第5話 5
《――ソーサル・リアクター……戦闘稼働域に到達。
――躯体強化完了。
――知覚領域拡大。
――事象干渉……
俺のローカルスフィアに刻まれた<近衛>が、女の声で軽やかに告げる。
荒れ地を駆ける速度が上がった。
音速を突き抜けた水蒸気の輪が散り、それを抜けて俺はさらに加速。
――居た。
カグさんを左手で掲げ、右手に刀を持った用心棒。
用心棒にも様々なスタイルがあるのだが、刀を使うあいつは、サムライスタイルなのだろう。
恐らくはその技にはバンドーの流れも汲んでいるはずだ。
だから、俺は使い慣れたレイガンではなく――
――兵装選択。
宙の微粒子が転換されて、俺の手の中に一振りの太刀が出現する。
母上が父上の近衛になった際に下肢された銘刀<
用心棒に肉迫した俺は、そこでステップ。
予想通り、ヤツは自身の身を庇うようにカグさんを盾にした。
だから、俺はそこで左に跳ねて、<帝竜>を抜き放った。
「――セェイッ!!」
狙うはヤツの左腕。
俺の攻撃を避けるために、ヤツはカグさんの背を蹴って後ろに跳ぶ。
――狙い通り!
「――スーさんっ!」
「はいっ!」
スーさんが宙を飛ぶカグさんを受け止めた。
「あいつは俺が相手する! スーさんはカグさんの治療を!」
俺の叫びに応じて、スーさんはカグさんを抱えて撤退を開始する。
それを見送って、俺は深呼吸。
「よう、見逃してくれて感謝するぜ」
そう用心棒の男に声をかける。
「あの者らの腕前は見せてもらった。
強者ではあるが、
と、ヤツは青白い顔に愉悦を浮かべ、ギラギラとした獣のような目で俺を見据える。
「俺はお眼鏡に叶ったってことかい?」
<帝竜>を構えたまま、俺は苦笑。
「先程の不意打ちは見事でござった。
業と冴え、そして状況を打破する胆力。
帝国剣術にバンドーを合わせたモノと見受けるが如何か?」
「……ああ、正解だ」
俺の剣術は基礎をケイタル教わり、師匠によって形造られている。
「故に惜しい」
用心棒は哂う。
「そなた、人を斬った事がなかろう?」
細められた目は愉悦に染まっていて、まるで俺を見透かすようだ。
「剣術は人を斬り殺してこそ冴え渡る。
だというに……わかるぞ?
そなたはいま、
その甘さゆえに、そなたは
「べらべらと……用心棒ってなぁ、ずいぶんと饒舌なんだな?
やってみろよ!」
俺は地を蹴る。
《――事象干渉……
「――目覚めてもたらせっ!」
俺は周囲に魔法の六つの紫電を喚起して放つ。
それを目くらましに、二度のステップ。
用心棒が刀を振るい、飛来する紫電を瞬く間に斬り捨てた。
その間に、俺は地を這うように身を低くして、ヤツの背後へ。
「取ったっ!」
俺は<帝竜>を斬り上げる!
「魔道を用いての戦闘術は帝国騎士の常道よな!」
クルリとヤツが身を回す。
閃光と共に激しい火花が散った。
「――クッ!」
俺は歯噛みする。
俺の渾身の一撃は、ヤツに余裕で受け止められていた。
「そなた、この後に及んで、致命傷を避けたであろう?
それが甘いと申しておるのだ!」
刃が弾かれる。
「……強者に巡り会えたかと思ったが、とんだ興醒めだな。
人斬りを避ける者には、決して届かぬ高みがあると知れ。
――さらばだ」
ヤツの刀が振り上げられる。
《――敵性体に事象干渉を確認。
――対処を!》
<近衛>が警告を発する。
ヤツの刀の周囲が陽炎のように揺らいだ。
その時だった。
ヤツの足元が不意に開いて、まるい黄土色の身体が飛び出す。
「――逃げろ! 坊主っ!」
そう叫んで用心棒の背中に抱きついたのは、レオぽんさんで。
彼が飛び出してきた地下トーチカから、ビースト型の
「……姫様を、この星を頼んだ!」
瞬間、激しい爆発がレオぽんさんを中心に巻き起こり、紅蓮の炎が火柱を上げて用心棒を包み込んだ。
「……レ、レオぽんさん……!?」
一瞬の出来事過ぎて、理解が追いつかない。
なんだ? なにが起きた!?
「だ、旦那はここが命の張りどころだって……」
「ライル様を助けるためならって……」
俺の両脇を抱えるビースト型が涙ながらに伝えてくる。
「ライル様なら、きっとこの星を、姫様を救ってくれるからって、じ、自爆を……」
レオぽんさんは<大戦>期の
その内部には、捕縛時に情報解析されないよう、機密保護のための自決用爆弾が搭載されていたんだろう。
それも、なるべく多くの敵を巻き込めるような――<大戦>期のオーバースペックな爆弾が。
……だが、それでも。
燃え盛る炎の中から、笑い声が響く。
「ハハハハハ――ッ! まさかまさか! 思わぬところに漢がおったものだ!」
<近衛>と同等の力を持つ用心棒は、物理現象では殺せない……
意思を込めた鋼鉄で、ヤツの意思を折り砕く事でしか、ヤツを止めることはできないんだ……
燃え盛る炎の中から、ヤツがゆっくりと進み出てくる。
着流しは煤まみれとなり、髪も一部は燃えているが、ヤツ自身は無傷だ。
「だが、その決死の覚悟もムダだったがな!」
と、ヤツは背に張り付いた――フレームだけとなったレオぽんさんの遺骸を、無造作に投げ捨てる。
目の前が真っ赤に染まった。
《――ソーサル・リアクターにノイズ発生。緊急停止します》
「――うるさいっ!」
駆け出す身体がひどく重く感じる。
知った事か!
漢として尊敬していた。
もっと色々、教えて欲しかった。
師匠と並ぶ、心の師匠だと思っていたんだ。
「それを、てめえは――ッ!!」
上段で斬りかかる俺に、用心棒は無造作に刀を真横に振るう。
「――あ……」
痛みもなく、ただ声がこぼれた。
「そのような技もなにもない攻撃を食らうわけがなかろう。
本当にそなたには興醒めだ……」
ヤツの声がひどくくぐもって聞こえる。
違和感を覚えて視線を下げると、腹から腸が噴き出しているのが見えた。
不意に足から力が抜ける。
後ろに倒れた。
「そら、せめてもの情けだ。止めをくれてやる」
そんな声が聞こえて、俺は敗れたのを自覚する。
逆光になって、用心棒が刀を振り上げるのが見えた。
「――待って!」
薄れゆく意識の中で、凛と響く少女の声。
俺を庇うように両手を広げて、用心棒の前に立ちふさがったのは、青銀色の髪をした少女――クレアだ。
「……なに……してる……にげ……」
喉の奥から血が溢れて、声にならない。
「――わたしはクレア。この星の姫です。
あなた達の目的はわたしなんでしょう?
着いて行くから、ライル様を殺さないで!」
「……ば……やめ……」
俺はありったけの力を込めて、右手を持ち上げる。
おまえがそんな事をする必要はない――バカな事はやめて、逃げるんだ。
そう言いたかったが、声にならなかった。
「……どのみちその男は間もなく死ぬぞ? 苦しみを長引かせるだけだと思うがな」
「――いいえ! わたしは信じてるもの!」
そう言い放って、クレアは俺の手を掴んだ。
「きっと、ライル様はわたしを助けに来てくださいますよね?
わたし、待ってますから……」
泣いているのだろうか?
顔に熱い雫が落ちるのを感じる。
そして、唇に柔らかい感触が重ねられた。
「きっと、待ってますから……」
そう言い残し、彼女は立ち上がる。
「さあ、連れていきなさい!」
クレアの言葉に、用心棒はひとしきり笑い。
「よかろう。その覚悟、見事だ。
――こちらへ」
そう告げると、ヤツは
虹色の光柱が立ち昇り、用心棒とクレアの姿が燐光となって消失する。
「クレ、ア……」
くそ……意識が遠くなっていく。
《――躯体保護の為、ローカルスフィアを躯体から切断します》
そこで俺の意思は完全に途絶えた。
★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★
ここまでが5話となります。
「面白い!」「もっとやれ!」と思っていただけましたら、作者の励みになりますので、フォローや★をお願いします。
本作はドラノベコンに参加しておりまして、特に★は本当に励みになります!
どうかみなさまのお力をお貸しくださいませ~!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます