第5話 4

『――こちらスセリアです。いつでもどうぞ』


 開かれたホロウィンドウに、重電子砲を携えたスーさんが映し出される。


 青のバトルスーツ姿の彼女に気負いはなく、いつもの優しげな笑みを浮かべていた。


『こちらカグラ。作戦通り、降着と同時に斬り込んで良いのですよね?』


 と、応えるカグさんは、腰の太刀に手を掛けて、待ちきれないとばかりに訊ねてくる。


 着物に袴というバンドー装束にたすきを掛けて、防具らしいのは額の鉢金だけという格好だ。


 俺はいつもバトルスーツを着るように言っているんだが、カグさんは聞いてくれないんだ。


 ――当たらなければ一緒ですよ。


 戦闘民族バンドーらしい発想。


『――坊主、俺達は遊撃って事で、本当に良いのか?』


 と、レオぽんさんが訊ねてきて、俺はうなずく。


「スーさんもカグさんも、指揮には向いてません」


 単騎としては一騎当千のバケモンだけどな。


 対するレオぽんさんは、サリバン戦役を生き延びた歴戦の勇士だ。


 重装備が困難なビースト型のみんなは、レオぽんさんに率いてもらって、側面から奇襲を掛けてもらう手はずになっていた。


「なので、二人がぶつかったら、行動を開始してください」


『了解した』


 応じる声に、俺は惚れ惚れする。


 与えられた任務を淡々と忠実に実行する漢の声だ。


 彼のような兵を用いられる事を、<三女神トリニティ>に感謝する。


「――先行隊、降着まであと十秒。

 後続の降下軌道から、恐らくは集結して攻めようとしているようですね」


 と、エイトが降下予測地点を表示する。


 ドリームランド北部――先日まで訓練に使っていた空隙地帯だ。


 そうだよな。


 自由落下による降下なら、そこを目指すしかねえよな?


 予想通りだ。


「――よし、スーさん、連中の尻を蹴っ飛ばせ!」


『はぁいっ!』


 空隙地帯の端から、極太のビームが照射された。


 直撃を受けたユニバーサル・アームが爆発し、余波で降下シェルに乗った揚陸兵がバラバラと宙に放り出される。


 次々と空に落下傘が開かれた。


 狙撃を警戒したユニバーサル・アーム隊が、降下シェルを捨てて落下を開始する。


『次弾砲撃まで三十秒』


 大容量バッテリーカートリッジを排莢しながら、スーさんが伝えてくる。


 手にした重電子砲の銃身が灼熱して煙を上げている。


「――いや、次弾は良い。近接戦に備えてくれ」


『了解で~す』


 俺の指示に、スーさんは重電子砲を投げ捨て、ブラスターライフルを両手に構える。


「――ユニバーサル・アーム隊、降着!」


 自由落下してきたユニバーサル・アームが土煙をあげて着地した。


『さあ、行きますぞ! 尋常に勝負、勝負っ!』


 俺が指示を出す間もなく、戦闘マシーンと化したカグさんが露地むき出しの地面を駆け抜ける。


『あ、カグラ! もう! 若、支援に入ります!」


 その後をスーさんが追いかける。


 一足で一〇〇メートル以上を駆け抜けるカグさんは、音速超過の水蒸気の輪を置き去りにして、着地したばかりのユニバーサル・アームに肉迫。


『――せいっ!!』


 放たれる刃は一撃必殺。


 戦艦の複合装甲さえ断ち切れるように鍛えられたバンドー刀は、ユニバーサル・アームの装甲なんて、紙切れ同然だ。


 胴を真一文字に断ち切られ、ユニバーサル・アームは白色の鮮血を吹き出して、地面に落ちる。


『――敵襲っ! バ、バンドー武者だっ!』


 敵が周囲にカグさんという脅威を周知するために声を張り上げる。


 その間にも、カグさんはさらに二騎のユニバーサル・アームを斬り捨てていた。


『――距離をとって当たれ!』


 その指示にユニバーサル・アーム隊が、一斉に退き、腰のアタッチメントからレイライフルをマウント。


『――撃てーッ!!』


 閃光が瞬いた。


 ――だが。


『フッフッフ。バンドーに光学兵器は通じぬよ』


 レーザーを掴める俺が言うのもなんだが……


 戦闘民族バンドーは、その剣術でレーザーを弾き、斬り捨てる。


 師匠レベルともなると、弾いた光線で射手を射抜くような離れ業さえやってのけるんだ。


 騎士達のように強化処理されたわけじゃなく、積み重ねた鍛錬と研鑽でやっちまうんだよ。


 正直、バンドーは頭おかしいと思う。


『――そして、距離を取ったら安全と思った?』


 と、そんな声と共にスーさんが戦場に到着。


 両手に構えたブラスターライフルによる熱線の乱射が駆け抜けて、ユニバーサル・アームの関節を的確に射抜いていく。


『――クソ! クソクソ! こんなバケモノがいるなんて聞いてねえぞ!』


 遅れて降下してきた揚陸兵達が、ふたり目がけて応戦を始めた。


 その瞬間、彼らを大きな爆発が襲う。


『さあ、野郎ども。仕事の時間だ!』


 レオぽんさんの攻撃だ。


 瓦礫に偽装したトーチカから、愛らしいビースト型機属アーティロイド達が次々と飛び出してくる。


 まん丸なその手には、手榴弾やバズーカといった火薬兵器。


 彼らには一撃離脱のヒットアンドウェイを心がけるように指示を出している。


 指示は厳守されているようで、彼らは手榴弾を投げ、バズーカを放っては、出てきたトーチカへと一目散に駆け込んで行った。


『――本部! マズい! 劣勢だ! 増援を送ってくれ! 本部!』


 敵は混乱しているようだった。


 そりゃそうだろう。


 恐らくたかが遊戯惑星の制圧なんて、簡単にこなせる仕事だと思っていたに違いない。


 だが、蓋を開けてみればこの有様だ。


 舞うようにカグさんが戦場に刃を走らせ、その伴奏のようにスーさんがブラスターを奏でる。


 一度退いたレオぽんさん達は、地下通路を通って、別のトーチカから現れては攻撃を加えて、さらに敵兵を混乱させた。


「……優勢だが……」


 なんだかイヤな予感がするんだよな。


「――ミレディが向こうに居るのに、このままで終わるモンかい。

 ……来るよ。次の手が」


 おギン婆の言葉に俺もうなずく。


 と、その時、警告音が再び鳴り響く。


「――<女神>に動きがありました。

 これは――スターバイク……単騎での軌道強襲オービタルダイブです!」


 位置は直上。


 俺は空を見上げる。


 灼熱して尾を引く、彗星のような輝きが見えた。


『――先生! 先生だっ!』


 敵兵が歓喜の声をあげる。


 執事隊による対宙砲撃を掻い潜り。


『――こちらウィリアム! 目標――クソ! 速すぎて当たらない!』


 スターバイクは大気シールド内に侵入を果たす。


『こちらニーナ! ダメです! 止められません!』


 メイド隊による対空攻撃もダメだったようだ。


 圧搾熱に焼かれたスターバイクは、上空で爆発。


 そこから飛び出した人影は、風に乗ってドリームランド北部の戦場を目指す。


「――拡大映像、出します」


 ボサボサの長い黒髪を後で束ね、無精髭の浮いた青い顔。目つきは悪く、身にまとっているのはヨレヨレの紺の着流しだ。


 腰に大小の刀を佩いたその姿は……


「――用心棒かっ! やべえっ!!」


 俺が叫ぶその間にも、その男は突っ込んで来た勢いそのままに、戦場に着地した。


 もうもうと舞い上がる砂煙の中、男はゆらりと立ち上がる。


「――避けろ、カグさんっ!」


 俺の声と、カグさんが男の太刀を受け止めたのは同時だった。


 閃光がホロウィンドウを真っ白に染め――次の瞬間、カグさんは太刀を折られて胸を斬り裂かれていた。


 サラシが舞って、血飛沫が噴き出す。


「――撤退! 撤退だ! 相手が悪すぎるっ!」


 ――用心棒。


 それは武を志す者のひとつの到達点。


 近衛騎士に匹敵する能力を持ちながら、国家に縛られる事なく、金と己の欲にのみ従って行動する連中の総称だ。


「――クソっ!」

 

 たった一手――単騎でこちらの戦術がすべてひっくり返された!


 ホロウィンドウの中で、用心棒の男は意識を失ったカグさんの喉を掴み、盾にするようにスーさんにかざす。


『くっ……』


 スーさんも手を出しあぐねいて、銃を構えたまま逡巡している。


「スーさん、俺が行くまで手を出すな!

 おギン婆! 指揮を頼む!」


 そう指示を出して、俺は駆け出した。


「――ムリすんじゃないよ!」


 おギン婆とエイトに見送られ、俺は尖塔の螺旋階段の中央にある柱を叩いて、階下直結のエレベーターに飛び乗る。


「――ライル様っ!」


 ドアが開いてホールに出ようとしたところで。


「――クレアっ!?」


 俺の胸に飛び込んできたクレアに、ケージ内に押し戻される。


 別室で戦況を見ていたのだろう。


 彼女は俺が何処に行こうとしているのか、把握しているようだった。


「直結ルートを作ったの! このまま現場まで運びます!」


 この星のシステムを掌握しているクレアだからこその荒業だ。


「――助かる!」


 ドアが閉まり、ケージが移動を始める。


 空調が奏でるかすかな音が響く中――


「……ライル様、勝ちますよね?」


 沈黙に耐えかねたように、クレアが訊ねてきた。


 即答は……できなかった。


 皇都を出てから、それなりに実戦を積んできたが、近衛クラスの相手と戦った経験は皆無だ。


 けれど――俺を頼ってくれるこの子を、不安にさせたくはなかった。


 だから俺は、クレアの頭に手を乗せて。


「ああ、勝つさ」


 その青銀色の髪を撫でてやる。


「――約束ですよ?」


 涙を浮かべて見上げてくるクレアに、俺は苦笑する。


「君を……この星を守るって約束してるしな」


「――信じてます」


 クレアは涙を拭ってうなずいた。


 そして、ケージのドアが開く。


 一歩を踏み出すと、俺の背中にクレアが声をかける。


「どうか、ご武運を……」


 その言葉に背中を押されて、俺は一気に駆け出した。

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