第7話 4
ナナさんに手を引かれて走っている間に、通路は先程までのお城の中みたいなデザインから、いつの間にかドリームランドの地下みたいな雰囲気になっていた。
ずっと警報が鳴り響いていて、照明も赤く点滅を続けてる。
時々、大きな揺れが起きて、そのたびにナナさんはわたしを抱き寄せて身体を支えてくれた。
時々、隔壁に閉ざされた通路があって、そのたびにわたし達は回り道させられる。
でも警報が鳴っているお陰か、通路に人影はなくて、隔壁以外でわたし達を阻むものはなかった。
「……しかしキリがありませんね。一度、中枢を押さえてしまうべきでしょうか」
ナナさんはそう呟いて、わたしを見る。
「クレア様。少々危険かもしれませんが、この艦のスフィア・コアを押さえます」
グローバルスフィアから独立されて運用されているこの艦の制御系は、ナナさんのハッキング能力でも突破しようがないんだって。
「必ずお守りしますので、着いて来てください」
「はいっ!」
そうしてふたりでまた通路を駆け出す。
ナナさんは艦内を熟知してるようで、迷いなく進む。
再び大きな揺れが起きた。
「――クレア様っ!」
繋いでいた手を引かれて、抱きしめられた。
直後、走り抜けてきた通路の向こうで爆発が起こって、隔壁が奥から閉ざされて行く。
行手の隔壁も降り出して、ナナさんはエプロンのポケットからナイフを取り出し、天井へと投げ放った。
隔壁がナイフに阻まれて、降りるのが一瞬遅れた。
そのわずかな間隙に。
「――口を閉じてください!」
短い警告の後、ナナさんはわたしを抱えたまま、ナイフを弾いて再び降り出した隔壁の間に身を滑り込ませる。
片足で着地。
膝を曲げて勢いをつけたナナさんは、さらに床を蹴った。
景色が横にブレて、くるりと回る。
気づけばわたしはナナさんに抱えられたまま、横の通路に立っていて。
わずかに遅れて目の前で隔壁が閉ざされる。
「――どうも若が派手にやってるようですね。このまま一気に行きます!」
「え? え?」
わたしの腰を抱えて、メガネを指で押し上げたナナさんは、そう言って通路を駆け出す。
きっとここまでは、わたしの速さに合わせてくれてたんだと思う。
走るナナさんの速度は、わたしを抱えているというのに、ドリームランドのパーク内を走るバスなんかより、ずっとずっと速いように思えたわ。
すごい勢いで景色を置き去りにして。
ナナさんは駆ける、駆ける。
カーブは勢いを殺さないよう床を蹴って壁を走り、最小の動作で最高速度をキープし続ける。
「わわわわわ……」
わたしと変わらないくらい細い腕なのに、わたしの腰を抱えるナナさんは力強く、振動をまるで感じない。
だからこそ逆に、目まぐるしく流れていく景色に、わたしは目を回しそうだった。
次第に通路は広くなって、ナナさんも壁を走るのをやめて床を駆ける。
その時だった。
先の方の左手にあるドアがスライドして。
「――ええい! 警報を止めろ! うるさくて叶わん!」
膨れ上がった身体をスーツに詰め込んだシュウが姿を現した。
「――ナ、ナナさん!」
「アレは殲滅対象です。このまま挽き肉にします」
「え? え? ええっ!?」
そう言ったかと思うと、ナナさんはさらに走る速度を上げた。
「――む!? なんだ? なんだっ!? ああっ!? 貴様、なんで――」
シュウはナナさんに抱えられたわたしに気づいて、こちらを指差す。
「――死ね、ブタ……」
「ちょっ、ナナさん!?」
床を蹴ったナナさんは――
「――ぶぎゅぅっ!?」
通路にシュウのくぐもった声が響き渡る。
その顔面にはナナさんの揃えられた両足が突き刺さっていて。
「死ねくたばれ呼吸を止めろこの宇宙の資源を無駄に消費するゴミめ貴様のせいで若は死にかけたんだぞ詫びろ詫びろ死んで詫びろとりあえず――」
すごい勢いで、ナナさんはシュウの顔面を蹴りつける。
仰向けに倒れても、ナナさんはぶつぶつと怖いことを言いながら、その顔を踏み続けて。
「――ひゃっぺん死ねっ!」
思い切り脚を振りかぶると、股の間目がけてすごい速さで蹴り上げた。
「――ガひゅ――――ッ!?」
通路の高い天井近くまで蹴り上げられたシュウは、気持ち悪い悲鳴をあげて床に落ちた。
うつ伏せに腰だけを浮かせたおかしな格好で倒れているシュウ。
そのズボンが濡れて、ドス黒い血が床を染めた。
「――会長、今の悲鳴は――きゃあーっ!?」
と、ドアが再びスライドして女の人が姿を現して、血に染まった床とその中に倒れ込んだシュウを見て悲鳴をあげる。
「――誰か! 誰か来て! 会長が――ッ!!」
「おっと、つい熱が入りすぎました」
ナナさんは冷静な声でそう告げて、メガネを持ち上げると。
「行きます」
短くわたしにそう声をかけて、再び通路を走り出した。
先程のドアから次々と人が飛び出して来て。
「――ナナさん!」
その中に銃を取り出した人を見て、わたしはナナさんに声をかけた。
「艦内要員の腕では、わたしは捉えられません、よっと!」
背後から発砲音がしたけれど、ナナさんは床を蹴り、壁を走ってそれをかわす。
その手にはいつの間にかナイフが握られていて、ナナさんがそれを天井に投げると、大きな爆発が起こった。
消火装置が作動して、大量の泡が通路を埋め尽くす。
通路の幅に合わせた、大きな隔壁が音を立てて閉じ始め、ナナさんはそれをくぐってさらに加速。
通路の先にあったハッチを蹴り破って。
気づくとナナさんの身体は宙を舞っていた。
彼女に抱えられているわたしも当然、空中で。
「――ちょっ!? きゃああああ――」
不意に始まる自由落下。
すぐ横を階段の手すりがすごい勢いで上に流れていく。
「大丈夫ですよ」
けれど、ナナさんは冷静に告げて。
ガチャリと音を立てて、ナナさんの右手首が開いた。
そこからロープ付きのフックが飛び出し、すぐそばを流れる手すりに絡みつく。
「――息を止めて」
反射的にその言葉に従うと、ピタリと落下が停止する。
「こ、こわかったぁ……」
涙が浮かぶ目尻を拭うと、わたしは周囲を見回す。
そこは大きなドーム状のホールのようになっていた。
壁にはよくわからない、白く光る複雑な模様が描かれていて、そのすべてがホールの中央にある大きな黒い珠に集まっている。
珠は、ミレディがわたしに見せたあの珠のように、表面にはやっぱりあの時の珠みたいに、虹色の模様が走っていた。
「アレが目指していた、この艦のスフィアコアです。このまま降りますね」
ロープと繋がった右手を頭上に掲げたまま、ナナさんはそう告げる。
ゆっくりと下降が始まった。
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