第16話 ここに何がいるんっすか?

 馬車から降りて冒険者ギルドに入る。記憶通りの光景と臭いだ。


「くさいーーー!」


 少し遅れて入ったナターシャが鼻をつまみながら叫ぶところも同じだ。順調に過去を再現している。部屋の奥を見るとピーテルの姿が見えた。何かを気にしているようで左右をキョロキョロと確認している。一回目の時は気づけなかったな。


「ナターシャ。馬車で話したことは覚えているか?」

「もちろんです」


 鼻をつまんだままなので、くぐもったような声だった。


「良い子だ。では、クライディアを連れて行く」

「え、私っすか?」

「そうだ。付いてこい」


 命令に疑問を持ったのか、クライディアはすぐには動かない。今の主であるナターシャの反応を待っているのだろう。


「お嬢様の護衛は不要っすか?」

「こんなところで襲う人なんていません。エミーさん一人で充分なので、クライディアさんは、お兄様を必ず守って下さい」

「うーーーん」


 専属護衛を外されたと思っているのか、悩んでいるようだ。むしろ頼りになるからお願いしているんだが、相手に伝わらなければ意味がない。


「二階に面倒な敵がいるから、俺がワガママを言ってお願いしたんだよ」

「敵、っすか?」

「そうだ。部屋に入った瞬間に戦いが始まるから覚悟しておけ」

「うぁーー。貧乏くじを引いたみたいっすね」


 言葉では嫌そうにしているが、顔は好戦的な笑みを浮かべている。


 五年もの間、魔物と戦い続けていたのだから、この程度では怯えるどころか戦意が高まる材料にしかならん。なんとも頼もしい騎士だ。


「違う」

「へ?」

「特大の貧乏くじだ。どうだ? 楽しそうだろ」

「いや、流石に特大は遠慮したいっす……」

「諦めろ」


 抗議をバッサリと斬り捨ててから歩き出す。前は受付カウンターで挨拶をしたが、今回は無視して階段をのぼって二階へ行く。ギルド長のイスカリに準備させる暇は与えない。寝込みを襲ってやる。


 後ろにはクライディアがいることは気配からわかっている。先ほどのようにふざけた態度はしていないだろう。


「ここから先は魔の森だと思って行動しろ」

「うあぁ……」


 最高だ。なんて言いたそうな顔をしていることだろう。血沸き肉躍る戦闘が始まると感じ嬉しくなっているはずだ。


「ここに何がいるんっすか?」

「戦闘に長けた特殊なゴーレム、かな。他にもいるし、油断したら死ぬぞ」

「うっす」


 気を引き締め直したクライディアは、剣を抜くと腰を落としてゆっくりと歩き出す。俺も同じように動き、音を立てないように進んでいく。


 しばらくしてギルド長室の前に着いた。ここからは、おしゃべり厳禁だ。


 ハンドサインで待てと指示を出す。さらに先に突入するから後に続けて指を動かして命令を出すと、体にオーラをまとって身体能力を強化。ドアを蹴破る。


 蝶番が外れて、木製のドアが部屋の中に吹き飛んだ。


「うぉぉおお!!」


 イスカリの叫び声と共にドアが砕けた。


 やつは徹夜が続いて寝室で寝ていたはずでは? いや、今は考えるより行動だ。ゴーレムを破壊してイスカリを無力化――。


「ッ!?」


 室内に一歩入ったところで足が止まってしまった。


 額に一本の角が生えた赤髪の女がいたからだ。体からは甘い臭いを発している。人と同じように見えて人ではない存在。


「魔族ッ!!」


 この場にいる可能性はあった! 驚きはない! 都合が良いから、この場で殺してやる!


 剣を振り上げて魔族の前に立つ。振り下ろすと、透明の膜に当たって止まってしまう。とっさに防御魔法と使ったのであれば、こいつは魔法型か。身体能力は劣るが独自の魔法を使うため行動が読めないぞ。


 距離を取ろうとしたら足が動かない。

 下を見ると床からツタが生えて足に絡みついていた。


 追撃を警戒して焦っていたのだが、魔族は微笑んでいるだけ。右側にある寝室のドアから顔のない木製のゴーレムが飛び出てきた。あそこに隠していたのか。


「たりゃぁああああ!!」


 動けない俺に変わってクライディアがゴーレムに斬りかかる。しかし、腕で止められてしまって破壊には至らない。ゴーレムが反撃の蹴りを放ってきたので、クライディアはギリギリの距離でかわすと、足払いをしてゴーレムを転倒させた。


 状況を冷静に判断して相手の攻撃を見極め、戦っている。連れてきて良かった。


「なんで弱いくせに余所見しているんだ? 生きるのを諦めているのか?」


 魔族が語りかけてきた。


 首をかしげて俺を見続けている。動かない俺に疑問を持っているようだ。


「お前程度の魔族なら何度も殺したことがあるからだ。警戒する価値はない」


 誇張だったかもしれんが、弱気になるよりかはいいだろう。


「へー。見た目と違って意外と強いんだ」


 ゴーレムとの戦いにギルド長のイスカリが参加した。クライディアだとしても二対一は辛いか。さっさと魔族を倒して援護してやろう。


 足を持ち上げると拘束しているツタを引きちぎる。これで自由になった。


「人間ごときじゃ破壊できない程度の拘束力はあったんだけど。お兄さん、すごいね」

「お前に兄なんて言われたくない。死ね」


 剣を横に振るうと魔族の首を切断した。頭が宙に舞う。


 これで助けに行けると思ったのだが、切断面から血管のように見えるツタが伸びて頭と体が繋がる。


「本当にスゴイ。動きが見えなかったよ」


 ツタが短くなっていくと頭が体の上に乗っかった。切断した跡は残っているが、くっついたようだ。


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