第10話 メイドたちと噂話を楽しんで
ストークを追い返してからしばらくの時間が経った。父が前線の砦から戻ってくる予定だったのだが、伝令が一ヶ月ほど滞在を延期するという手紙を持ってきた。
どうやら魔の森に異変があるらしく、調査を進めるために時間をかけているそうだ。魔物だけじゃなく魔族まで動いていたらやっかいなことになるから、当然の流れではあるが、気になる点がある。
前の人生だと父は予定通りに戻ってきたし、魔の森に異変が起こったこともなかった。何かがおかしい。俺の知らないところで何かが大きく変わっていると感じながらも、誰にも言うことは出来ないもどかしさを覚える。
一度死んで戻ってきたと言ったら、頭がおかしくなったと思われてしまうかもしれない。俺が当主になるまで欠点は見せないようにしたいため、しばらくは黙っておいた方が良いだろう。
砦からきた伝令兵は二日ほど休んでもらった後、婚約の件についての進捗を書いた手紙を持たせて送り返した。今頃、父もこちらの状況は把握している頃だろう。
* * *
「お兄様」
ナターシャと一緒に朝食を取っていると名前を呼ばれた。
思い詰めたような顔をしていて普段とは違う雰囲気だ。何か重要なことを言うつもりなんだろうと思いながら、フォークとナイフを置いて返事をする。
「悩み事でもあるのか?」
こう聞けば言いやすいだろう。
手を止めて黙ったまま待つ。
「父様は大丈夫なんでしょうか」
魔の森を調査する話はナターシャにも伝わっている。魔物がウヨウヨといる場所なので心配しているんだろう。やはり、性根は優しい。悪い男に騙されなければ毒殺なんて絶対にできない。そんな良い娘だ。
「手紙では魔の森の奥に行くと書いてあったが、調査だけなので無理はしないだろ」
「ですが、ドルク男爵が何か企んでいるかもしれないと不安で……」
ふむ。ここでストークの野郎が出てくるか。婚約の話を無かったことにする手紙を送ってから動き出したとすれば、仕込む時間は充分にあっただろう。しかし、男爵ごときが魔の森に手を出せるとは思えない。
「協力者の存在か。まだ詳細はつかめてないんだよな」
もし攻撃を仕掛けてきているのであれば、そいつしかいないだろう。
魔の森に大量の人が入るだけで魔物の動きが活発化するので、大金を使う必要はあるが、工作自体は難しくない。
父が砦から動けない今、街の方は俺が調査しなければ。
「少し調べてみよう。ナターシャ、他に気になることあるか?」
「何も。メイドたちと噂話を楽しんで……あっ!?」
両手で口を押さえながら、ナターシャが驚いた声を上げた。
「実は、魔の森に金の鉱山があると噂が流れているんです」
「ッ!!」
不味いことになったな。我が家が隠している金の鉱山の情報が漏れているかもしれない。あえてナターシャには教えてなかったので噂話を信じている様子はないが、魔の森には確実に存在する。噂を確認しようとする人たちが現れたらバレてしまうかもしれない。
誰が噂を流したんだ? 目的は何だ?
早急に事実確認をする必要があるな。
「出所は、わかるか?」
「行商人や冒険者が噂していたといっていたので、領外からかと」
最悪だ! これはもう、噂は王都まで広がっていると思って良いだろう。命より金を優先する冒険者どもは、続々と魔の森に入り込んでいるはず。
魔の森に異変が発生するのも納得できた。
「金の鉱山は莫大な利益を生む。冒険者どもは、どこにあるかさえ分かれば、高値で買い取ってもらえるとでも思って魔の森に入っているのか?」
「かもしれません……」
父の手紙には金の鉱山について触れてなかったので、書いているときは噂に気づいていなかっただろう。
すぐに教えるか?
いや。止めておこう。俺が不確定な情報を慌てて教える必要はない。
街でしか手に入らない情報をまとめてから、手紙を送れば良いか。
「冒険者ギルドに行く」
「それがいいです!」
ぱっと花が咲いたような笑顔になった。
「私も付いていって良いですか?」
「汗臭い男どもしかないから、おすすめしない」
冒険者の中に魔力持ちはほとんどいない。そのため、俺のようにオーラをまとって戦うことは出来ず、また同様の理由で魔法も使えないやつらがほとんどだ。すべてを筋肉で解決する男の集まりで、飢えた野獣の中にナターシャを連れて行きたくない。というのが、俺の偽りない本音であった。
「私はもう成人したのですから、家のために何かしたいんです。どうか行かせてください」
両手を合わせて、目をうるうるとさせている。まいったな。俺はこういうのに弱いんだよ。
元々身内には甘いのだが、ナターシャにはさらに甘い。それこそ前の人生でストークとの婚約を認めてしまうぐらいには。
イケメンだから結婚したいとキラキラした目で言われたら、そりゃぁ誰も許してしまうよな。
「メイドの代わりに護衛を連れて行く。それが条件だぞ」
「ありがとうございます!」
ナターシャは席を立つと、テーブルをぐるっと回って俺の隣に立つ。
「優しいお兄様に、いつか恩返しをしたいです」
「俺が好きでやっていることだ。気にする必要はない」
「私も好きでやりたいと言っているんですから、素直に受け取ってくださいね」
なんと抱きしめられてしまった。ナターシャが好きな爽やかな香水の匂いがする。
「急にどうしたんだい?」
「気持ちをちゃんと伝えるようにしたんです」
「わかった。俺の負けだ。素直に受け取るよ」
小さい子供じゃないんだから、はしたないぞと言わなければいけないのだが、そんな気分にはならなかった。食堂には俺とナターシャ、あとは専属のメイドたちしかないのだから、自由にさせても問題はないだろう。
最前線の砦に行っている父には、後で自慢してやろう。そんなことを考えながら、ナターシャの優しさを全力で感じていた。
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