若様、反撃の狼煙をあげる

第6話 1

《――ローカルスフィアの独立性を維持する為、緊急措置としてグローバルコアに接続。

 維持・管理を<三女神トリニティ>に付託します》





「――こっちだっ! 急げ急げっ!」


 ギンはストレッチャーを押す執事型機属アーティロイド達に怒鳴りながら、自身は手早く洗浄室で全身消毒をかけて、手術着に着替える。


 ドリームランド地下に停泊した<苦楽ジョアス>の医療室は、帝国の最新医療設備を詰め込んでいる。


 ひとつしかない手術台に、まず寝かされたのはカグラだ。


「うまいこと刃筋を反らしたんだね。肋骨で止まってる

 バンドーってやつぁ、本当に頑丈なつくりだよ。まったく……」


 呆れたようにボヤきながら、ギンはエイトに手伝ってもらって手術用の追加マニュピレーターを背負った。


 ローカルスフィアを接続することで、自身の腕のように扱う事のできる義腕だ。


 ギンと同じように全身洗浄を追えて手術着に着替えたエイトが、ギンの横に並ぶ。


「――お待たせしました」


「よし、やるよ。三〇秒で済ませる!」


 ギンの四つの腕が恐ろしい速度で動き出した。


 無菌シールドの外で待機している執事型機属アーティロイド達が、驚きの表情を見せる。


 宣言通り――まるでミシンが布を縫い合わせていくかのように、恐ろしい速度でカグラの傷口が再形成され、縫い合わされていく。


「――よし、そこのおまえ!」


 処置を終えたギンは、無菌シールドの外の執事型を指差す。


機属アーティロイド用の有機ナノリキッドがあるだろう?

 アレ持って来て、カグラにブチ込んどけ! 血が足りてない!」


「――は、はい!」


 駆け出す執事型。


「ライルにも使うから、とにかくあるだけ持って来るんだよ!」


 そう怒鳴って、ギンは別の執事型に指示して、カグラを手術台から医務室のベッドに移動させる。


「――次! 坊やだ! 早く乗せるんだよ!」


 手術台に乗せられたライルは、目をそむけたくなるような有様だった。


 腹から腸が噴き出し、応急処置のためにビースト型が散布した医療用ナノスプレーがフィルム化して、そのまま固まっている。


 顔色は土気色で、生体反応はひどく微弱だ。


 <近衛騎士>というローカルスフィアに刻まれたシステムが、ライルのソーサル・リアクターを強引に稼働させることで、なんとか命を繋いでいる――そんな状態。


「――ムチャしやがって! なんでこうなる前に逃げなかったんだい!」


 ギンはそんなライルを怒鳴りつける。


 こぼれた涙をエイトがそっと拭った。


「――アンタはレイアの大事な忘れ形見なんだ。

 死なせやしない!

 このアタシが、絶対に死なせるもんか!」


 そう叫ぶギンに、いつもの飄々とした色はない。


 四つの腕を使って手早く機器をライルに繋いで行き。


「やるよ、エイト。まずはナノフィルムを剥離させる。それから臓物を押し込んで、血管の縫合。並行してナノフィルムで固定だ。

 ――遅れんじゃないよ。

 いつものうっかりなんてやらかしたら、解体するからね!」


「ええ。主の危機にボケるほど、エイトもアホじゃありません。

 どうぞ、ドクトル。始めてください」


 エイトの返事にうなずき、ギンは手術を開始する。





 一時間ほどして、カグラは目を覚ました。


「……そうか。拙者は――」


 ここが<苦楽ジョアス>の医務室なのはすぐにわかった。


「――うおぉ、だから血が足りねえつってんだろ!

 有機ナノリキッドへの変換プログラム入力、遅えんだよ!

 おまえら、本当に機属アーティロイドか!?」


 カーテンの向こうから、ギンの怒号が響いてくる。


「敗れたのであったな……」


 斬られた胸を見下ろすと――ギンが処置してくれたのだろう――、すっかり痕はなくなっていて、痛みすらない。


 点滴スタンドを掴んだカグラは、ベッドを降りた。


 ベッド周りのカーテンから顔を覗かせれば、手術用の無菌シールドの向こうでギンとエイトが鬼気迫る形相で手術していた。


「――若っ!?」


 手術台に寝かされ、ギン達に処置されている主を見て、カグラは息を呑んだ。


 用心棒に斬られた後の記憶がない。


 なにがどうなって、ライルが負傷したというのか。


 説明できる者を求めて周囲を見回すが、みな慌ただしく動き回っていて、声をかけるのがはばかられる。


 血が足りてないのか、めまいがしてやや足元がふらつくが、今はそれどころではない。


 とにかく状況を知りたくて、カグラは点滴スタンドにすがるようにして歩き、医務室を抜け出した。


「――カグラ!」


 廊下に出ると、すぐにスセリアが声をかけて来た。


「――もう動けるのっ!? ああ、よかった……」


 カグラに抱きつき、スセリアは涙をこぼす。


「うむ。拙者は――バンドーは丈夫だからな。ギン姉の処置もあって、もうピンピンしておる」


 と、カグラは苦笑しながらも力コブを作ってみせる。


 途端、カグラの腹が盛大にいななきを放って。


「ふむ。腹は減っておるようだ」


「あなたって人は……食堂に行きましょう」


 苦笑するスセリア。


「――だが、若は良いのか?」


「ここに居ても、わたくしもあなたもなんの役にも立てないでしょう?

 なら、若が目覚めた時に備えるべきよ」


 そうしてふたりは廊下を歩いて、食堂に向かう。


 普段はエイトが料理の腕を振るうのだが、今は手術の真っ最中。


 ふたりは量子転換万能調理器レプリケイターで、各々にメニューを構築してテーブルに着いた。


 カグラは自分が意識を失っていた間の出来事をスセリアに訊ね、スセリアはそれを説明する。


「……主に守られるなど……拙者は若の側近失格だ!」


 テーブルを叩き、カグラが呻く。


「――相手が悪かった……若ならそう仰るはずよ……」


 スセリアは鎮痛な表情で、静かにそう応えた。


「いつも合理的な若だもの……起きた事を悔やむより、どう対処すべきかを考えるはずだわ」


 振り下ろした手が真っ白になるほど握り締め、カグラは唇を噛み締める。


「……そう、だな。若なら、そうするであろうな……」


 俯いたカグラを慰めるように、スセリアが彼女の肩をさする。


「あの用心棒、太刀を用いたサムライスタイルだったわ。

 同じスタイルのあなたは、剣を交えて見てどうだった?」


 訊ねられて、カグラは腕を組む。


 用心棒と言っても、様々なスタイルがある。


 対峙したサムライスタイルだけではなく、銃を用いるガンマンスタイルや、魔法を主な攻撃手段とするウィザードスタイル、様々な武器を使いこなすウォーリアスタイルなども存在するのだ。


 スセリアとしては、再戦に備えて、少しでも情報を集めておきたかった。


「バンドーの太刀とは異なるように感じたな。

 ……いや、源流はバンドーなのだろうが、そこから枝分かれした、いずこかの刀術流派に、おそらく戦場剣術が組み込まれておる。

 拙者も親父殿以外の刀の使い手とは初めてであったがゆえに、遅れをとってしまった……」


「次に対峙して、あなたは勝てる?」


「いや、ムリであろうな。

 剣術だけならばともかく、アレは<近衛>と同等。

 恐らくはローカルスフィアとソーサル・リアクターになんらかの強化措置が施されておる。

 拙者の刀が断たれたのがその証拠よ……」


 カグラの太刀は、戦艦の複合装甲さえ斬り裂く。


 だが、あの用心棒はその太刀を、いともたやすく断ち割って見せた。


 用心棒が帝国騎士や近衛のように、事象干渉をもその剣術に取り込んでいる、なによりの証拠だ。


「アレを止められるとしたら、<近衛>の力を持つ若しかおらんだろうな……」


 カグラの応えに、スセリアは深々とため息をついた。


「……結局、そうなってしまうのね……」


 カグラにはスセリアの気持ちが、痛いほどよくわかる。


 守るべきはずの主君自らに頼らざるを得ない不甲斐なさ。


「……強く、なりたいのう……」


 食堂の天井を見上げて、カグラはぽつりと呟く。


「本当に、ね……」


 スセリアもその言葉に応じて。


「――若を守り切れる力が欲しい……」


 ふたりで同じ気持ちを吐露する。


 そして、苦笑。


 それがすぐにどうにかなるものでない事は、ふたりともわかっている。


「でも……」


「だが……」


 ふたりは互いを見つめ、うなずく。


「――今度は若をひとりで戦わせたりはしない!」


 それは――無力を痛感させられたからこそ、心から溢れ出た言葉。


 ひとりでは用心棒に敵わないのだとしても。


 ふたりで協力し――刺し違えてでも、ライルに勝利を。


 それこそが直臣としての矜持。


「そうと決まれば、さっさと食事を済ませて、若の復帰に備えるとしよう!」


 そう告げて、カグラは量子転換万能調理器レプリケイターで構築したカツ丼を搔き込み始める。


「反撃の準備も整えなくてはね。

 やる事は多いわ。病み上がりに悪いけど、カグラにも手伝ってもらうわよ!」


 スセリアはパスタをフォークでまとめながら、そうカグラに伝える。


 いつもは小さくまとめて食べるスセリアだが、今は大量にまるめて大口で放り込んでいた。


「おうさ。しっかり食べれば、拙者、いくらでも働く所存!」


 そうして食事を終えたふたりは、ライルが目覚めた後に備えて、準備を始める。


 ――若が目覚めたら、きっとすぐに動くはず。


 幼い頃からの付き合いだ。


 ふたりとも、そうなることをまるで疑っていなかった。




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