第6話 5

「――ふむ、見れば見るほど、よくできている」


 お酒臭い息を吹きつけられて、わたしは顔をそむけた。


 胸をまさぐられる。


「あっ……」


 電流が背筋を流れたような感覚。


 遅れてやってくる気持ち悪さに、鳥肌が立った。


「ハハハ! 見たか? こいつ、造り物のクセにちゃんと反応するぞ!

 良いぞ! これは愉しめそうだ!」


 オーランドに両手を掴まれて、強引にベッドの方に引っ張って行かれた。


「……わたしも席を外します」


 メイドさんがそう声をかけたのだけれど。


「いいや、おまえはそこで見ていろ。

 なんなら、一緒に愉しむか?」


「……いいえ。それでは、こちらで控えさせて頂きます」


「――ふん、つまらんやつめ」


 オーランドはそう言うと、わたしをベッドに放り込む。


「やっ!? なにするの!? やめて! もう変なコトしないで!」


 わたしは必死に暴れたけど、オーランドにすぐにまた両手を抑え込まれてしまった。


「ン――っ!?」


 わたしに馬乗りになったオーランドの顔が迫って、唇が合わせられる。


 ぐねぐね蠢く舌が唇を割ろうとしたけど、わたしは歯を食いしばって耐える。


 オーランドの口が離れた。


「――やだぁ! やだよぅ! 助けて! 助けてぇ!」


「助けなど来ないぞ!

 それより今のうちに私に媚びておいた方が賢い選択だ!

 私は皇帝になるのだからな!」


 上着を脱ぎ捨てながら、オーランドがうわずった声で言った。


 わたしは涙で滲む目で、背後に後ずさりながらオーランドを睨む。


 ――ライル様、わたしに勇気をください!


「そんなコトない! ライル様が来てくれるもん! おまえなんか、ライル様がやっつけてくれる!」


「ハハハハ! そういえば、アイツが居たんだっけな!」


 オーランドが大笑いを始める。


「なぜ奴がこの星に居たのかは知らんが……死んだぞ」


 ……え?


「これを見ろ!」


 わたしの前にホロウィンドウが開いた。


 そこに映し出されるのは――わたしが最後に見た時より、さらに顔色を悪くしたライル様の姿で。


 ビースト型のみんなに引きずられて、地下トーチカに運び込まれていくライル様は、ピクリとも動かない。


「これで死んでない方がどうにかしてる!

 なんだ、おまえ!?

 ひょっとして造り物のクセに、アイツを好いていたのか?

 ――紛い者と造り物、笑わせるじゃないか!」


 高笑いしながら、オーランドがまたわたしに馬乗りになる。


 ……ライル様がお亡くなりになった……?


 絶望がわたしの心を塗りつぶして行く。


 片手で両手を抑え込まれて、もう一方の手がわたしのふとももをまさぐった。


 そのたびに不快感がわたしの背筋を駆け上がる。


「そういう女を無理矢理従わせるのは、最高に昂ぶるな!」


 股の間に触れられて。


「アッ――アア……ッ!?」


 勝手に背中が仰け反った。


「さすがは<大戦>期の遺物だ! ここもちゃんとしているのか!」


 見せつけるように広げられた手には、ヌルヌルしたものが糸を引いていた。


 恐怖心と不快感で涙が溢れる。


「さあ、今からおまえを私のものにしてやる」


 そう言ってオーランドがズボンを脱ぎ出す。


 現れたを目にした瞬間――言いようのない恐怖で、わたしは動けなくなってしまった。


 目の前が真っ暗になる。


 怖い……怖いよぅ。


 ライル様は本当にもう……来ないの?


 ニーナ、わたしどうしたら……


 両脚を掴まれて。


「――ふふふ、これで私はライルより上だ」


 オーランドがそう呟いた瞬間だった。


 激しい揺れが、部屋を襲った。


「――なにぃっ!?」


 わたしもオーランドも天井近くまで浮き上がるほどで。


「――きゃっ!」


「ぐぅっ!?」


 ベッドに落ちたわたしは無事だったけど、宙で暴れたオーランドは床に落ちて、苦痛の声をあげた。


「――なにが起きた!?」


 ホロウィンドウを展開して、オーランドが叫ぶ。


「そ、それが!」


 ホロウィンドウの向こうで、シュウが慌てていた。


「こちらを!」


 さらにホロウィンドウが開く。


 そこに映し出されていたのは――


「――<苦楽ジョアス>だとぉ!?」


 ああ、<三女神トリニティ>!


 ありがとうございます。


 この気持ちをなんて言葉にしたら良いんだろう。


 さっきまでの――怖さとは違う、強い想いの涙が溢れて止まらない。


 アーカイブ配信を第一回から繰り返し観ているから、わたしは知っている。


 あの船は、オーナーのローカルスフィアとリンクする事で起動するように造られているの。


 だから。


 ――そう、だから!


 あの船が動いてるって事は、ライル様は!


「――生きてる! 生きてらっしゃるんだわ、ライル様は!」


「ええい、うるさいっ!」


 オーランドに頬を張られた。


 ベッドに倒れ込むわたしをよそに、オーランドはホロウィンドウのシュウに告げる。


「なにをしている! さっさと墜とせ!

 いかに父上の御用艦――南部領域平定の旗艦といえど、それは父上が乗っていたからこその活躍だ!

 あの無能が操ったところで、たかが知れている!」


「で、ですが――」


「――オレはいま忙しい!」


 強引にホロウィンドウを切断して、オーランドはわたしを見据えた。


 その目は、先程までの余裕のあるものじゃなく――どこか狂気じみたもので。


 ――ライル様が来てくれる。


 だからわたしはもう、こんなヤツに負けたりなんかしない!


「なんだ、その目は――!」


 また頬を叩かれた。


「父上も、おまえも! ライル、ライルと! いい加減諦めろ!

 ヤツが来るより前に、おまえはオレのモノになっている!

 ああ、オレの使い古しをヤツに下げ渡すのも楽しめるかもなぁ」


 ゲタゲタと笑いながら、オーランドはまたわたしに馬乗りになった。


「おまえがわたしの身体をどうしようと、わたしのローカルスフィアはとっくにライル様のものだもん!

 あの人以外に、わたしは受け入れたりしない!」


「そう言った女ほど、一度快楽に堕ちれば、たやすく底までさらけ出して、悦んで自分から股を擦り付けてくるようになるのよ!」


 べろりと舌舐めずりをして、オーランドは股の間のそれをわたしの脚の付け根にあてがう。


 また電気が走ったような感覚が背中を突き抜けたけど、わたしは歯を食いしばって耐えた。


 ――ライル様っ!


「……わたしは絶対に負けないもん!」


「――そうですよねぇ」


 不意に近くで響く、女性――メイドさんの声。


「――なっ!?」


 オーランドが驚きの声をあげた。


「別に女が初めてかどうかなんて、若は気にしないと思うんですけどねぇ」


 メガネをクイっと上げて、メイドさんはオーランドに顔を寄せる。


「それでバカが勝ち誇るのは、なんかムカつきますし」


「――なっ!? 貴様、なにを!?」


 わたしに顔を向けて、さらにメイドさんは続ける。


「同じ女としては、やっぱり初めては好きな人に――って気持ちもわかっちゃうわけで……これ以上は見過ごせませんね」


 その手が閃いて、ベッドの上から伸びていたカーテンが斬り裂かれ、わたしの上に舞い落ちた。


「お迎えも来ましたことですし、そろそろお暇の時間と行きたいのですよ」


 気づけば、オーランドの喉元には、メイドさんが手にしたレーザーナイフが突きつけられている。


「貴様、何者だ?」


「ああ、そうですよね。貴方は他の皇子の家臣になんて興味ありませんもんね」


 メイドさんは、オーランドにナイフを突きつけたまま、片手で器用にカーテシー。


「ナナは、若――ライル殿下の御用御庭番。

 <万能な九機オーバーナイン>はナンバーセブン、ナナと申します」


「なぁ――っ!?」


「ああ、お見知りおかなくて結構ですよ。

 もう会う事もないでしょうから。では、さようなら……」


 メイドさん――ナナさんの手が再び閃いて。


「――ガッ!?」


 グルンとオーランドの目がひっくり返って白目を向いて、そのままベッドに倒れ込む。


 急展開に驚いているわたしに、ナナさんはパタパタと手を振り。


「ああ、殺してませんよ? ここまでの事をしでかしておいて、死んで終わりなんて若が赦しませんから。

 きっちり裁きを受けてもらいましょう」


 そう言って、彼女は深々と頭を下げた。


「助けが遅くなって申し訳ありません……」


 きっとわたしがされた事について、謝っているんだろう。


 でもわたし、わかるよ。


「逃げ道がないまま、潜入してるのがバレるワケにいかなかったんだよね」


 <苦楽ジョアス>が接近しているのがわかったから、ようやくナナさんは動けるようになったんだ。


「言い訳になってしまいますが、あなたの命が危機に晒されるならば、無理を押しても、とは考えてはいたのです」


 そう言って、ナナさんはわたしの身体にカーテンを巻きつけ、優しく抱きしめてくれた。


「お辛い目に合わせてしまい、申し訳ありませんでした。

 よく耐えられましたね」


 その言葉に、わたしはまた涙が込み上げてきた。


 それを拭って。


 わたしはベッドから降りて、しっかりと立つ。


「行きましょう。もう一度、ライル様に会うために!」


「はい、ご案内致します」


 ナナさんに手を引かれて、わたしは走りだす。


 わたし知ってる。


 ――困ってるお姫様は、絶対にぜったい、王子様が助けてくれる!


 それはこの宇宙の絶対の法則なのよ。


 だから!


 あの日、ライル様に会うために初めて宇宙に飛び出した時のように。


 わたしはもう一度、勇気を振り絞るんだ。


 ――ライル様に会うために!





★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 ここまでが6話となります。


 次回からは、いよいよ反撃!


 そしてお待ちかねのアレが登場します!


 そう、タグにあるのに、一向に出てこなかったアレ!


 ぜひぜひお楽しみに!


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 本作はドラノベコンに参加しておりまして、特に★は本当に励みになります!


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