておいての今日の偽デートってわけよ」

 そう言って肩をすくめると、「じゃあね。バイビー」と言ってハンドバッグをブンブン振り回して坂道を下っていった。


「義男君、ゴメン。あたし、素直じゃなくて」と亜希。

 頭をかきながら、「僕もへたれで、弱虫で」と笑う義男。

「今から着替えてくるから、デートの続きは私で良いかな? それともこの後用事あるのかな?」と亜希。

「いや、ないよ。仕事もお休みだしね。亜希ちゃんとデートなんて天にも昇るような気分だよ。ありがとう」

 照れながら義男は頷く。

「じゃあ、天に昇ってみる? 特別展望台、トップデッキにご招待するね、ここで待っててね」

 笑顔になった亜希はそう言うと帽子を小脇に抱え、エントランスを抜けて着替えに向かった。


 坂道でハンドバッグをブンブン振り回していた七海は、その途中で振り返ってTタワーを見る。

「結構私っていいやつで、いい女じゃん。そんな私もいい男ほしい」と笑いながら拝み、柏手を打っていた。風薫る青空が眩しい午後だった。


                    了

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電波塔の神明社-恋と御縁の浪漫物語・芝公園編- 南瀬匡躬 @MINAMISEMasami

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