第4話 5
「――姫様っ! こちらにいらしたのですねっ!」
ああ、カオス渦巻く室内に、ニーナまでもがやって来ちまった。
「あ、ニーナ。おはよ」
俺に抱きついたまま、少女がニーナに挨拶する。
ニーナが姫様と呼ぶって事は、彼女はやはりクレアの姉なんだろう。
「おはよ、ではありません。お部屋にいらっしゃらないと思ったら、ライル様にご迷惑をかけて!」
「だぁって、昨日はライル様、お仕事で忙しくてお会いできなかったでしょう?
だからおやすみの挨拶だけでもって思ったのに、ライル様眠っちゃってたから……」
「――クレア様っ! 淑女はみだりに殿方の寝所に忍び込むものではありません!」
ニーナが鋭い声で叱責すると、少女は首を縮こまらせ。
「はーい。怒られちゃった」
ペロリと舌を出して、俺に微笑む。
「待て待て待て……ニーナ。コレがクレアだって?」
俺に抱きついたままの少女を指差して訊ねると、ニーナは首を傾げて、すぐにうなずく。
「そうですよ。これが本来の姫様のお姿です」
「本来の? じゃあ、あの幼い姿は……」
「姫様の躯体は九割が有機パーツ構成ですので。
ドリームランドを離れて、食事を満足に取れなかった為、躯体を消費、縮小化することで生存を優先したのでしょう」
まともに食事できるようになったから、元の姿に戻ったってわけか。
「エイト、おまえも同じ有機パーツ構成だよな?」
同じことができるか訊ねたが、エイトは首を横に振る。
「エイトも確かに九割以上が有機パーツで構成されていますが、エイトの場合、骨格フレームが無機素材なので、体型変化はムリですね」
「てことは、クレアはエイトとは別系統の
「ん~、難しい事はよくわかんないです」
無邪気に笑うクレアに、俺は思わずため息。
幼女とばかり思っていたクレアは、本来は俺と大して変わらない見た目をしてたって事か。
それはともかく。
「クレア、おまえ、どうやって俺の部屋に入れたんだ?」
まずはこのカオスな状況をどうにかしたくて訊ねる。
その問いに応えたのはニーナだ。
「姫様はこの星のユニバーサルスフィアと常にリンクしておりますので……」
申し訳無さそうに頭を下げるニーナ。
「あ~、そういうことか……」
クレアは首を傾げているから、恐らく無意識なのだろう。
「ユニバーサルスフィアにぶら下がってるシステムも、クレアの思いのままって事なんだな?」
「申し訳ありません」
クレアは俺の部屋に鍵がかかっていたから、俺に挨拶したいという想いのままに、無邪気に鍵を開けたのだろう。
俺はため息と共に頭を搔いて、クレアを見る。
「クレア、ニーナが言う通り、淑女は男と一緒に寝たりしないもんなんだ。
だから、こういうのはこれっきりにしてくれ」
「え~、どうしてですか?」
「どうしてって……」
純粋に不思議そうな目をクレアに向けられて、俺は言葉に詰まる。
「え~、どうしてですか、若? エイトもわかんな~い」
胸の前で両拳を握って腰を振るエイトに、俺は枕を投げつけた。
「と、とにかく! ダメなもんはダメなんだ! 詳しい理由はニーナにでも聞いてくれ!」
だからこそ、そんなまっさらな心を汚したくないと思ってしまう。
「んん! と、とにかくだ! 誤解が解けたんなら、出ていってくれ!
ほら、みんなも仕事があるだろう!?」
「エイト殿の勘違いでしたか。若もようやく男になられたかと思ったのに、残念」
「まあまあ、カグラ。若がそんな急に狼になれるわけがないでしょう?」
「へっ、チキン野郎が。ちょっとくらいオスの本能を見せてみろってんだ」
俺の言葉に、家臣どもは口々に言い合いながら退室していく。
おい、エイト。チキン野郎ってなんだ……
「さ、姫様。わたくし達も戻りますよ。お着替えの後、朝食にしましょう」
ニーナに促されると、クレアは唇を尖らせながらベッドから降りて。
「そうだ! ね、ライル様! 朝ご飯、ご一緒できますか?」
そう訊ねられて、俺はスケジューラーを確認する。
「ああ、大丈夫だ。着替えたら向かうよ」
と、クレアの頭に手を乗せて、俺はしまったと手を引っ込める。
「す、すまん。小さいままのつもりでつい……」
「い、いえっ!」
応えるクレアの顔は真っ赤で。
「――そ、それじゃ、わたしも支度してきますね。ライル様っ、また後でっ!」
そう言い残すと、ニーナを置き去りにして、クレアは駆け出した。
「姫様っ! クレア様! 廊下を走ってはいけませんといつもあれほどっ!」
そう叫ぶと、ニーナは俺に一礼して、クレアの後を追って退室していく。
「……なんか朝から、すげえ疲れたな……」
呟いた俺は、とりあえず寝汗を流すためにシャワーに向かう事にした。
裸足のまま廊下を駆けて駆けて駆けて。
ライル様のお部屋から十分に離れた曲がり角で、わたしは壁にもたれ掛かって、ずり落ちるようにその場にへたり込んだ。
「変よ……変。わたし、変になっちゃった……」
顔がすごく熱い。両手で頬を押さえると、なんだか腫れてるような感じがする。
「なにこれ、なにこれ……」
胸がすごくドキドキしてる。
お腹の奥がきゅうっとして――なんだか泣き出しそうな気持ち。
ライル様に頭を撫でられそうになった瞬間に、電気が流れたみたいになった。
目が覚めて、ライル様に抱きついた時は平気だった。
ライル様に挨拶して、みんながお部屋に入ってきておしゃべりして。
ニーナと一緒にライル様のお部屋から戻ろうとしたところで、なんだかすごく寂しくなっちゃったんだよね……
だから、一緒に朝ご飯を食べたいって誘ったの。
その直後だよ。
ライル様がわたしの頭に手を置いて。
思い出しただけで、なんだろう――嬉しいはずなのに、泣きたいような、変な気持ちになる。
自然と思い出すのは、ライル様に始めて出会ったあの瞬間の事。
乗ってたお船の操縦室で、アラートが全部真っ赤に染まって。
急き立てるような警告音の嵐に、わたしはなんにも考えられなくなっちゃったのよね……
……ああ、みんなを残して死んじゃうんだ。
本気でそう思った。
――でも。
『――もう大丈夫だ! 今助ける!』
警告音ばかりの操縦室に、はっきりと響いたあの人の声。
『よく頑張ったな』
操縦室に飛び込んできて、そうあの人に褒められたのが嬉しくて、わたしは自然とあの人に抱きついてた。
ああ、どうしよう。また顔が熱くなってきた。
胸のドキドキが止まらないよ……
「姫様、ようやく追いつきました。
……どうされたのですか?」
角を曲がってきたニーナが、座り込んでるわたしに気づいて首を傾げる。
「ニーナぁ……わたし、変なんだよぉ……」
その胸に顔を埋めて、わたしは自分に起こった異常を訴えた。
「どうしよう、ニーナぁ。わたし壊れちゃったのかも……」
「……姫様……」
そんなわたしを、ニーナは優しく抱きしめてくれて。
「……恐らく、昨日までは幼生躯体だった為に、感情に身体が追いついていなかったのですね。本来のお姿に戻られた事によって、身体が感情の出力に正常な反応を返しているのですよ。
よくぞ、よくぞ……ここまでご成長なさいました」
そう囁くニーナの声は、泣いてるような声色だった。
「成長? 壊れてないの?」
「ええ。ええ。それは姫様が正しくご成長なさった証なのです」
「でも、でもね? なんだかすごく苦しいの。痛いんじゃないんだけど……ライル様を思い出すとね、すごく悲しい? でも嬉しいような……変な気持ちになっちゃうの」
「それこそが、姫様が生まれた意義なのです」
「わたしの……意義?」
首を傾げるわたしに、ニーナは真剣な顔でうなずく。
「はい。姫様が抱いたその感情。それは――」
その名前を聞いて、わたしはわたしの中のもやもやが、ひとつの形を造るのを感じた。
「これが……そうなの?」
グローバルスフィアで、そういうものがあるのは知っていた。
わたしが大人になったら、いつかそれを得られるかもしれないと考えたこともあるわ。
でも、こんな急にそんな事になるなんて。
「ええ。そして姫様は――
これが……こんな複雑な想いが――
両目から涙が溢れる。
……ああ、わたしは……
「ライル様に恋をしてる……」
胸の奥に宿った、熱い想い。
それが今ははっきりとわかる。
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ここまでが4話となります。
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