若様、忘れられた遊戯惑星に辿り着く

第4話 1

 ドリームランドは超光速航路ハイウェイ網や主要星系から大きく外れた――いわゆる辺境にあった。


 星系図で言えば、既知人類圏ノウンスペースにギリギリ入っているかどうかというような領域だ。


 一番近いダンサーチ州から、通常航行なら一週間という距離。


 宿場コロニーを経った俺達は、超光速航法で半日ほどかけてこの宙域に辿り着いた。


 クレアの母星――ドリームランドは、バイオスフィア型の人工惑星で、平面な地上部分に空を模した大気シールドが覆った――半球の形状をしていた。


 前世での天動説世界みたいな構造だな。


 近くに恒星が存在しないから、人工太陽を衛星として周回させていて、夜になると光量を落として月として活用しているらしい。


「うわぁ……ドリームランドってこんな形してたんですね」


 艦長席の横に設置した補助シートに座りながら、メインウィンドウに表示されたドリームランドを見上げて、クレアが嬉しそうに呟く。


「ん? 外から見た事ねえのか?」


「はい。わたし、お城の外に出たのも今回がはじめてで、あと乗ったお船には窓がなかったから……」


 俺の問いかけに、クレアは恥ずかしそうにもじもじしながら応えた。


 母星の外に出た事のない者は、現代でもそれなりに居る。


 すべての人が惑星の外に憧れを抱くわけじゃないんだ。


「俺だって、旅に出るまでは主星の外に出た事なんてなかったぞ」


「ライル様も?」


 驚いた顔で首を傾げるクレアの頭を撫でてやりながら、俺はうなずいた。


「これでも一応は皇子だからな。

 警備だなんだで、自分の宮から出るのも手続きが必要だったんだ」


「――それが面倒で、若はずっと宮に籠もってたんですよねぇ」


 クスクスと口元を手で隠しながら、スーさんが笑う。


「いや、そもそも若の場合、それを建前に人付き合いが面倒くさいと仰って、籠もっていたではないですか。

 拙者が騎士団との手合わせに何度誘っても、ずーっとだ!」


 カグさんもシートに胡座を搔いて、不満げに腕組みして批難してくる。


「仕方ねえだろ……」


 まだ幼い頃、一度だけカグラに連れられて騎士団の訓練に参加した事がある。


 あの頃はまだ、母上の影響もあって騎士ってのは正義の味方って印象を持ってたからな。


 だが、実際の騎士を見せられて、俺は失望したんだ。


 俺を皇子と知って、あからさまにゴマすりしてくるヤツの多い事。


 あるいは他の皇子達の派閥に属してたのか、嫌がらせしてくる連中もいたな。


 あれで俺は面倒になったんだよ。


 訓練なら師匠やカグさんとで十分だったしな。


 今ならすべての騎士が、そんな連中ばかりってわけじゃないと理解してるんだが、幼少期に植え付けられた苦手意識ってのは、どうしようもない。


「そっかぁ、ライル様は騎士さん達とあんまり仲良しじゃなかったんですね」


 意外そうな表情を見せるクレアに、俺は苦笑。


「そもそも皇宮がデカすぎるからな。

 俺の宮の家臣だけでも百人以上だ。他の連中と絡む必要がなかったんだよ」


「――と、幼女に言い訳する若なのであった……」


 エイトがいらんナレーションを入れてくるが、無視だ無視。


 そんな時、艦橋のドアがスライドして。


「――お~、着いたんかぃ」


 そんな声と共に、ひとりの女がやってくる。


「――おまっ! おギン婆、なんて格好してやがんだ!?」


 黒と紫のレースパンツに白衣をまとっただけの、ボサボサ髪の女だ。


 丸メガネ型の分析機を鼻にかけて、欠伸を噛み殺したそいつは、長い手足を振って艦橋を横断。


 ドスンとパンツに包まれたケツを、俺の膝の上に落とした。


「アンタ以外は女ばっかなんだ。細かいコト言うんじゃないよ。

 それともアンタ、アタシに欲情しちまうってのかい?」


「バッ――バカ言うな! 誰がおまえみてえな、外見詐欺ババアにっ! やめろ! 胸を押し付けるな――うわわわ!?」


 俺の首に左腕を巻きつけて、身体を押し付けてくるおギン婆に、俺は悲鳴をあげる。


 胸が……先端の硬さが――煩悩よ去れっ! 相手はおギン婆だ!


「なんだい、ツレないねぇ。すっかりスレちまって、アタシゃ悲しいよ。

 ちっちゃい時のライル坊は、おギンちゃんおギンちゃんって、それはもう慕ってくれたってのに」


「エイトも記憶しております。庭園の花を集めて、ドクトルに求婚したこともありましたね」


「だーっ! ガキの頃の話だ! あの頃はおまえがこんな妖怪ババアなんて知らなかったからなっ!」


 と、叫ぶ俺に、クレアが不思議そうな表情で首を傾げる。


「ライル様、このお姉さんはどなたですか? 配信でも見たことのないのですが」


 そんなクレアに、おギン婆はニシシと笑い。


 なにも知らないクレアは、おギン婆をお姉さんと思ったようだ。


 まあ、見た目だけなら、二十代前半だからな……


「ああ、アタシゃ基本的に裏方だからね。ああいう目立つのは苦手なのさ」


 そう言って立ち上がると、クレアに優雅にお辞儀して見せた。


「はじめましてだ、失われし知恵の国の姫様。

 アタシはギンってモンさ」


「ちなみにドクトルは帝国認定博士の三席です」


 エイトの注釈に、クレアは再び首を傾げる。


「てーこくにんてーはくし?」


「あ~、国がその技術や知識を認めて、国費で支援してる学者のことだ」


 ギン婆の立場は説明が難しいため、俺はあえて噛み砕いてそう伝える。


「それって偉い方なのですか?」


「ああ、偉いぞ。銀河皇帝をアゴで使えるくらいには――」


「それ、あんただけだからな!? 研究のためとはいえ、無茶な要求ばっかりされるって、父上、泣いてたんだぞ!?」


 父上はおろか、先代皇帝よりさらに年上だというおギン婆だからこその話だ。


 俺も父上も、この年齢不詳の妖怪ババアには頭が上がらないんだ。


 なんせガキの頃のアレコレを知られてるからな。


 他の認定博士はここまで自由人じゃない。


「そうでしたか。はじめまして、ギン様。

 わたしはクレアです。よろしくお願いいたします」


 クレアもシートから降りて、おギン婆に丁寧にカーテシー。


「サマなんて、よしとくれよ。ケツがかゆくなる。そうだね、特別にあんたにはおギンちゃんと呼ばせてあげよう」


 と、おギン婆は頭を掻きながらそう告げて、クレアの頭を撫でた。


「よかったですね。クレア様。人見知りのドクトルが名前呼びを許すのは、レアケースですよ。クレア様で八人目――お友達認定、おめでとうございます」


 エイトが拍手を始める。


「バッ、エイト! アンタ、いらないコトをバラすんじゃないよ!」


 その言葉に、おギン婆は顔をほんのり赤らめて、そっぽを向いた。


 クレアはクスクスと口元を押さえて笑みを漏らしている。


 俺はといえば、ため息。


 なんともにぎやかなもんだ。


 まあ、クレアが楽しそうだから良いか。


「それでおギン婆。おまえはどう見る?」


 アゴをシャクって、メインウィンドウに投影されたドリームランドを示す。


「ふむ……」


 俺の問いかけに、おギン婆はメガネ型の分析機を起動させた。


 ややあって。


「……当たりだね。正真正銘、この人工惑星まるごとが遺物の塊さ。

 そうさね……ざっと平民が伯爵位を買って、五代遊んで暮らせるだけの価値がある――と言えば、わかりやすいかい?」


「そいつぁ……」


 ちょっとした小規模星系ならまるごと買えてしまうほどの価値だろう。


「じゃあ、敵の目的は、この人工惑星を手に入れる事ってことで良いのか?」


「精査してみんとわからんがね。

 少なくともここから見える範囲だけでも、業突張りが欲を出してもおかしくはない価値はあるね」


 おギン婆の説明に、俺は腕組みして、シートにもたれかかる。


 敵の正体がわからないままだが、少なくともあの人工惑星の価値を正確に把握している者のようだ。


 と、なれば、宿場コロニーで捕縛したような海賊達が敵とは考えにくい。


 連中には、遺物を見つけても、売り捌くルートを持ち合わせていないはずなんだ。


 恐らくは海賊達を従えている者がいる。


 ――それも星間企業規模か、国家クラスの。


「――若、ドリームランドとの交信可能領域に入りました」


 エイトの報告に、俺は頷く。


「よし、上陸許可を求めろ。向こうは敵の襲撃で警戒してる可能性があるからな。

 クレアを救助した事を告げるのを忘れるな」


「了解です」


 そうして、俺達はドリームランドの反応を待つ。

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