第7話 5

 ホールの床に降りると、ナナさんはわたしを解放してくれた。


 ふたりでホール中央の大きな珠――スフィアコアへと向かう。


 五メートルくらいあるスフィアコアの周りには、不思議な光沢を放つ金色の輪が二重になって、クルクル回っている。


 わたし達はそんなスフィアコアの下にあるコンソールに辿り着いた。


「クレアさんはちょっと待っててくださいな。すぐにドッグまでの直通路を開いちゃいますから」


 ナナさんはそう言って、コンソールの操作を始める。


「――お船のスフィアコアって、こんなに大きいんだ……」


 人工惑星のドリームランドにも、スフィアコアがあるはずなんだけど、わたしは見たことがない。


 メンテはゴンゾー達、ヨサク型のみんなが担当してるはずだから、全部終わって落ち着いたら、今度見せてもらおう。


 不規則に回るふたつの輪が、時折、金楽器のような音を立てる。


 まるでそれに反応するように、周囲の壁の模様が明滅していた。


 そうして周囲を見回していたわたしは、ふとコンソールの向こう――スフィアコアの真下にある立方体に気づいた。


 横幅一メートル、高さは二メートルほどの立方体。


 このホールの壁に描かれた模様は、床を伝ってこの立方体に集まっているように見えた。


 わたしはなんとなくな気持ちで、それに近づいてみたんだけど……


「……これって……」


 ちょうどわたしの目線の高さに、丸いくぼみがあって、まるでそこに収まるように、拳大の珠が浮いていた。


 それは――たぶん、間違いない。ミレディがわたしに見せた、あの珠だった。


「――あら、ちょうど良いところに来てくれたわね。

 呼びに行かせようと思ってたところなのよ」


 と、不意にホールに女の声が響いて。


 声のした方に顔を向けると、わたし達が降りてきた階段の横にあるドアから、ミレディが姿を現したところだった。


「――クレア様、こちらへ!」


 ナナさんがわたしに呼びかける。


「ダメダメ。わたしはクレアちゃんに用があるの」


 パチンと、ミレディの指が鳴らされる。


 途端、目の前の立方体に刻まれた模様がほのかに光ったかと思うと、まるで鞭みたいに宙にしなって。


「――ぅあっ!?」


 縛り上げられた。


 ――動けない!?


 見ると、ナナさんも同じように光る模様に縛り上げられていた。


「<大戦>期の刻印術って、すごいわよねぇ。フレキシブルで、曖昧な命令にも対応してくれるのよ」


 コツコツとヒールを響かせながら、ミレディはゆっくりとこちらにやってくる。


「……なにをしようと言うんですか?」


 ナナさんが苦しげに顔を歪ませながら、ミレディを問い詰める。


「簡単なことよ。クレアちゃんには、本来の役割を果たして欲しいの」


「……本来の役割?」


「ええ、そう。<大戦>終結後、三機生み出されたハイアーティロイド。

 その本来の役目は、<三女神トリニティ>に次ぐ、新たな神の誕生を導く者。

 すなわち<亜神>たるインディヴィジュアルスフィアの神子として、その身を依り代に差し出すことよ」


 わたしのそばまでやってきたミレディは、腕組みしながら楽しそうに、歌うように言ったわ。


「――超光速航路、超光速通信ネットワーク、そして超光速転送路。

 <三女神トリニティ>によって、人類は光速を克服したと言われているわ。

 なら、人がさらなる進化を迎えるには、やっぱり新たな神が必要と思わない?」


「そんな事に、なぜわたしが……」


「仕方ないのよ。わたしもね、別にクレアちゃんじゃなくてもよかったんだけどねぇ?

 ――見て」


 ミレディは立方体の前に浮かぶ、珠に触れた。


 途端、立方体が左右に割れる。


「――ヒッ!?」


 思わずわたしは目を背けたわ。


 立方体の中には――カラカラに乾いたミイラが、無数のコードをその身に繋げられて、吊り下げられていた。


「一号躯体――クレアちゃんのお姉さんなんだけどね。

 やっぱりこうなってたら、ダメみたいなのよ」


「……これが――お姉さん?」


 喉が乾いて、声がうわずる。


「そう。だから二番機のクレアちゃんに代わりをしてもらおうと思うの。

 大丈夫、ここはドリームランド一番艦の施設をそのまま流用してるから、クレアちゃんでも適合できるはずよ」


 ミレディは愉しそうに言って、立方体の中の――わたしのお姉さんだというそれを、無造作に引っ張った。


 ボロリと、ミイラが崩れて床に落ちる。


「いやぁ……」


 身動きできないわたしの足元に、ミイラの首が転がってきて。


 ――目が合った。


 落ち窪んだ眼窩で、目だけがひどくみずみずしい輝きをしていて、はっきりとわたしを見た。


『…………ゆるさない…………』


 その口が動いて、短くそう告げて。


 ――瞬間。



《――同型躯体によるスフィアリンク確立。

 同期を開始します――》



 目の前が真っ白に染まる。


「――クレア様っ!」


 ナナさんの慌てた声。


 身体が浮き上がったような感覚があって、思考が塗り替えられていく。


「――赦せない、赦せない、赦せない……」


 わたしの口が、勝手に言葉を紡ぎ始める。


 これはきっと、お姉さんが感じた――感情。


 知らない記憶が映像となって、どんどん流れ込んでくる。


「――痛い痛い痛いのっ! もう痛いのはイヤ! 赦して! 赦してください! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! ヤダヤダヤダっ! もうやめてっ! やめてください! どんなことでもしますから、もうもうもう――お願いしますお願いします、赦してくださいっ!」


 お姉さんが――同期したローカルスフィアが、わたしの身体を使って悲鳴をあげている。


「良いわ! そう、そうして一号機の記憶を受け入れなさい!」


 ミレディの声がやたらはっきりと聞こえた。


「……そして、おまえは新たなる神となるの!」


「イヤアアァァァァァ――――ッ!!」


 わたしは声の限りに叫んだ。


「ダメです! クレア様! リンクの解除を!

 クッ! ナナの干渉も弾きますかッ!?」


「たかが機属アーティロイドが、インディヴィジュアルスフィアに介入できるわけないでしょう?

 大人しくそこで、新たなる神の誕生を見届けなさいな」


「いいえっ! クレア様! きっと若が参ります! それまで耐えて!」


 ナナさんの言葉に、痛みだけが支配する思考の渦に、ほんのりと熱い想いが浮かび上がる。


「ムダよ。すでに神の身体が動き始めたわ。

 あの坊っちゃんがここまで辿り着ける可能性なんて、ほぼ皆無よ」


 まるでわたしに囁くように、ミレディはわたしに絶望を歌う。


「――さあ、ハイアーティロイドの神子よ。


 瞬間、さらなる痛みの記憶がわたしを貫いて。


「いやあああああぁぁぁぁぁ――っ!!」


 わたしの意識が粉々に消し飛ぶ。


 ――ライル様……わたし……





★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 ここまでが7話となります。


 次回から、いよいよラストバトル!


 「面白い!」「もっとやれ!」と思っていただけましたら、作者の励みになりますので、フォローや★をお願いします。


 本作はドラノベコンに参加しておりまして、特に★は本当に励みになります!


 どうかみなさまのお力をお貸しくださいませ~!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る