第9話 少し変わったか?
「決めつけずに、か。ナターシャ。こいつが本当に借金を返済できると思っているのか?」
「可能性はあると考えています」
「根拠を教えてくれ」
惚れているのであれば擁護したい気持ちになるのはわかる。だが、今回は領地全体に関わる話になるので、愛しい義妹だとはいえ容赦しない。それがナターシャのためにもなるからだ。
「男爵家が海運事業に進出するには、他家のコネクションが必要だからです。ドルク男爵に協力者がいるのでしたら、先ほど言われたとおり援助してもらえる可能性は残っています」
海運事業と一言でいっても準備するべきものは多岐にわたる。船は当然のことベテランの船長や信頼できる乗組員。商品の購入から別大陸の取引先を見つける力まで必要で、男爵家だと資金は当然のことコネクションも足りない。
子爵家以上の貴族や大きな商会が参加して共同事業を立ち上げるからこそ、やっと実現できるのだ。
男爵家だけで海運事業をしていたと、俺たちが思い込んでいた方がおかしいのである。
ストークの言う協力してくれる方が、上位貴族もしくは大きな商会なのかもしれない。であれば、説得さえ出来れば借金返済は実現性を帯びてくる。
ただ、そいつらもストークと同等かそれ以上の被害を受けているので、金銭的に助けるとは思えないが。
「ドルク男爵の協力者が断ったらどうする?」
「婚約の話はなかったことにすれば良いかと」
借金を返済しても婚約の検討し直すだけだ。別に婚約を確定させるというわけでもない。
調査では借金のことしか調べていなかったので、お仲間の存在は見落としていた。これを機会に周辺情報まで調査するのも悪くはないか。
むしろここでストークを事故死させてしまい、彼の協力者に逆恨みされた方が困る。
「わかった。今回はナターシャに譲ろう」
剣を納めるとストークから安堵のため息が漏れた。とりあえず生き残れた、なんて思っていそうだな。
「お兄様、ありがとうございます」
スカートの端をちょこんとつまみ、ナターシャは軽く頭を下げた。
昔は面倒だから嫌だと言っていたのだが、小さい頃から練習していたこともあって綺麗な動きだ。一流と称してもいいだろう。
「可愛い義妹のためだ。礼は不要である」
ナターシャを軽く抱きしながら、ダンスをするようにくるりと回転してストークから離す。
「この後は俺に任せてくれないか?」
「はい。お兄様」
大人しく引き下がってくれて良かった。これで当主代理としての仕事が出来る。
妹から顔を離してストークを見る。無理やり笑顔を作っていてご機嫌と取ろうとしていた。俺が怒ってないか気にしているんだろう。
「ドルク男爵。話は聞いていたよな?」
怯えながら首を何度も縦に振っていた。
胆力がないのに辺境伯を騙そうとしたところから、裏で操っている人物がいるのは間違いないだろう。ストークのような無能を使うんだから、全体の絵だけじゃなく細かい指示まで出しているはずだ。
協力者の存在も気になるし、悩み事は増えるばかり。さっさと婚約の話を終わらせたい。
「では半年以内に協力者と話を付けて借金を完済しろ」
「かしこまりました!」
飛び跳ねるようにして立つと、別れの挨拶をすることさえせずに馬車に乗り込み、出発してしまった。
ストークへの脅しは充分とみて良いだろう。父には後ほど報告するとして……。
「ナターシャ。少し変わったか?」
このぐらいの年だったときはもっと純粋というか、子供っぽかった気がしたのだが。
「どうしてそう思われたのですか」
「事業に興味なんてなかったナターシャが、海運に詳しかったからな。気になったんだよ」
一般的な貴族の子女は、輸入する宝石の種類や品質を覚えていることはあっても事業の仕組みは知らない。コネクションが必要、男爵に後ろ盾がいる、なんて発想自体出てこないのだ。
しかも俺を説得させ、借金を帰しても婚約が成立するかわからないようにする会話誘導術。脳筋傾向である我が家にはもったいないぐらいの才能を感じた。
「父様からドルク男爵が海運事業で借金をしたと聞いて、書斎で色々と調べていたんです。そうよね。メアリー?」
後ろに控えているナターシャの専属メイドに続いて、護衛につかせたクライディアとエイミーが小さく首を縦に振った。
口裏を合わせてるかもしれない、なんて疑っても仕方がない。書斎の鍵は父が持っているんだし、屋敷に戻ってきたときに聞けば真実はすぐに分かる。
「そういうことか。納得したよ」
それよりも気にしなければいけないことは、俺が未来を変えようとして行動した結果、ナターシャが記憶とは異なる動きをしていることだ。
過去とは違う経験を積んでいけば、今は小さい違和感がもっと大きくなっていくことだろう。俺の知っている義妹と違う成長をしたら面白そうだ。
「難しいお話も終わりましたし、紅茶を飲みながらドルク男爵がどうやって破滅するか話し合いませんか? きっと楽しいですよ」
人が堕ちることを楽しみにしているのか、涼しい顔で言いのけた。
どうやらストークが借金返済できるとは思っていないようである。むしろ苦労したうえで破滅することを期待しているようだ。
イケメンに惑わされた時とは違って、悪辣な笑みを浮かべているところもいい。身内以外はどうでも良いという態度が俺好みだ。いい女に育ったな。
義妹と楽しい会話をするほうが優先度は高い。
「ちょうど喉が渇いていたところだ。新しい紅茶とやらを飲ませてくれ」
「やったー! お兄様、大好きっ!」
喜びながらナターシャは腕を絡めてきた。
こういう所は変わってなく、安心する。
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