第4話 4

 翌日、俺はドリームランドの中を移動しながら、ナナが調べてくれたカネヒラに関するデータを精査していた。


 この世界における星間企業ってのは、星系そのものを牛耳っていたり、小国自体が運営していたりする存在だ。


 カネヒラの場合は、クエンティア王国を中心にして帝国各地に幅広く商売をしていて、主な事業は軍産と造船。そして、それらの技術を転用した運輸と、莫大な資産を運用する目的なのか、金融にも手を出しているようだった。


 ナナが用意してくれたデータを見るに、本店を置くクエンティア王国は、カネヒラにずいぶんと依存しているように思える。


 ちょっとした財閥経済――カネヒラ系列以外の企業は頭打ちにされて、ひどくアンバランスな――不健全な経済形態になってるんだ。


 カネヒラ社員にとってはこの世の春なのだろうが、それ以外の民は苦しい生活を強いられていて――隣国への移民希望者が毎年右肩上がりになっているな。


 典型的な格差社会。


 カネヒラが事業を拡大しようとしても、商売を潰された人々がカネヒラになびく事はないようで、カネヒラは近年、慢性的な人手不足に悩まされているようだ。


 今は開発部の手伝いに行っているおギン婆が言うには、その人手不足をこの星の機属アーティロイド達で賄おうというのも、彼らの目的のひとつらしい。


 疲れ知らずの機属アーティロイド達は、確かに長時間の生産活動に適している。


 だが、帝国法で機属アーティロイドもまた帝国臣民であると定められている以上、人として扱わなければ――同じ労働基準を適用しなければならないはずなんだが。


『――そこはホレ、自治法という抜け道があるだろ』


 と、おギン婆は黒い顔で笑っていた。


 要するにクエンティア王国の自治法で、機属アーティロイドへの長時間労働を可能にさせるという事らしい。


 俺はナナに追加で、クエンティア王国にそういう動きがないか、探ってもらうよう指示を出した。


 場合によっては、父上や帝国議会に動いてもらわなきゃならん話だ。


 わからないのは、カネヒラの一番の目的が進化型の機属アーティロイドだという点だ。


 労働力として欲しているのなら、『人に奉仕する』という存在意義はそのままの方が良いだろうに。


 まだまだ情報が足りないという事だろうか。


「――若、次ですよ」


 エイトにそう言われて、俺は展開していたホロウィンドウを消す。


 俺達は今、ドリームランドの地下を走るリニアレイルに乗っていた。


 スタッフ用に張り巡らされた地下鉄網のひとつだ。


 地表部にもバス網や列車網はあるのだが、そちらはお客用として造られていて、観光名所を巡る仕様となっている為、あまり移動には適していないんだ。


 一方、地下鉄はスタッフの移動目的で張り巡らされているから、目的地まで迅速に移動できる。


 俺とエイトは今、ドリームランドの北部を目指していた。


 前回の襲撃でアトラクションを破壊されて、荒れ地となってしまった地域だ。


 やがてリニアレイルが停車して、俺達は駅構内に降りる。


 目の前のエレベーターに乗れば、すぐに地上部だ。


『――走れ走れ! 近接戦闘はとにかく速さが命!

 帝国騎士ならば、瞬きひとつで一キロを駆け抜けるぞ!』


 と、拡声器メガホン片手に檄を飛ばしているのは、鉢巻にたすき掛けのカグさんで。


 もう一方の手にしたレーザー竹刀で、地面をバシバシ叩いていた。


 彼女が見据える先では、急造された陸戦訓練場を駆け回る、色とりどりの着ぐるみ――ビースト型の機属アーティロイド達の姿。


「……いや、さすがに帝国騎士の水準を求めるなよ……」


 俺は呆れて頭を掻く。


 レオぽんさんのような一部の例外を除けば、ここのビースト型のほとんどは、接客用の設計なんだ。


 立ち仕事に従事するため、確かに足腰は強く造られているが、それでも戦闘特化に比べると、どうしても劣る構造をしている。


「おや、若。いらっしゃっていたのですか」


 俺の呟きに気づいて、カグさんが振り返る。


「どうだ? 戦力として使えそうか?」


 俺の懸念を察したのか、カグさんは自信満々に胸を張る。


「ご心配召されるな。彼らにはバンドー式ぶぅときゃんぷを仕込んでおりますゆえ。

 あと三日もあれば、立派な帝国兵に仕立て上げてみせますよ」


「あー……アレかぁ……」


 カグさんの言葉に、俺は思わず遠い目をしてしまった。


 いや、俺も師匠に受けさせられたんだよ。アレ。


 ぶっちゃけ訓練という名の人体改造なんだ。


 とにかく身体を訓練で壊しまくって、医療ポッドで強引に回復。もちろん、回復中もVRで戦闘訓練を繰り返すんだ。


 そうしてできあがるのが、バンドー武者という戦闘マシーン。


 帝国騎士でも、あそこまで頭のおかしい訓練はしていない。


 バンドーという戦闘民族が、いまでもどこの国にも属さずに独立自治を保っていられる理由の一端を理解させられたよ。


 あんな訓練を続けてる連中――師匠やカグさんみたいなのが、そこらにいるって事だもんな。


 有機パーツで構成されているビースト型のみんなには、この訓練は十分に効果があることだろう。


 無機パーツ構成の者達は、現在、生産部とおギン婆が、戦闘に耐えられるように改造中だ。


 そう。俺達は今、この星の住民達を戦えるようにする為に、奔走しているのだった。


 いかに俺が近衛の力を持っていて、カグさんスーさんが一騎当千の戦闘力を持っていようとも、あくまで個人だ。


 軍隊として、ドリームランド全域に展開された場合、俺達だけでは対処ができない。


 だから、住民達にも戦ってもらうことにした。


 この星――大事なパークを守るために、スタッフ達に否はなかった。


「スーさんは?」


 俺が訊ねると、カグさんは西の方を指差す。


 大気シールドの境界面に、多くのメイドや執事を引き連れて、スーさんの姿はあった。


「はい、みなさ~ん! 良く見ててくださいねぇ?」


 そう告げるスーさんの手には、大型のレーザー砲。


 俺より魔法ソーサル・テクニックの扱いが上手いスーさんは、重力制御でああいうデカい火器を平然と扱う。


 そして――


 大気シールドの向こうに、標的用のクレーが無数に射出された。


 スーさんは慌てた様子もなく銃爪を引き絞り――放たれた光線は虚空をかけて、途中で枝分かれし、まるで獲物に襲いかかる蛇のように蛇行して、すべてのクレーを撃ち抜いた。


「ね? 簡単でしょう?」


「……いやいやいや……」


 スーさんは叙勲こそ受けていないものの、その技量は帝国騎士に匹敵する。


 帝国騎士になるための必須技能である事象干渉――今見せたような、光線を曲げるといった事――が行える事が、なによりの証拠だ。


 騎士になると、俺の仕えられなくなる為、特例の従騎士として――スーさんはあえて、実力より下の立場にいるんだ。


「スーさん、さすがに騎士じゃねえんだから、事象干渉はムリだろ」


 俺がそう声をかけると、スーさんは不思議そうに首を傾げる。


「いえ、おギン姉さまの計算ですと、機属アーティロイドは個別の演算能力と同調による演算回路拡大で、十分に事象干渉が行えるというお話でしたわ。

 わたくし達の『気合で曲げる』なんてあやふやな概念より、よっぽど理にかなってますわよね」


 どうやらおギン婆のお墨付きらしい。


 そして、機属アーティロイドって、計算でレーザー曲げられるようになるのか……


 俺もいつの間にかできるようになってたから、あんまり理屈とか考えた事ねえんだよな。


 首をひねる俺をよそに、スーさんはメイドや執事達に振り返る。


「みなさんのセンサーなら、いまの現象を観測できましたよね?

 では、再現訓練を始めましょう」


 パンとスーさんが手を打つと、メイドも執事も身の丈ほどもある重レーザー砲を抱えて、大気シールドの外に銃口を向け、射撃訓練を開始する。


「移動対空砲台、間に合いそうか?」


 俺達はメイドや執事達を使って、そういう運用を考えていた。


 俺の問いに、スーさんはうなずく。


「彼らはナナちゃんやエイトの系列ですからね。物覚えは非常に良いです。

 敵の侵攻スケジュール次第ではありますが、三日以内にはモノになるかと」


「わかった。それを踏まえて作戦を組んでいくよ」


 そうして俺達は訓練場を後にする。


 その後も、生産部を回ったり、首脳陣を集めて作戦概要を説明したりと大忙しだった。


 すべてのタスクを片付けた俺は、与えられた客室のベッドに倒れ込むと、そのまま眠ってしまったようだ。


 気づくと、夜が明けていて。


「ん……寝ちまってたのか」


 身体を起こすと、手になにか柔らかい感触。


「なん――は?」


 青銀色の髪をした少女が、すぐ隣で眠っていた。


 そして、俺の手はその胸の上にある。


 待て、落ち着こう。


 俺は昨日、確かに一人で寝たはずだし、酔ったりもしていない。


 部屋の鍵だって掛けたはずだ。


 少女を起こさないように胸から慎重に手を離す。


 オーケー、気づかなかったようだ。


 これでいらん騒ぎを起こされる心配はない。


 タチの悪いラブコメじゃねえんだ。


 ここでこの少女が悲鳴をあげて、ひと悶着なんて起きようはずもない。


 しかし、この少女は誰だ?


 よく見ると、クレアに似ているが、背丈が明らかに違う。

 

 まだ紹介されていないだけで、あいつの姉だろうか?


 ベッドの上に胡座を搔いて、そんな事を考えていたのがよくなかった。


「――若っ! 朝ですよー! 今日も元気に働きま――」


 エイトのヤツがノックもなしに、寝室のドアを蹴り明けて飛び込んできやがった。


 俺とエイトの視線が絡み合う。


 ――わかるよな? 俺はそういう人間じゃないって、わかってるよな?


 そういう想いを視線にありったけ込めると、ヤツはこくりとうなずいた。


 よかった――そう安堵したのも束の間。


「やっべーーーー!!

 若がついに女に手ぇ出しやがったぁーーーーーーーーッ!!」


 城中に響くような大音量で、ヤツは叫んだ。


 その声で、少女が目を覚まし。


「あ、ライル様だ。えへ、おはよー」


 ポスンと俺の胸に飛び込んでくる。


「ほらほら! 朝からイチャイチャ! スセリアさん、カグラさん、出合え出合えーーーーーーっ!!」


 騒ぎ立てるエイトに呼ばれ、スーさんとカグさんまでやって来る。


「あ~もうっ! なにがどうなってるんだ!?」


 俺の叫びも虚しく、少女は俺に抱きついたままだし、家臣達は俺を囲んで楽しげに詰問を始めやがった。


「――ホント、知らねえって!」

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