第6話 4
転送が終わって目を開けると、わたしは転送室に立っていた。
ワンダー城にも地下と直通の似たようなお部屋があるから、雰囲気でわかる。
「――こっちだ」
ライル様を斬った男の人は、わたしの手首を掴んで歩き出す。
「…………」
わたしは黙ってそれに従った。
転送室を出た通路には、赤い絨毯が敷かれていて、これもワンダー城の来客向け部分の施設の雰囲気に似てる。
すれ違う人も、メイド服や執事服を着ていた。
そんな――宇宙船の中のはずなのに、お城みたいな通路を歩いて。
「ここだ……」
男の人はそう言って、ドアの横のインターホンを押した。
すぐにドアが開いて。
「――おお、先生! お待ちしてましたぞ」
そう声言って出迎えたのは、ニーナが交渉した相手――シュウとかいうおじさんだった。
室内もやっぱり、お城の迎賓室のような造りをしていて。
ギラギラと金色に光る調度品が目に痛い。
天井のシャンデリア風の照明も、光量が強すぎると思ったわ。
シュウの奥には、交渉の時に一緒にいた、オーランドとかいう男の人と、ミレディって呼ばれてた女の人がソファに座ってくつろいでる。
「――それがそうなのかい?」
オーランドはワインの入ったグラスを回しながら、気取った感じでわたしの隣に立つ――先生と呼ばれた男の人に訊ねた。
「……そう名乗ったから連れて来た。確認はそちらでやるが良い」
それだけ告げると、男の人は部屋を出ていく。
途端、シュウは鼻を鳴らして、ノシノシとオーランド達の方に歩いていって、一人がけのソファに腰を下ろした。
「フン! 少し腕が立つからと重用してやれば、調子に乗りおって!
所詮は下賤な用心棒、殿下にまともに受け答えもできんとは!」
と、ローテーブルのグラスを掴み上げて、一息にあおった。
それから揉み手して、オーランドに笑顔を向ける。
「殿下、あの者が申し訳ありませんでした」
「いや、すべての庶民が貴様のように、分をわきまえているわけではない事など、私も理解している。それにいちいち目くじらを立ててどうする?
ああいう者を使いこなしてこそ、皇帝の器というものだ。
違うか?」
「さすが殿下! 寛容なお心、このシュウ、感服致しましたぞ」
「そうだろう、そうだろう?」
声をあげて笑い合うふたり。
お話の内容はよくわからないけど、ふたりが用心棒の人をバカにしているのは、なんとなくわかる。
一緒の仲間のはずなのに。
わたし、こんな人達を見た事なかったから、すごく不思議な気持ちにさせられた。
「――そんな事より……」
その時、それまで黙っていたミレディが、こちらを見て口を開いた。
緑に塗られた爪がわたしを指差す。
「それの検分はまだですか?」
細められた赤い目は、わたしを見透かすようで、ひどく不安な気持ちにさせられた。
オーランドもミレディも、わたしを『それ』と呼ぶ。
――まるで人じゃないように。
それが無性に悔しくて、わたしは拳を握った。
「――それじゃないもん! わたしにはクレアって名前があるの!」
なけなしの――それでも精一杯の勇気をかき集めて、あの人達に叫ぶ。
けれど、返ってきた反応はひどく冷たい――それでいてまとわりつくような下卑た笑い。
「――ハハ、所詮は造り物のクセに、名前を主張するか!」
オーランドがグラスを掲げて高笑いを始め。
「どうやらしつけが必要なようですな!」
シュウもまた、笑ってオーランドに同意を示した。
ミレディが笑みを浮かべたままグラスを傾ける。
「愉しむのは結構ですが、くれぐれも壊さないように。
わたしの研究があるのをお忘れなく……」
そんなミレディに、シュウが顔をしかめる。
「おまえはそればかりだな! ならば、さっさと済ませるが良い!」
「ええ、それでは――」
うなずいたミレディは、そばに控えていたメガネのメイドさんに顎をしゃくる。
「まずは検分ね」
メイドさんはわたしのそばまでやってきて。
「……ごめんなさい」
短くそう告げると――何処からともなくレーザーナイフを取り出して、一気にわたしのドレスを斬り裂いた。
「――きゃああっ!!」
わたしは思わず悲鳴をあげてしゃがみ込む。
両手で身体を隠すと、下着まで斬り裂かれてバラバラになってるのに気づいた。
「それじゃ見えないわ。立たせなさい」
ミレディがメイドさんに指示して、わたしは背後から両手を掴まれて、無理やり立ち上がらせられる。
「やだよぅ。なんでこんな事するのぉ……」
涙が込み上げてくるけど、両手を抑えられているから拭うこともできない。
「ほほほ、これはこれは……」
「
オーランドとシュウが気持ち悪い表情で、わたしを見てる。
ミレディがわたしのそばにやってきて、白衣のポケットから黒い色をした珠を取り出した。
「……コレを見なさい」
ミレディはわたしのアゴを掴んで、強引に自分の方を向かせて、顔の前にその珠をかざした。
途端――
《――同型機躯体を確認。
――スフィア・リンク確立成功。
――差分データの取得開始……》
ローカルスフィアが発するシステムメッセージ。
なにかが吸い上げられていくような感覚がする。
珠に虹色のラインが走って、幾何学模様を描いた。
「な、なに!? なにしてるの、それ!?」
理解できなくて、怖くて――わたしは叫んだけれど、ミレディは笑うばかりで。
《――インディヴィジュアルコア、破損データの修復可能域に到達》
そう、ローカルスフィアがメッセージを出して。
「――やったわ! これで研究を進められる!」
ミレディがそう告げて笑い出した。
「――殿下、喜びください。
これで貴方の皇位は確定したようなものですわ!」
その言葉に、シュウが腰をあげる。
「おお! それでは<亜神>は――」
「ええ、わたしはこれから準備を始めます」
そう言ってミレディは珠をポケットに戻すと、出口に向かう。
なにか……よくない事が始まる予感がした。
おギンさんが言ってたもの。
ミレディは悪い科学者なんだって。
そんな人が研究を進められるって喜ぶなんて、絶対によくない事が起きる……
ミレディを止めたい。
止めたいのに、今のわたしは両手を押さえられて、身動きすらできない。
――それがたまらなく悔しい。
「……よくわからんが――ミレディはもうそれに用がないということで良いのか?」
オーランドのその言葉に、ミレディは足を止める。
「ええ。あとは殿下のご自由に。
ああ、でも躯体が必要になるかもしれませんから、くれぐれも壊したりはしないでくださいね」
と、ミレディはもうわたしに興味がないのか、そっけなくそう告げて、部屋を出ていった。
「おい、シュウよ」
オーランドの目が、メイドさんに捕われたままのわたしの顔を上から下まで舐め回すように見つめられる。
「はい、心得ております」
シュウがオーランドに応じてホロウィンドウを開いた。
太い手で手早く操作されると、左手の壁が音を立てて割れ開く。
その向こうの部屋には、大きなベッドがあった。
シュウがわたしのすぐそばまでやってきて、わたしに顔を寄せる。
「……ぐふふ、おまえはこれから殿下に可愛がってもらえるんだ。幸運だろう?
せいぜい粗相のないようにな」
「へ?」
……可愛がってもらう?
意味がわからない。
わからないけど……シュウの、そしてオーランドの目つきが気持ち悪くて、すごく怖くなった。
「それでは私はこれで」
「ああ、早く行け」
シュウも部屋を出て行って。
オーランドがわたしのそばまでやって来る。
そのニヤついた目が、わたしの心をひどく不安にさせた……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます