第7話 座らせろッ!!
屋敷に来る途中で野盗に襲われてもらう、紅茶に毒を仕込んで死んでもらう、とりあえず顔の形が変わるまで殴り続けてから牢獄にぶち込むなど、楽しい妄想をしていたら、ストークが来る日になってしまった。
小さな馬車が玄関前に止まる。
御者がドアを開くとストークが出てきた。
俺の記憶より若い。二十代前半で凜々しい顔つきをしている。輝くような金髪と黒いスーツの相性は良く、一緒に出迎えに来たメイドたちがざわついていた。
「見た目はすごくいい」
「妾として私を選んでくれないかな」
「あんたなんて遊ばれて捨てられるだけ。諦めなよ」
「そっちだって、似たようなもんじゃない」
「わかってる。だから私は見ているだけで良いの」
騒がしいヤツらだ。外見は良いが中身はクソ野郎だぞ。こいつら全員、男を見る目がない。
「二人とも黙れ。仕事をしろ」
低く威圧感の声を放つと、小さい悲鳴を上げてメイドたちは黙った。
怯えるなら最初から黙々と仕事をしろよ。もう少し、教育に力を入れるか。
「これは、これは、マーシャル様が直接、お迎えにきてくれるとは!」
手を広げながらが声を張り上げやがって。
周囲に対して客人として歓迎されているとアピールしたいだけなんだろうが、俺の機嫌は最悪になったので逆効果である。誰が客として認めるかよ。
「父は最前線の砦を視察しているため不在だ。代わりに私が要件を伺おう」
「かしこまりました。長くなるので、どこかゆっくりと話せる場所に移動しましょう」
屋敷に入れろと言っているようだが、させるはずないだろ。ナターシャに会うどころか絨毯を踏むことすら許さん。
「移動はしない。ここで話し合う」
パンと手を叩くと、数人の騎士が椅子とテーブルを持ってきた。
完全武装しているのでガチャガチャと、うるさい音をたてながらセッティングしていく。
「これはどういうことで?」
「外は空気が良いからな」
用意された椅子に座ると足を組む。
「お前も座れよ」
屋敷に入れる価値はないと目で伝えたのだが、どうやら分かってくれなかったようだ。
怒りによって体が小刻みに震えている。
「私をバカに――」
「座らせろッ!!」
話している途中で騎士に命令した。上司の命令には即実行するよう教育していることもあり、迷うことなく動いてくれる。
ストークの肩を掴むと椅子の前に移動させて、無理やり座らせる。立ち上がろうと抵抗してきたので抑えつけていた。
「借金だらけの男爵ごときが、歓迎されるとでも考えていたのか? 思い上がるなよ」
体内の魔力を練ってから全身でオーラをまとう。
「ひぃ! 今日は帰ります……ッ」
俺のプレッシャーに耐えられなくなったストークは立ち上がろうとするが、騎士たちが肩を押さえているので動けない。
可愛い義妹を手に入れようとした愚か者を、この程度で終わらすはずないだろ。二度と近寄りたくないと心の底から思えるように脅してやる。
「まだ話は終わっていない。どこに行くつもりだったんだ?」
「いえ、ちょっとトイレに……」
「悪いな。ここにはトイレなんて上等な物はない。したいなら、この場でしろ。俺が許す」
本当にしたら床を総入れ替えすることになるが気にしない。ストークに恥をかかせる方が重要だからな。
目に涙を溜めながらストークは自分の股間と床を交互に見る。
「どうやら気のせいだったようです。ははは」
「それはよかった」
テーブルの上にドンと足を乗せる。
「で、お前の話したいこととはなんだ?」
「婚約の話をしたかったのですが、マーシャル様のご都合が悪いようでしたら後日でも……」
黙って睨みつける。ストークの額に汗が浮かんでいると気づいた。
最低限の要件は言えたが、結局はそれまでのようだ。俺と交渉するような胆力はないみたいだな。
「一ヶ月後はどうでしょう? よろしければ私の屋敷に来ていただければ、盛大な歓迎を――」
「黙れ」
「ひぃッ!」
声を聞いているだけでイライラしてきた。
ナターシャが気づく前にさっさと話を終わらせよう。
「そういえば、借金を隠していたクセに可愛いナターシャと婚約したいと言っていた愚か者がいたな」
ストークを無視して独り言を呟くと、テーブルから足をおろして立ち上がる。
後ろに控えていた専属メイドのユリアが、両手で俺の剣をうやうやしく差し出した。
鞘から抜き出すと切っ先をストークに向ける。
「なぜ隠し事をしていた?」
「婚約を申し出たときは、船が沈んだ報告は来てなかったのです!」
時差があったと言い訳を始めやがった。
海運が失敗したと分かった段階で報告することもできただろうに。ストークから誠意が全く感じられない。なぜ過去の俺は、大切な義妹との婚約を認めてしまったのだろうか。いまだに後悔してしまう。
「だとしても、隠していたことには変わりない。海運業をしていると先に行っとくべきだったな」
「ふざけるなッ! 一世一代の大事業を他家に話せるわけないだろ!」
ここで逆ギレか。小さい男だな。
脅すため、額に切っ先を軽く当てる。
薄皮が斬れて血がにじみ出ていた。
「ストーク・ドルク男爵。お前は一つ、大きな勘違いをしている」
「へ? ど、どういうことで?」
「可愛いナターシャよりも優先することなんてないんだよ。大事業だから話せない? バカか。そう考える時点で、お前は婚約者になる資格がないんだよ」
せっかく説明したのに何もわかってない。全てにおいて、ナターシャを最上位にできない時点でダメである。
よし、殺そう。事故死に決定だ。
腕に力を入れて剣を前に出して頭を貫こうとする。
「お兄様? 何をされているのですか」
ストークの来訪は知らせず、部屋に待機させていたはずのナターシャが後ろにいた。
殺害の現場を見せるわけにはいかず、仕方なく剣を引くことにした。
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