第39話 約束ですからねっ!

 二度も見た光の球はなかったが、その代わり人の姿をした靄のような体があった。


 これはナターシャだと、直感的にわかる。


 近寄りたいのだが動けない。何も伝えられない。


 寿命を消費した側は光の球となり、時空魔法の対象となった人は光の体になる……のか? ルールがよくわからん。


 もしかしたら気分というか、魔法を使った人の認識に大きく左右されるのかもな。


 そんなことを考えていたら急にプツンと、視界が暗くなって呼吸ができるようになる。


 重い瞼を上げると、天蓋が見えた。自室のベッドの上にいるみたいだ。


 ドアがノックされたので許可を出すと、専属メイドのユリアが入ってきた。


「マーシャル様。お目覚めですか?」


 生きている。それだけで嬉しくなって、涙があふれ出てしまいそうだ。


 やり直せる。


 大切な人たちを守れるかもしれない。


 その喜びが俺の心を震わせる。


 俺が二回目の人生を始めたとき、きっとナターシャも同じことを感じていたのだろう。


「今日は何日だ?」

「王歴253年5月12日です。どうされましたか?」


 父が砦の滞在が一カ月延びるという話を聞いた直後か。ちゃんと、冒険者ギルド行く前の時間に戻れたらしい。


「今日の予定は全てキャンセルだ。ナターシャに会う」

「かしこまりました。準備いたします」


 ベッドから起き上がると寝巻を脱ぐ。ユリアが着替えを持ってきたので、受け取ると身にまとう。


 水を持ってきてもらい顔を洗うと一人で部屋を出る。


 廊下を急ぎ気味に歩いていると、正面からナターシャの姿が見えた。どうやら考えていたことは同じだったようだ。


「兄さまっ!」


 泣きながら笑い、抱きついてきた。器用なことをするな。俺の胸に顔をうずめている。


 気持ちを落ちつかせるために背中に手を回す。ぽんぽんと軽く叩いた。


「執務室に行こう。そこで今後について話す」


 魔族の侵略を避けるため、プルップを逃がしてはならない。俺とナターシャ二人でも充分かもしれないが失敗は許されないので、策を練る必要があるのだ。


「もう少しこのままで」

「話し合いが終われば、ずっとしてやる。だから行くぞ」

「はいっ!! 約束ですからねっ!」


 俺から離れたナターシャは俺の手を掴むと、執務室に向かって走り出す。


「早く行きましょうっ!」


 辛い経験を重ねてきたのに天真爛漫な性格は変わってないようだ。


 それが救いのように思え、戦う気力につながっていく。


* * *


 執務室に入るとナターシャを俺の椅子に座らせて、自分はテーブルの上に腰を下ろす。


「お兄様、体調は問題ないですか?」

「今すぐにでもプルップと戦えるぐらいには元気だぞ」


 心配そうな顔をしていたので、軽い口調で言ってみた。


 実際は何かが抜けてしまった喪失感は残っていて少々体調は悪いのだが、ナターシャにいうほどではないので黙っている。


 深掘りされたくはないのでさっさと話題を変えるか。


「俺の計画を話そう。結論を先に言うと、プルップを殺さずに捕らえたい」

「なぜ殺さないんですか?」

「魔族の王と戦いたくないからだ」


 ずっと存在を隠していた王が、娘のために人前へ出るほど愛情を持っているのだ。殺したら前回の時と同じように、必ず復讐しに来る。


 あいつと戦って勝てるイメージが湧かない。何度もやり直して勝てたとしても、騎士団は壊滅的なダメージを受けるだろう。


 その後の立て直しを考えると、戦いは回避した方がトータル的に良いのだ。


「それでプルップを捕まえるんですね」

「ああ。その通りだ。ヤツはスライムだから体を取り押さえても無意味。コアだけの状態にして監禁する」

「その後はどうするんですか?」

「大切な娘なんだから交渉の材料として使えるだろう」

「お兄様の言う通りですね」


 考えを肯定されて安堵する。


 今度こそ間違えないよう頑張らなければ。


 さらに説明を続ける。


「プルップを手に入れたら、魔の森に入って魔王と話し合う場を作ろう。そこで娘を返す代わりに領地を攻め込まないよう、交渉するのだ」

「そんな提案受け入れますか? 力ずくで奪い取るかもしれませんよ?」

「可能性としてはあるだろう。だが仮に失敗したとしても過去に戻れば良い。半日戻るだけなら生命属性の魔法を使う必要がないので、リスクはほぼゼロ。最悪、俺の寿命を数年分使って数日前に戻り、やり直せば良い」


 ピクリとナターシャの眉が動いた。寿命を削る前提の作戦が気に入らなかったのだろう。


 しかし相手は詳細不明で、何が嫌いなのかすら分からん。


 最悪の場合を考えれば、半日さかのぼった上で、さらに過去へ跳躍する必要性が出てくる。


 そのぐらいの覚悟とリスクはナターシャにも受け入れてもらわなければ。


「お兄様の言っていることは確かにできますが、それでしたら私の寿命を使ってもっと過去にさかのぼり、プルップが街を襲ってくる原因を作る前に戻った方が良かったのではないですか?」

「それはダメだ。許さない」


 ストークのクソ野郎に協力している存在は詳細不明で、どのタイミングに戻れば良いのかすら分からない。確実性の低いアイデアだ。


 それにだな。もう二度と、ナターシャに生命属性の魔法は使わせたくない。


 だからこのタイミングで何とかするしかないのだ。

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