第4話 2

 ドリームランドの誘導に従って、俺達は<苦楽ジョアス>を星の裏側に当たる港に進めた。


 パッセンジャー級――五〇〇メートル超えの客船や、フリート級――一キロ越えの戦艦さえも停泊できそうな大型ドックが並ぶ宇宙港。


 だが、今は停泊している船は<苦楽>だけだ。


 クレアが物心ついた頃にはもう、宇宙港はこの状態だったそうで、唯一残されていた船も、クレアが外に出るのに使ってしまったのだという。


「――ライル様、こっちです!」


 ガランとした広大な宇宙港をクレアの案内に従って歩き、俺達は地上部へと繋がるエレベーターに乗る。


「ふむ……転移装置ではなく、物理式――リニアエレベーターなのかい。

 どういった理由なんだろうね」


 と、今回は珍しくおギン婆も一緒だ。


 旅に出てから半年。


 引き籠もりのおギン婆が船を出たのは、数えるほどしかない。


 そのほとんどが、<大戦>期の遺物を観覧する為だった。


 きっと今回は惑星そのものが遺物ということで、上陸を決めたのだろう。


 エレベーター内にブザー音が響いて到着が告げられる。


 ドアが開いた。


「――お帰りなさいませ、姫様!

 そして、いらっしゃいませ、お客様っ!」


 途端、俺達にそんな声がかけられた。


 エレベータの前には、様々なタイプの機属アーティロイドが詰めかけ、人だかりを作っている。


「――おかえり、姫様っ!」


「二百年振りのお客様だっ!」


 そのすべてが、クレアの帰還を祝い、俺達の来訪を歓迎してくれているようだ。


「……これはすごいな。機属アーティロイドの見本市だ。

 メイド型に執事型、ヨサク型にゲンナイ型――ほう、メインはビースト型か。

 確かにテーマパークらしいね」


 これだけゴチャゴチャしてるのに、おギン婆は機属達の素性を的確に分析していく。


 ヨサク型ってのは、確か土木建築を得意とした機属で、フレームが剥き出しになったタイプだ。


 ゲンナイ型ってのは、工作用だったかな。


 この場で一番多いように見えるビースト型は、小柄な二足歩行する動物――着ぐるみのようなデザインのタイプ。


 そのカラフルでずんぐりむっくりした体型に魅せられて、スーさんもカグさんも頬を緩めている。


「――ほらほら、みなさん。あんまり騒いだら、お客様が戸惑われてしまうでしょう?」


 と、人だかりの奥からそんな声がして、列が割れた。


 現れたのは、茶髪のメイド型機属だ。


 彼女は俺達の前まで進み出て、丁寧にお辞儀を見せて。


「姫様のお世話係のニーナと申します。

 お客様、このたびは姫様を助けて頂き、心よりお礼申し上げます」


 そう告げるニーナに、おギン婆は詰め寄って、不躾にジロジロと彼女を眺め回す。


「ほう、メイド型のオリジン系列かい」


「はい。とはいえ、わたくしは後期ロットですが」


「型式番号を聞いても?」


「――AMMC‐0217です」


 途端、おギン婆は嬉しそうに背後のエイトを振り返る。


「聞いたかい、エイト! おまえの姉妹機だ!」


 その言葉に、エイトはツカツカとニーナに歩み寄り、アゴを逸らして見下ろすように腕組み。


「ふん、ちょっと若いからって、調子に乗らない事ですね。

 エイトは初期ロット――つまり、ご主人様へのあらゆる可能性を考慮して試作された万能型メイドなのです!」


「おい、おまえ、なんでいきなりイキってんだよ!」


 と、俺はエイトの後頭部を張り倒した。


「だって、若! こういうのは最初が大事なんですよ!?

 機属アーティロイドってのは、基本的に製造番号が若いほど優れてるって勘違いするんです!

 ここはヒトケタロットの素晴らしさをしっかりと叩き込んでですねっ!」


 などと言い訳を始めるエイトに、しかしニーナは気分を害した様子もなく――


「――わかりますっ! わかりますわ、お姉様っ!!」


 えらく感動した様子で、エイトの手を取った。


「ええ、ええ。そうなんです。

 わたくしもここでは製造番号が一番の古株ということで、メイド長を務めておりますが、若い子って、そういうトコありますよね。

 大した仕事もできないくせに、わたくしの指示が悪いだとか、いつも指示ばかりで楽してるだとか――ユニバーサルスフィアに個別部屋立てて愚痴ってるんです」


 なにか溜め込んでいたようで、ニーナはえらい勢いでエイトに訴え始める。


「彼女達は知られてないと思っているのでしょうが、特性上、イヤでも愚痴は聞こえちゃうんですよ!」


「ああ、統括機は下位機のスフィアをリンクしちゃいますからね。

 それは確かにツラい……」


 涙ながらに訴えるニーナの頭を撫でながら、エイトはうんうんとうなずく。


 それから。


「ふむ……そうですね」


 と、短く呟いたエイトは、周囲のメイドや執事を見回す。


 目を逸らした者は、恐らくは愚痴を言っていた連中なのだろう。


「どうやら長らくお客様を迎えてこなかった為に、弛み切っているのでしょう。

 安心なさい、ニーナ。

 エイトが来たからには、その緩んだ頭のネジを締め直してあげます」


 機属アーティロイド式の表現で『喝を入れる』、と、そうエイトが宣言すると、ニーナはエイトに抱きついた。


「――お姉様ぁ!!」


「ふふふ、ニーナったら、子供みたい。

 エイトさんはニーナのお姉さんだったの?」


 俺と手を繋いだクレアの問いに、俺はうなずきを返す。


「どうやらそうみたいだな。同系列の型番みたいだし」


 とはいえ、エイトは製品ラインに並ぶ前の試作ロットだ。


 エイト自身が言っていたように、制式採用されたニーナと違い、<大戦>期のオーバーテクノロジーをふんだんに盛り込んで、万能を目指して造られたロット世代なんだ。


 ――万能メイド型機属アーティロイドのその初期試作ロット。


 いわゆる<万能な九機オーバーナイン>と呼ばれる存在は、俺が知る限りでは、その半数以下――四機しか現存していない。


 まあ、オーバーナインで一番有名な、おつうさんに比べると、ウチのエイトはかなり人格が破綻してるワケだが。


 そんなひと騒動の後、俺達は送迎バスに乗せられてこの星の中心部である、ワンダー城へ移動を始める。


 バスの中で、俺達は自己紹介し合った。


 この星を統括するニーナ。


 開発・整備担当のトップはヨサク型の筆頭のゴンゾー。


 生産担当はゲンナイ型で、球形ボディで浮遊し、3対の手腕マニュピレーターを持つジャガまる。


 接客と警備担当の主任だと名乗った、ビースト型の機属アーティロイドは、ライオンをデフォルメしたようなまん丸体型で、名前をレオぽんと告げた。


 とても警備などできないように思える愛らしい見た目だが、<大戦>を経験した事のある歴戦の戦士なのだという。


「サリバン戦役で膝にレーザーを受けちまってな。それで退役して、子供達を喜ばせる仕事に就いたのさ」


 と、やたら渋い声で、無煙葉巻を吸い込むレオぽんさん。


 カーキ色のハーフパンツから覗く右膝には、彼が言う通り茶色の古傷痕パッチワークが見て取れる。


 けれど、その雰囲気は、確かに死線をいくつも乗り越えた闘士の迫力がある。


 サリバン戦役ってのは、戦史教本にも乗っている激戦地だ。


 戦闘参加者の九〇パーセントが未帰還となったというのだから、レオぽんさんはここに居るだけで、十分に英雄と呼ばれてもおかしくない人物なんだ。


 だというのに、ウチの女どもは……


「可愛いですねぇ」


「本当に愛らしい!」


 スーさんもカグさんも、レオぽんさんの両側に陣取って、その頭を抱え、撫で回しているんだ。


 おい、やめろ。


 レオぽんさんのダンディさがわからないのか。


 気軽にレオぽんさんを抱っことかしてる、スーさんやカグさんが羨ましいとか……俺はそんなこと絶対に思ってないからな!


「お嬢ちゃん達。オレの愛らしさがわかるとは、なかなかやるな。

 キャンディをやろう」


 だというのに、まるで表情を崩さないレオぽんさんはさすがだ。


 師匠と呼びたい。


 良く似合った赤いチョッキのポケットからキャンディを取り出し、カグさんとスーさんに与えるレオぽんさん。


 彼はふと気づいたように、俺とクレアにも顔を向けて。


「ほら、坊主と姫様にもだ」


 と、まん丸い手にキャンディを乗せて、ポテポテと俺達に歩み寄って差し出してくれた。


「あ、ありがとうございます!」


 俺は感激して、その手を握って握手してもらう。


「レオじい、ありがとう」


 クレアは慣れてるのか、包みを開けると、すぐにキャンディを口に放り込んだ。


 俺は食べないぞ。


 なにせ生きた英雄がくれたキャンディだからな!


 停滞場ステイシス・フィールドに入れて、永久保管だ。


 そんなやりとりをしている間も、バスはワンダー城に向けて突き進む。


 立ち並ぶのはアトラクションで、この星の住民達は普段はバックヤードと呼ばれる地下施設で暮らしているのだという。


 惑星まるごとテーマパーク。


 前世の価値観からはスケールがデカすぎるようにも感じるが、母上の実家であるサーノルド王国も、<大戦>終結後にその領内にある惑星をまるごとテラフォーミングして、剣と魔法のファンタジー世界に改造してしまったと聞いているから、<大戦>直後は、そういうのが流行りだったのだろう。


「――ライル坊や、ご覧!

 反重力と電磁加速で超光速レーンを滑走するジェットコースターだとさ!

 すげえすげえ、あの時代の技術は相変わらずぶっトンでるねぇ!」


 ひとり窓にかじり付いて興奮するおギン婆に、俺はため息。


 よく見ると、窓の外のアトラクション施設は、あちこちが崩落していて、襲撃の痕が生々しかった。


 瓦礫をどかし、修理をしている者の姿もちらほらと見える。


「……なにはともあれ、敵の情報が必要だな」


 次第に大きくなり始めたワンダー城を見つめながら、俺はローカルスフィアをグローバルスフィアに接続する。

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