第7話 2

 接近は一瞬だった。


 虚空を駆け抜けて抜刀した俺に、ヤツもまた的確に反応して抜刀。


 一瞬の交差で、刃が激しい火花を散らしてぶつかり合い、周囲を閃光が染め上げる。


 <女神>の上部甲板に着地した俺は、飛来した勢いそのままに装甲の上を滑る。


 <近衛>によって拡張された感覚が、背後から用心棒が迫っているのを伝えてきて、俺は強引に身体を捻った。


 バトルスーツのブーツ底が甲板を削って、火花が弧の軌跡を描く。


 帝竜を頭上に掲げた。


 用心棒の太刀が振り下ろされる。


 再び刃がぶつかり合い、俺はその勢いを利用して、さらに身体を回して甲板を蹴った。


 宙を舞いながら、蹴りを放つ。


 用心棒が半歩を引いて、俺の蹴りはヤツの左肩――着流しを引き裂いた。


 着地。


 俺は帝竜を肩がけに構え、ヤツは正眼に太刀を握る。


 交わす言葉はなかった。


 俺はクレアを取り戻すため、退くわけにはいかない。


 ヤツがなんの為に戦っているかなど、知ったことか。


 互いに事象を書き換えて必中の攻撃を放ち、それを先読みして無効化する。


 結果として因果は刃のぶつけ合いとして結ばれ、数十合の打ち合いのあと、俺達は鍔迫り合いで顔を寄せる。


「――なるほどなるほど。地上では本気が出せなかったというわけか……」


「ああ、ドリームランドを壊すわけにはいかなかったからな」


 騎士の本気の一撃は、その剣風だけで音速超過の衝撃波を生む。


 あの場にはビースト型のみんなや、傷ついて意識を失ったカグさんもいた。


 敗れた言い訳にしかならないが、そんな状況では全力を振るう事ができなかったのは確かだ。


「――ならば、ここからは本気で楽しもうじゃないか!」


 用心棒が背後に跳んで、袖から転送器を取り出した。


 直後、背後から和甲冑――大具足にも似たユニバーサル・アームが転送されてくる。


 いや、胸にロジカルドライブ搭載騎である事を示す結晶体が埋め込まれているから、ロジカル・ウェポンか。


 その胸部装甲が開いて、鞍の設けられた鞍房コクピットが露わになる。


 ヤツがその中に身を滑り込ませると、胸部装甲が閉じて鬼を模した面の眼に、紅い眼光が灯った。


『――その左手の量子転換炉クォンタムコンバーター、おまえにもあるのだろう?

 見せてみろ、帝国騎士の剣とやらを!』


 俺は深呼吸をひとつ。


 これまで俺はコレをまともに構築できた事がない。


 ――けれど。


 俺は頭上を見上げる。


 今も魔道空間を維持する為に、スーさんとカグさんは増幅コマンドを唄い続けている。


 ここは今、意思がすべてを確定する世界だ。


 ――きっと、待ってますから……


 クレアの願い。


 ――頑張れっ!


 夢で観た、シホの笑顔が胸を熱くした。



《――ソーサル・リアクター、臨界到達!》



 ……今なら、できると思った。


 胸の前に左拳をかざせば、量子転換炉クォンタムコンバーターは強く熱く輝く。



《――兵装選択……帝騎》



 コマンドが胸の奥から湧き上がる。


「――目覚めてもたらせっ!」


 俺の背後に魔芒陣が開く。


『――マジか、若っ!?』


 エイトがホロウィンドウを開いて驚愕の声をあげた。


 マジもマジの大マジだ。


 ヤツに俺の本気を見せつけてやる!


『――こうしちゃいられねえ! エイトも本気を見せちゃいますよ!』


 そう言い残してホロウィンドウが閉じて。


 魔芒陣から、五メートルほどの影がゆっくりと這い出てくる。


 真空のはずのこの魔道空間に、不意に拍子木を打ち鳴らす音が響き渡った。


 <苦楽ジョアス>から俺へとスポットライトが浴びせられ、同時に桜吹雪のエフェクトが散った。


 まるでそれを潜るようにして現れる、一騎の漆黒のロジカル・ウェポン。


 両手を覆うほどに巨大な逆涙滴型の肩甲。


 額を覆う鉢金には二本の短角が伸びていて、放熱器である蒼白のたてがみをまとめ上げている。


 白塗りの面は、いまはまだ無貌。


『――御座い東~西っ! 遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よっ!』


 拍子木に合わせてエイトが声高々に謳い上げる。


 あのバカ、なにやってんだ。


 思わず苦笑する俺を招くように、姿を晒した漆黒の騎体は、胸部装甲を開いて俺を鞍房コクピットへと誘った。


 鞍に乗せられた俺は四肢を固定され、面が装着される。



《――リンカーコア-ローカルスフフィアの接続を確認。

 ――ロジカルドライブ、定常稼働。

 ――補助八連動力炉エイト・バンチ点火……定格出力にて安定》



 面の裏に流れるシステムメッセージ。


 

《――合一スフィア・リンク……開始!》



 目の前が暗転。


 だから、俺は


 騎体の無貌の面に金の貌が描き出される。


 いまやこの身は騎体そのもので。


 右手を振るえば、騎体に再現された量子転換炉クォンタムコンバーターが帝竜を構築してくれる。


 桜吹雪が舞い散る中で、俺はそれを構えて。


『――大銀河帝国皇帝に代々継承される八徳帝騎がひとつ!

 かつて現帝近衛と共に戦場を駆け抜けた、南部平定の立役者!』


 エイトの口上に合わせて、俺は息を吸い込んだ。


 さあ、初の兵騎戦だ。


 だが、今の俺に気負いはない。


 みんながこの場に至らせてくれた。


 そして、この騎体までもが、俺の心に応えてくれたんだ。


 ならば、俺が応えないわけにはいかないだろう。


 俺は帝竜を肩がけにかまえて、用心棒の騎体を見据える。


 ヤツは大太刀を奥袈裟にかまえて、こちらの出方を待っている。


 ――だから。


『――南部竜王の銘を持つ、その真の銘はっ!』


 俺は吸い込んだ息を言葉に乗せた。


「――<天帝之信アーク・ビリーフ>、参る!」


 踏み込んだ甲板が弾けるように砕け散り、俺は用心棒騎目がけて一気に加速した。

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