第7話 3

 互いに超光速戦闘を可能とするロジカル・ウェポンだ。


 超光速航行による短距離航路ハイパースライダーで加速した俺に対し、用心棒騎も真っ向から加速。


 限界まで引き伸ばされた知覚が、ヤツが大太刀を振るうのを捉える。


 俺もまた帝竜を振るった。


 互いに光速を超える速度、そして大質量から繰り出す攻撃だ。


 ぶつかり合った刃は周囲を虹色に染め上げ、踏み込んだ両脚が<女神>の甲板を踏み抜く。


 ヤツの左手が大太刀から離れ、俺に向けられる。


 その手首で紫電が放たれ、棒手裏剣のガトリングが放たれた。


「――チッ! 来たれ、雷精!」


 俺は半歩を退いて、魔法を喚起。


 頭上から降り注いだ極太の紫電が棒手裏剣の連射に直撃し、瞬く間に帯磁させて甲板に張り付かせる。


 さらに俺はコマンドを重ねる。


「来たれ、土精!」


 俺の目前に帝騎の拳ほどの鋼鉄が生成される。


 雷精によって形成された強磁界の渦を砲身にして、俺はそれを撃ち出した。


 魔法事象を利用したリニアカノンだ。


 光速加速によって無限大にまで質量が増大した鋼鉄。


 けれど、用心棒騎は大太刀で真っ向からそれを受け、そして一振りで弾いた。


 弾かれた鋼鉄は足元の甲板を打ち砕き、複合装甲を貫いて大穴を空ける。


『ハハハ――素晴らしき判断力だ!

 誇るが良い! ここまでそれがしを愉しませたのは、そなたが初めてだ!』


「――俺なんて、まだまだだよ!」


 言葉と共に帝竜を逆袈裟に振るう。


 謙遜でもなんでもない。ただの事実だ。


 剣術ならば、俺は師匠はおろかカグさんにも及ばない。


 銃器の扱いはスーさんの方が上だ。


 そして魔法は父上の才を受け継げなかった。


 すべてが中途半端で、だからこそ俺は自分が無能なのを理解してる。


 刃が激突し、再び虹色の光芒が周囲を照らし出した。


「でもさ……」


 鋼鉄となった身体で全力を振るいながら、俺は呟く。


「――こんな俺を応援すると言ったヤツがいて……」


 剣速が上がる。


 もはや互いに小細工なしで、全身全霊の打ち合いだ。


「――こんな俺を……それでも待ってると言ってくれた子がいるんだ!」


 無数の光輝が瞬いて。


「それに応えなきゃ、おとこじゃねえだろっ!」


『――ならばそれがしを踏み越えて見せよっ!!』


 俺の咆哮に用心棒が応えて、刃が真っ向から激突する。


 瞬間、帝竜の刃が砕け散った。


『――取ったっ!』


 用心棒が大太刀を振り下ろす。


「まだだっ!」


 ――事象干渉。


 砕け散った帝竜の破片が大太刀に襲いかかり、その軌跡を逸らす。


 用心棒が奮った渾身の一撃は、足元の甲板を斬り裂いた。


『――チィっ! この空間の力かっ! だが、そなたは獲物を失ったぞ!』


 甲板から大太刀を引き抜き、用心棒は哂う。


『……終わりだな。愉しませてくれた例だ。

 苦しまぬよう、我が奥義にて一息に屠ってくれよう』


 そう告げて、ヤツは大太刀を納刀する。


 半身の体勢から腰をひねり上げていく。


 恐らく来るのは必殺の抜刀。


 似たような技を、師匠が見せてくれた事がある。


「――俺はまだだと言った!」


 帝竜は母上が父上の近衛となった際に、先代皇帝から下肢された銘刀だ。


 それがたかが用心棒の太刀に敗れるわけがない。


「――目覚めてもたらせっ!」


 砕け散って宙に舞う破片が、光り輝く粒子へと変わる。


 それは俺の手に残された帝竜の柄へと集まり、新たな刃を形成していく。


 鋼鉄の刃は、いわば鞘。


 それを砕くほどに強大な敵にまみえた時にのみ、帝竜はその真の姿を現す。


 未知領域アンノウンスペースの異星起源種遺跡より発掘された、遺物素材を元に鍛え上げられた刃。


 蒼みを帯びた結晶質の刀身だ。


 母上が駆る、<天帝之信アーク・ビリーフ>の為だけに父上によって生み出された、対となる兵装。


 俺の意思に応えて、帝竜は強く蒼く輝きを放つ。


「――勝負だ! 用心棒!」


「いい! いいぞ! 来い、小僧っ!」


 俺は肩がけに帝竜を構えて。


「――吼えろぉかがやけぇっ! 信念之牙ビリーフ・ファングッ!!」


 コマンドに応じて、帝竜の刀身が唸りをあげて蒼輝の光刃を組み上げる。


 身を捻った俺は騎体を旋回させて、用心棒騎に振るった。


『ハっ、ハハハハっ! これは――っ!』


 用心棒が笑いながら、大太刀を抜き放つ。


「おおおおおぉぉぉぉぉ――――っ!!」


 気合いを込めて、咆哮をあげる。


 今、この場は意思の強さがモノを言う舞台だ。


 だから。


 ――すべての想いを込めて、俺は全身全霊を刃に乗せる。


 用心棒の振るった大太刀が、光刃に激突して砕け散った。


 蒼輝の軌跡が巨大な輪を描き出す。


「――だあっ!!」


 俺は騎体をさらに捻って、逆袈裟に刃を走らせる。


 先に描かれた光輪に、もうひとつの輪が重なって、二重十字の輝跡が<女神>の上に花開いた。


『――ぐぅ……っ』


 用心棒が呻く。


 その手から刀身の砕けた大太刀を取り落し、よろよろと数歩後ろに退く。


 ズルリと、その騎体が斜めに断裂して、上体が後ろに倒れ墜ちる。


「……お見事……」


 剥き出しになった鞍房コクピットに座った用心棒は、胸を斬り裂かれ血を吐き出しながら、短くそう告げる。


 そして、そのまま前のめりに倒れ込んだ。


 俺は残心を解いて、いまだほのかに輝く帝竜を納刀。


「……あんたの強さも見事だった」


 これだけの強さがあれば、士官のクチもあっただろうに。


 なぜ、ヤツはカネヒラなんてイチ企業の用心棒なんてしていたのか。


「いや、余分な詮索だな」


 強さを求める人間の道なんて、それぞれなんだ。


 ヤツにとっては、カネヒラに雇われる事が強さに繋がると考えたのだろう。


『――よくやったね。ライル坊。

 コイツは任せときな!』


 頭上に<苦楽ジョアス>がやって来て、用心棒に牽引光線トラクターピームが照射される。


 かけられたおギン婆の言葉に、俺は安堵する。


 どんなヤツだろうと、死んで終わらせるってのは、俺は認めたくない。


「ああ、頼んだ」


 そして、俺は甲板を蹴って、<苦楽ジョアス>の上に飛び乗る。


「さあ、締めだ! 最大の障害は取り除いた! クレアを助け出すぞ!」


『――お姉様がクレア様を確保したと、先程連絡がありました。

 このまま突っ込んで、回収しちゃいましょう!』


 エイトがそう応じて。


 <苦楽ジョアス>の艦首が反転して、<女神>のドックのある舳先へと向かう。


「……いま行くからな。クレア――」


 そう呼びかけて、俺は迫ってくるドックを見据えた。

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