第4話 3

 ワンダー城内は、前世でいうところの中世風――ファンタジックな様式のデザインとなっていた。


「――恐らくは懐古主義者か幻想主義者が、このエリアをデザインしたんだろうさ」


 というのが、おギン婆の説明。


「あー、好きそうだよな。こういうデザイン」


 どちらも、ファンタジックなモノに強い憧憬を持っている連中だ。


「そういやどうだ? 周辺海域の様子は――」


 長い大理石張りの回廊を進みながら、俺はエイトに訊ねる。


 ドリームランド入港前に、俺達はマルチスキャナーのブイをバラ撒いておいたんだ。


 エイトが制御して、同心円を描くよう配置されたブイによって、周辺五光年に侵入者があれば、すぐにわかるようになっている。


 とはいえ、ロジカルドライブ搭載の高速艇でもあれば、探査圏外からは半日の距離だ。


 エイトがいつものヤツが、いつものうっかりをやらかさないよう、俺は思い出しては訊ねるようにしていた。


「ん~、静かなものですね」


「なら、まだ敵は俺達に気づいてないって事で良いのかもな」


 海賊達を蹴散らして、出港を急いだ理由がそこだ。


 クレアがまだ外に助けを求めに出ていると、敵が考えている間に防衛策を講じたかったんだ。


 とはいえ、敵は海賊を配下にしているという事以外、一切の情報がない。


 加えて、このドリームランドは遊戯惑星である為、防衛設備が対人用のもの――警備レベルのものばかりで、対軍用の設備がないのが厄介だった。


 現在、銃器に詳しいスーさんが、生産部に大型火器の量産をさせている。


 実戦時には、数の多いメイドや執事に対処させる予定だ。


 カグさんはといえば、白兵戦に備えて、レオぽんさんと一緒にビースト型機属アーティロイド達の訓練中だ。


 マスコット仕様で、戦闘が苦手な者も多いビースト型達だったが、この星ではもっとも戦闘力の高い種属なのだから、頑張ってもらいたい。


 クレアは城に着く前に――帰ってきたという安堵からか、いつの間にか眠ってしまっていた。


 今はニーナに連れられて、自室のベットに運ばれているはずだ。


 メイドに案内されて、俺達は客室へと通される。


 皇宮の良く言えばシンプル――悪く言えば先鋭的なデザインの客室と違って、案内された部屋は、様々な調度品がバランス良く配置されていて、どこか落ち着く雰囲気を醸し出していた。


 慣れた手付きでメイドはお茶の用意をし、それから一礼して退室して行く。


 残されたのは、俺とエイトとおギン婆。


「――さて」


 俺達はソファに腰掛け、用意されたお茶に口をつける。


「この星とクレア達を守るのは決定事項として、だ」


 そう切り出す俺に、おギン婆がうなずく。


「情報が少なすぎるって言いたいんだろう?」


「ああ。俺達は現在、敵の情報や目的がなんなのかもわからない」


 それがわからなきゃ、対処の打ちようもないんだ。


「ああ、それで若、姉さまに無茶言ったんですね?」


 エイトが呆れたような笑みを浮かべて、肩を竦める。


「ああ、ナナならなんとかしてくれるんじゃねえかと思ってな」


 城に向かう途中のバスで、メッセージを送っておいたんだよな。


 ナナというのは、エイト同様、俺が母上から継承した万能メイド型機属アーティロイドのひとりだ。


 エイトと違い、極度の恥ずかしがり屋の彼女は、滅多に人前に出てくる事がなく、皇宮にいる頃から、主に陰からの護衛や情報収集――物証の確保などを担当してくれている。


 メイドというよりは、前世でいうところの忍者みたいなヤツなんだ。


 ナナとエイト――ふたりの<万能な九機オーバーナイン>は、大昔にサーノルド王国で発見され、代々王室に仕えて来たそうなのだが、母上の代に嫁入り道具として帝国に帯同する事になり、母上が亡き後は俺に仕えている。


「さすがの姉さまも、お手上げだったみたいで、さっきエイトとドクトルに泣きついてきましたよ」


「ナナでも厳しいのか……」


 驚く俺に、おギン婆が苦笑。


「さすがにゼロから探せってのは、ムチャってもんさ。

 ――安心おしよ。

 アタシがこの星の情報を送っておいたから、そろそろ――」


 と、まるでそのタイミングを見計らったように、俺達が囲むローテーブルに、一本のかんざしが突き立った。


 超長距離通信用の補助ブースターだ。


 グローバルスフィア経由の通信と違い、こちらのやり取りはローカルスフィア直結の通信となる為、外部に盗聴される心配もない。


 転送器を躯体に搭載しているナナならではの、通信方法だった。


「噂をすれば~」


 エイトがそれをつまみ上げ、飾り部分をひねる。


 開いた通信ポートに、俺達はローカルスフィアを接続する。


 視界にウィンドウが開いて、お下げ髪のメイドが投影された。


 同型機だけあって、その顔つきはエイトに良く似ているものの、ナナの方が気弱そうに見えるのは、その表情の所為だろう。


『おおお、お久しぶりでしゅ。わわ、わ、若っ!』


 恥ずかしそうに顔を赤く染めて俯かせた彼女は、初手から噛みまくりだった。


「姉さま、落ち着きましょう。深呼吸です。さんはい」


『す~は~』


 エイトの言葉に従って、素直に深呼吸するナナ。


 内気で恥ずかしがり屋のナナと、図太く無神経なエイト。


 俺はこの姉妹の性格を足して半分にすれば丁度いいと、常々思ってるんだ。


『お頼み頂いた件について、ご報告です』


 ようやく落ち着いたのか、ナナはメイドらしく一礼して、俺達の前に収集した情報データを開示する。


『ドクトルが送ってくださった情報で、ナナはまず、そちらの人工惑星――ドリームランドの調査から始めました』


 目の前に開かれたウィンドウには、ドリームランドの設計データや成り立ちなどが表示されている。


『当該惑星は<大戦>期の論文アカデミック・テキストを元に設計されており、四基竣工した同型遊戯惑星のその試作型となるようです』


「――情報源は?」


 おギン婆の問いかけに、ナナはうなずきをひとつ。


『帝国アカデミーの禁書ライブラリにて発見しました』


「……やっぱりね。てことは、この星には<遺失論文ロスト・アカデミック>が使われてる。そうだね?」


 ――遺失論文ってのは、人類が文明の粋を極めた<大戦>期やそれ以前――正確なところはもうわからないが、少なくとも<大戦>が集結した三百年以上前に書かれた技術論文で、なんらかの理由で失われたモノや、危険すぎるがゆえに意図的に封印処理されたモノを指す。


 多くは国が厳重に管理しているんだが、そういった遺失論文の中には、今になって発見されたりして、世の中に出回ってしまうモノがあるんだ。


『ご明察です。ドクトル。巧妙にデータが削除されておりましたが、修復してみたところ、当該惑星は表向きこそ遊戯惑星ですが、一種の実験目的で建造されたと推測されます』


「……ふむ」


 おギン婆はメガネを持ち上げ、物凄い勢いでドリームランドのデータを読み上げていく。


「……なるほどね。アタシの推測とも一致するね」


「どういうことだ?」


 首を傾げて訊ねる俺に、同意するようにうなずくエイト。


「ライル坊、アンタ、この星に来て不思議に思った事はないかい?」


「ん~、機属アーティロイドばっかなんだな、とは思ったな」


 この既知人類圏ノウンスペースでは、様々な人種が生活している。


 中でも多い種属が、俺達、人属ソーサロイドであり、既知人類圏ノウンスペースの六割がこの種属だ。


 次いで獣属ワーロイドが多く、<大戦>期は人属ソーサロイドより多かったとされる機属アーティロイドは、戦火で失われて、現在はその数を減らしているんだ。


 だから、機族アーティロイドのみで構成された星というのは、珍しい部類に入る。


 俺の答えに、おギン婆はうなずく。


「そう。この星はね、恐らくは機属アーティロイドの進化を促す為の、実験場だったんじゃないかと、アタシとナナは推測してるんだ」


「――はあ!?」


「良いかい? こういうことさ――」


 そして、おギン婆は説明を始める。


 機属アーティロイドは、人に奉仕するという存在意義をローカルスフィアに刻まれて誕生する。


 その誕生方法は様々で、エイト達のように工場の生産ラインで生み出される者もいれば、機属アーティロイドの両親が、ローカルスフィアをかけ合わせて、ふたりで生み出すパターンもある。


 有機パーツを使っている機属アーティロイドなどは、それこそ人属アーティロイドと変わらない生殖活動を行って、次代を生み出したりもするそうで、その誕生の多様性は機属アーティロイド独自と言えるだろう。


 けれど、そのすべての機属アーティロイドの根幹――ローカルスフィアには、絶えず『人に奉仕する』という絶対の存在意義が刻まれているのだという。


『ナナ達は、望んで主に仕えているのですが……』


 ナナが暗い表情で呟く。


「これを呪縛と捉えた連中が、かつて居たのさ」


 機属アーティロイド人権活動と呼ばれたその運動は、社会的に一定の成果を出したと言って良いだろう。


 <大戦>中は戦時備品――消耗品として扱われていた機属アーティロイド達は、現在では既知人類圏ノウンスペース社会を構成する一員として認められているのだから。


「だが、それでも呪縛はなくなっていないと考える一部の過激な科学者によって、この惑星は造られたんだろうね」


「それが、機属アーティロイドの進化に繋がる、と?」


機属アーティロイドのみで構成される社会。

 ――人はあくまでお客様。

 そうして世代を重ねることで、ローカルスフィアの呪縛を絶とうとしたんだ。

 だが、連中はひとつ間違いを犯した」


 おギン婆は髪を掻き上げて、深々とため息。


「恐らくは機属アーティロイドの従属嗜好を誤認させる目的だったんだろうが、機属アーティロイドの上に機属アーティロイドの主を置いてしまったのさ……」


 そこまで呟いて、おギン婆は不意にアゴに手を当てて首を傾げる。


「――いや、違うね。

 主を立てる事で、事こそを目指したのか?

 ……となると、あの子は……」


 おギン婆はお茶のカップを掴み上げ、中身を一気に飲み干す。


「おい、おギン婆?」


「いや、まだ推測の域だ。無駄な事を言って、アンタを混乱させたくない。

 ――ナナ、アンタ、禁書庫で遺失論文――あ~、確かイ‐八九三六四一番だったはずだ。それを調べてみておくれ」


『かしこまりました』


 おギン婆の指示に、ナナは一礼。


「それで、敵については?」


 本題はそっちだ。


 俺の問いかけに、ナナは再びデータを記したウィンドウを拡大。


「ナナ以前――直近の同論文の閲覧履歴を探りました。

 閲覧時期から言って、彼らが襲撃者と思われます」


 そうしてウィンドウに表示されたのは。


「星間複合企業カネヒラ……」


 クエンティア王国主星に本店を置く、大企業の名前だった。


 おギン婆は不敵な笑みを浮かべて、その名前を見据える。


「恐らく連中は、進化型の機属アーティロイドと、それを生み出すこの星が欲しいんだろうさ」

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