第6話 ドルク男爵は海運事業に失敗していた
「ありがとうございますっ!」
ぱっと花が咲いたような笑顔に変わった。俺からのプレゼントは成功したようである。
護衛に指名した女騎士を手招きしてナターシャの前に立たせる。
「黒髪の方がクラウディア、茶髪がエミーだ。二人とも五年ほど騎士団で活躍していたベテランだ。頼りになるぞ」
簡単な紹介が終わると二人が声を出す。
「お嬢様、よろしくお願いするっす!」
「お給料分はきっちりと働きますね」
礼儀はなっていないが、身内だけの場だから許容範囲、ということにしておこう。
将来、様々な奇跡を起こせる魔道士になるナターシャではあるが、今は無力な少女だ。しっかりと守れよ。
「後は任せたぞ」
ここが過去の世界であれば、しばらくしたら魔物の大侵攻が始まるだろう。そうなったら俺は最前線の砦に行って戦わなければいかず、身動きが取れなくなる。
大進行が起こる前に情報を集めたい。
ナターシャたちと別れると、急いで屋敷に戻ると資料が保管されている部屋に入った。
本棚が規則正しく並んでいる。年代別に本は分けられていて、俺は去年の報告書がまとまっているエリアに入ると、国内の出来事をまとめた本を手に取った。
固いカバーには「ロアゴーラ王国報告書」と書かれている。父が密偵を使って国内の情報をまとめた内容があるのだ。
ページを開いて北部の公爵領の情報を読んでいく。
去年は温暖で冬だというのにあまり雪が降らなかったようだ。百年に一度の出来事だと領民は喜んでいたとあるが、実は凶事の前触れである。前年の冬が暖かいと翌年は寒さが厳しくなるのだ。
この事実を知らないポラエ公爵家は木材の準備を疎かにしてしまって、冬になると燃料不足によって多くの領民が凍死することになるのだ。
もうすぐ厳しい冬が到来する。
時間はないが事前に不幸が訪れると分かっていれば手の打ちようはあるな。
派手に動けば王家に睨まれるかもしれないので、家の力は使わずに個人でやろう。
パタンと本を閉じて部屋を出る。今後の予定を考えながら父と今後の予定を話すことにした。
* * *
過去に戻ってから三ヶ月が経過した。ストークの調査は三週間ほどで終わり、既に多額の借金があると裏付けまで取れている。残りの二ヶ月ちょっとで婚約解消する調整をおこなっていた。
今日は大切な話があると父から言われており、俺は執務室に来ている。
「知っての通りドルク男爵は海運事業に失敗していた。他の男爵家と小さい商会をまきこんでな!」
船を使った貿易は莫大な利益が期待できる一方で、嵐などによって船団が全滅して大損するリスクがある。要は博打みたいな事業なのだ。ストークは賭けに負けて借金を作ったようである。
報告書をデスクに叩きつけると、父が叫んだ。怒りによって顔が真っ赤だ。眉はつり上がっていてオーラをまとっている。目の前にストークがいたら間違いなく殺されていた。
ま、父じゃなく俺にだが。
一度殺されてやったんだから、俺の手で仕留める権利ぐらいあるだろ?
「しかもだ。婚約の話を断ったら、事情を説明したいから会わせてくれだと? ブラデンク家を馬鹿にするのもいい加減にしろッ!!」
上級貴族に断られたのであれば大人しく引き下がっていればよかったのに。ナターシャとどうしても婚約したいようで、直談判をしに来るようだ。
「いつ来るんですか?」
「明日だ」
怒りによって、父の声は震えている。
もっと前に連絡をするのが一般的なのだから、無理もない。
明らかに俺や父が大切しているナターシャを馬鹿にしている。違うのであれば常識知らずのクソ野郎となり、結婚をして家同士のつながりを作る必要はない。
死ぬ前にストークと何度か話したが、最低限の常識は身につけていたので前者の可能性が高いな。
「父様は今日から砦の見回りに出ますよね」
「であるから、対応はマーシャルに任せる。門前払いしてもかまわんぞ」
そんなもったいないことはしない。せっかく向こうが会う機会を作ってくれたのだから丁重にもてなしてやろう。ナターシャに手を出そうとしたことを後悔させ、二度とブラデンク家と関わりたくないと思えるほどの歓迎をしてやるのだ。
そこに慈悲なんてものは存在しない。
過去、俺が選択を間違ってしまったからこそ、今回は正しい行動をするつもりである。
「一応、話は聞いてやりましょう。その上で見極めます」
父には伝わるよう、あえて悪そうな顔をしてみた。
「わかった。お前の好きにしていい。責任は全て私が持つ」
当主の許可が下りた。これで何をしても許される。とはいえ、町中でストークを襲ってしまえば家名に泥を塗ってしまうため、派手なことはしたくない。領民が見えないところで徹底的に痛めつけてやるか。
「だが、ナターシャにはバレないようにやるんだぞ」
「もちろんですよ。ドルク男爵のクソ野郎が醜く暴れる姿なんて見せるつもりはありませんから」
優しいナターシャのことだ。俺がストークを痛めつけたと知ったら悲しむかもしれない。
あの笑顔を曇らせるわけにはいかないのだ。
汚れ仕事はすべて俺が引き受けてやるから、綺麗なところばかりを見て欲しいな。なんて、身勝手なことを考えていた。
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