第15話 甘えたいだけですーーーっ!
真っ暗な空間に浮かんでいる。肉体的な感覚はない。意識だけが残っているようなイメージだ。呼吸せずにも生きている……のか? よく分からない状態だな。
体を動かそうとしてみるが、当然何も起こらない。何度か試しても変化がなかったので諦めてふわふわと漂っていると、目の前に小さな白い球体が現れた。よく見ると一部が欠けているようで細かいヒビも入っている。
なぜか強烈な不安を覚えてしまい目を背けたくなったが、動けるはずがなくじっと見るしかない。
『――…――……きて』
白い球体が話しているように思えたが、弱々しいので何を言っているかまでは分からない。聞き返そうとしても声の出し方が分からず、また体も動かせないので、浮いているだけである。赤子に戻ったような気分だ。
『――…二――やり……』
光りの球が必死に伝えてくるが俺には届かない。
『――――……――――……――――』
最後に長い言葉を放ち目の前から消えてしまった。
もし俺がしゃべれたら、ここがどこだったのか聞けたのだが。チャンスを逃してしまったが、何も出来ないので諦めるしかない。
俺が死んだ後はクライディアとエミーが何とかしてくれただろうし、死後の世界をゆっくりと楽しむ……うぉ!? なんだ!?
急に強く引っ張られて落ちていく。左右をギュッと押されている感覚があって非常に窮屈で苦しい。押しつぶされそうだ!
人生で一番の苦痛かもしれない。早くここから出して欲しいと願っていると、意識が急に途切れる。
* * *
「ガハッ!! ゴホッ、ゴホッ」
思いっきり息を吸い込んだらむせてしまった。
なぜか揺れているので周囲を見ると、馬車の中だと分かる。正面には淡い緑色のドレスを着たナターシャが座っていた。
「お兄様、どうされましたか?」
心配そうな顔をしていた。耳についたダイヤのイヤリングやチェーン状の金のネックレスが目に入る。まさか! と思って手元を見ると、予想通りミスリル製のスタッフがあった。
ナターシャは冒険者ギルドへ行く前の格好と同じ、ということは、また過去に戻ってきた。しかもストークとの婚約が成立した世界とは違う。二度目の世界をベースにしているようである。
どういうことだ?
なぜ死んだのに生き返っているんだ?
誰かが魔法でも使ったのだろうか?
でもそんなことできるのか?
魔法に疎い俺にはよく分からないが、取り返しのつかないことをしているような嫌な予感だけはあり、全身から汗が浮き出ている。
どうして俺は二度もやり直しの機会を貰えたのだろうか?
答えは分からないが運が良いで片付けるべき問題ではない。
「気分が優れないようですが、何かありましたか?」
俺の手にナターシャが触れた。覗き込むようにして見ている。
ああ、そうだったな。俺にとって大切なのはナターシャと父だけである。戻ってきた理由とか、そういうのは後回しにしよう。
二度も失敗してなお、チャンスをもらえた。この事実が全てであり、俺がやるべきことはナターシャと父、そして領地を救うことだけだ。
それ以外のことは今この瞬間は忘れよう。
「お兄様?」
「すまない。少しぼーっと、していたようだ」
笑顔で返事をしながら、なぜ殺されてしまったのかを思い出す。
金の鉱山の噂にイスカリが関わっているのは間違いない。冒険者に噂を流している犯人だと思っても良いだろう。発生源というヤツだな。そうすると新しい疑問が思い浮かぶ。イスカリに情報を流した存在は誰だ?
ごく一部の人しか知らない情報をどうやって手にれたのか。
ギルド長室で戦ったゴーレムにヒントがある。あれは金を掘るゴーレムと同レベルの高度な判断が出来ていた。アレを作れるのは、ブラデク家に仕えているピーテルのみ。手紙を送るついでにヤツが情報を流した可能性が高いな。理由までは分からないが、捕まえて調べればすぐに分かるだろう。
寝室にいたと思われる魔族の存在は気になるが、前回戦った場では現れなかったので、情報が不足していて対策は思い浮かばなかった。元々俺は作戦を考えるのが苦手なんだし、悩んでも良いアイデアは出ない。とりあえず戦えたら殺す、ぐらいの考えで良いだろう。
「冒険者ギルドに着いた後の動きについて提案がある」
「なんでしょう?」
これから戦場で死を覚悟した騎士のような声だった。
重々しい空気がこの場を支配する。
「ギルドの受付近くにピーテルがいるからエミーと一緒に足止めをしてくれ。理由はなんでもいい」
「わかりました。流行の服を妹さんにプレゼントしましょうと提案して、時間を稼ぎますね」
理解が早い。すぐに話を受け入れてくれた。
ナターシャはピーテルのことを俺より知っているようだ。魔道士と錬金術師は近い関係なので、自然と仲が良くなったのかもしれないな。
「他に何かすることはありますか?」
「敵が近くにいるかもしれない。たとえ知り合いだとしても油断はせず、何かあったらすぐに逃げろ」
「もちろんです。それで、お兄様はどうするのですか?」
「俺はギルド長室に行く。護衛騎士のクライディアを連れて行きたいのだが、貸してくれないか」
「元々お兄様の部下なんですから遠慮せずにお使いください」
「助かる」
優しく微笑んでみせるとナターシャが抱きついてきた。
手を背中に回して受け止める。
「どうしたんだ?」
「甘えたいだけですーーーっ!」
「そっか。ナターシャは甘えん坊だな」
昔のように砕けた言葉で返事をされてしまった。
頭を撫でてみると嫌がるそぶりはない。
最近は髪が乱れるからと文句を言っていのだが、心変わりでもしたんだろう。
話し相手がいなくなったので窓から外を覗く。そろそろ冒険者ギルドに着きそうだ。
二度目の戦いは絶対に負けないと、気合いを入れ直すことにした。
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