第14話 止血しろ
「では、噂の出所について何か知っているか? 調べてみたんだろ」
大勢の冒険者が動くほど影響力のある噂だ。ギルド長として最低限の調査はしているはず。
内部でしか知り得ないことは多くあるため、俺はそういった情報を手に入れるために来たのだ。
「もちろん。出所は王都だというのは分かっている」
「商人か?」
「いや。裏には海運事業に失敗した貴族がいるらしい」
遠回しだがストークの野郎が、噂をばら撒いていると教えてくれたようだ。
持つべき物は友人だ、なんて純粋に人を信じられる心は一度死んだ時に失った。疑ってかかれば不審点は見つかる。
特に気になったのは、男爵家ごときが大量の冒険者を雇い辺境まで派遣する力はないということ。特にストークは海運事業に失敗しているので、人を動かす資金はない。それはイスカリだって分かっているだろうに。あえて黙っているのだ。
仮に協力者が動いたのだとしたら、今度は冒険者ギルド長が尻尾をつかめたという事実が怪しくなる。一回目は死ぬときまで気づけなかったほど狡猾なのだ。偽物の情報を掴まされたと思う方が自然である。
俺を騙そうとしているのか、それともイスカリが騙されているのかはわからんが、怪しいことだけは間違いない。
「その間抜けの名前を教えてくれ。俺の方でも調べる」
イスカリが答えようと口を開きかけると、ギィと音がなって半開きになっていた寝室のドアが動いた。
窓は閉め切っている。建物は揺れいていない。だが確実に、しかも結構大きく動いたのだ。
「お前、寝室に女でも連れ込んだのか?」
たばこを吸う手が止まった。イスカリは恥ずかしそうに頭をかいている。
「わりぃな。実はそうなんだ。頼むから秘密にしてもらえないか」
「別に良いぜ。俺とお前との仲だ」
ゆっくり立ち上がる。
「だから、お前の女を紹介してくれよ」
「今は裸で寝ている。明日ぐらいにでも会わせるよ」
「そうかい。じゃあ――無理やり顔を拝ませてもらうぜッ!!」
剣を抜いて寝室に飛び込もうとしたが、眼前に、たばこが近づいてきたので斬り捨てる。
いつの間にかイスカリの手にはナイフがあり、俺の腹を刺そうと突き出していた。
「当たるかよッ!!」
手の甲でナイフを弾くと蹴りを放つ。体が流れてしまい動けないイスカリの横っ腹に当たって吹き飛んだ。
デスクに当たると痛そうに顔を歪めながら俺を見る。
「なぜ殺そうとした?」
体内の魔力を活性化してオーラをまとう。
引退したがイスカリは凄腕の冒険者だった。油断はできない。
「お前こそ、どうして寝室が気になるんだ? 明日で良いじゃないか」
「隠し事は暴きたくなるものだろ」
剣を構えながら間合いを詰めていく。
寝室の半開きしたドアから、かすかに甘ったるい臭いがしている。普通の人なら香水などと勘違いするかもしれないが、俺には正体が分かっている。魔族だ。あいつらは常に甘い臭いを全身から発しているのだ。
臭いの濃さからして直前までこの場にいただろうから、イスカリを捕まえて事情を聞き出すつもりである。
「知りたがりは長生きしないぞ」
「俺より自分の心配でもするんだな」
腕を切り落とそうとして剣を振るう。ナイフで受け流そうとしてきたが、オーラで強化された剣に対抗できるはずがない。刀身ごと右腕を斬り飛ばした。
血が吹き出てソファや床、壁を赤く染める。
「止血しろ」
死なれても困るので構えを解いて様子を見るが、動く気配はない。手当をしないので血が流れ続けているのだ。顔色は悪くなっていき少し震えているようにも見える。
「死ぬつもりか」
「ははは……死にたかねぇよ」
「だったら止血しろよッ!」
叫んだところでイスカリは動かない。
……俺の負けだ。助けよう。
「動くなよ」
忠告してから剣を床に突き刺し、落ちた右腕についている服を破って包帯を作る。
腕の付け根辺りに巻き付けて強く結んだ。これでイスカリは延命できる……。
「ゴフッ」
俺の口から血が出てきた。胸に痛みを感じたので下を見る。真っ黒い刀身が俺とイスカリをまとめて突き刺していた。
「ガハッッ」
今度は剣を引き抜かれた。胸から噴水のように血が流れ出る。
痛みには慣れているので動きや思考が鈍ることはない。
オーラで体を強化しながら横に飛んで距離を取ると、攻撃してきた犯人を見た。
顔のない木製のゴーレムだ。ここは冒険者ギルドだぞ? どうやってこの部屋にまで運び込んだんだ!?
ゴーレムが剣を振るってくるが、力任せであるため簡単にかわせる。動きからするとブラデク家と同じ高性能なタイプだな。
腕を掴んで投げ捨てるとゴーレムを踏みつけた。剣を奪い取ると頭を突き刺す。動力源となっているコアを貫けたようで、完全に動かなくなった。弱点の位置まで同じだったとは。
「はぁ、はぁ、はぁ」
胸に穴が空いているのに暴れすぎた。血が流れすぎで力が抜けていく。早く止血して治療をうけなけれ――。
足から力が抜けた。
鎧を突き抜けて、心臓にナイフが刺さっている。
デスクの引き出しからナイフを取り出したイスカリが投げたようだ。
「貫通力を高めたマジックアイテムの威力はどうだ?」
「最悪だな……」
外から足音が聞こえてきた。騒ぎを聞きつけて誰かが近づいているのだろう。
だが少し遅かった。動けずに倒れてしまう。顔にべったりと血が付いてしまった。
さほど強い痛みは感じない。
目がかすんで何も見えなくなってしまった。
「お兄様!! ダメーーーーっ!」
駆けつけてくれたのは、可愛いナターシャだったようだ。抱きしめられているような気がする。
足音の数からして護衛の二人も居るだろうから、死にかけのイスカリは脅威にならない。
心残りは多々あるし、ストークのことは気がかりであるが、どうやら俺はここまでのようだ。
「今度こそ助けないとっ!」
泣きじゃくるナターシャに抱きしめられて死ぬなんて悪くはない。
そう思えた最後であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます