第8話 ナターシャ?
「ドルク男爵を歓迎していたところだ」
殺そうとしていたとは言えず慌てて言い訳をした。俺の背でストークを隠して見えないようにしていたのだが、ナターシャは一歩横に移動してしまう。
「あら、額から血が流れていますね」
「マーシャル様が私を脅して傷つけたんです!」
助けがきたと思ったのか、ストークは騎士の手を振りほどいて立ち上がった。わざとらしく目から涙をこぼし、被害者だというのをアピールしている。
小賢しい男だ。やはりここで首を斬るべきか。
自然と手が剣の柄を触っていた。
「お兄様。敷地内での殺傷はダメですよ」
めっ! といった感じに人差し指を立てて注意されてしまった。怒った顔も、また可愛い。
すぐ笑顔へ変化すると、白く手入れされた指が俺の手に触る。自然な振る舞いだ。魔力を発してないのに、どこか他者を圧倒するような迫力がある。
「借金があったから、婚約を終わらせるお話をされていたんですよね?」
「お前には関係ない」
「いいえ。あります」
まっすぐな目で見られてしまい、ごまかせないと諦める。
最後まで隠しておきたかったんだな。
「ふぅ。仕方がない……婚約の話を断ると言ったら理由を聞きに来たんで、丁寧に説明していたところだ」
「でしたら私にも関係があります。少し彼とお話しさせてもらってもよろしいでしょうか?」
可愛いナターシャの目を見る。キラキラとしていて星が浮かぶ夜空のように美しい。紺色の瞳の良さを、また一つ知ってしまった。
「何を話すつもりだ?」
「私の正直な気持ちを」
まさか駆け落ちします! なんて言うつもりじゃないだろうか!
兄は許さないぞ。そんなこと。
「大丈夫です。安心して下さい」
俺の心を読めているようなことを言うと、ナターシャは歩き出した。
止めようと思ったのだが、考えを改めて様子見する。天真爛漫だった性格が、回帰した世界でどう変わっているのか把握しておきたいと思ったからである。
俺の知っているナターシャなのか、それとも別人なのか。見極めよう。
「ドルク男爵」
「ナターシャ嬢」
二人が名前を呼び合った。それだけで苛立つのは過去の因縁があるからだけではない。俺がナターシャに感じている想いも影響しているだろう。血が繋がっていなくても兄だからという理由で諦め、婚約者に任せると決めていたのだ。
もしこの先ずっと婚約者が決まらなかったら、俺はどうなってしまうのだろうか。自分のことながら想像がつかない。
「借金はできてしまいましたが、必ず幸せにします。どんな困難があっても守ると約束しましょう。欲しいものがあれば全て差し上げる覚悟もあります。ですから、婚約していただけないでしょうか」
我が家を乗っ取ろうとしたくせに良く言う。
苛立っている俺とは反してナターシャは笑顔で聞いていた。
「どうでしょう? できれば今、ナターシャ嬢の答えを欲しいのですが」
「そうですねぇ」
もったいつけるためなのか、すぐに答えず黙った。
鳥のさえずりが聞こえるほど静かである。誰も言葉を発しない。ストークは何かを言いたそうにしているものの、心証を悪くしたくないためか静かだ。
たっぷりと間を作ったナターシャは、柔らかく魅惑的な唇を動かす。
「私は言葉ではなく、行動で示して欲しいと思っています」
出てきたのは否定の言葉ではなかった。むしろ問題を解決したら婚約しても良いと捉えられるような内容である。
「ナターシャ?」
名前を呼ぶと俺を見た。
目にはしっかりと意思を感じる。操られているわけではなさそうだ。
唇に人差し指を当てて、黙っていてくれとジェスチャーをされた。
過去の記憶が蘇り、信じて良いものか悩む。
「俺は何をしたら信じてもらえるんだ?」
答えを出せないままでいると、ストークが勝手に話を進めた。
仕方がない。しばらく様子を見るか。
「借金を返済できたのであれば、婚約の話を検討しなおすかもしれません」
「それはッ!」
ストークが言葉に詰まるのも無理はない。海運事業の失敗により、下級貴族の家が吹き飛ぶほどの借金を背負っているのだから。
だからこそブラデンク家と婚姻でつながり、借金を返済しようとしたのだ。恐ろしいほど欲深く、身勝手な男である。
「できないのですか?」
「……できます」
ストークが背負った借金の大体の金額は把握している。全財産を売ったとしても不可能だ。
なのに出来ると言いやがって。この場でも嘘をつくとは許せない。
やはりこの場で斬り殺すべきだ。再び切っ先をストークに向ける。
「男爵ごときが、どうやって金を返すつもりだ? お前の借金、そして資産については調査済みだ。嘘をつけばすぐに分かる。慎重に答えるんだな」
ナターシャが責めるような目をしてきたが、今回ばかりは譲れない。
これは家族と領地を守る為の戦いなのだから。
「名前は言えませんが、私に協力してくださるお方がいるのです」
「そいつが莫大な借金を肩代わりすると?」
「ええ、その通りです」
「話にならんな」
そんな金持ちがいるなら、さっさと借金を返済しているはずだ。嘘つきには死を与えなければ。
剣を振り上げる。
「お兄様っ!」
目の前にナターシャが立った。両手を広げてストークを守ろうとしている。少しは変わったのかもと思ったのだが、やはりイケメンに弱いのか。
「実物を見たら心変わりしたのか?」
「違います。嘘と決めつけず、もう少し話を聞いた方が良いと思ったのです」
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