第3話 5

 翌朝、わたしは早くに皇子様――ライル様に起こされて、森に隠れてるように言われたの。


 お名前で呼ぶのは、ライル様ご自身が、あまり皇子様って呼ばれたくないみたいだから。


 朝もやに煙る湖を前に、岸辺にたたずんだライル様は、黒髪を風に揺らしてレイガンを構えてる。


 わたし、ニーナに調べてもらったから知ってるの。


 あのレイガンは、銀河に本当なら七丁しか存在しない銘銃<虹閃ザ・レインボウ>の番外――幻の八丁目なんだって。


 茂みに身を隠すわたしの目が、まだ暗い西の空に光るものを見つける。


 それはだんだん大きくなって、宇宙船の形になった。


 五〇メートルクラスの――宇宙船としては小型ば部類に入るサイズの船。


 それは頭上までやってくると、船底の火器を動かして、ライル様を照準したわ。


『――小僧、探したぞ。小娘は何処だ?』


 乱暴な男の人の大きな声。


 わたしは怖くなって、頭を抱えたのだけど。


「ああ? まず名乗れよ、クズが……」


 ライル様は無造作にそう呟いて、レイガンを撃ったの。


 閃光が駆け抜けて、船体に大穴が空いたわ。


『おおおおおぉぉぉ――――ッ!?』


 ――爆発。


 火器としては小さな拳銃なのに、あんな威力があるなんて、さすが幻の銃だと思う。


 炎を上げながら、宇宙船は湖へと墜ちたわ。


 大きな波が、ライル様のすぐそばまで濡らして、ゆっくりと引いていく。


「そもそもてめえら、頭が高えんだよ。俺を見下ろすな!」


 静かに呟くライル様はカッコイイ。


 湖に半分沈んだ宇宙船の上部ハッチが開いて、ガラの悪い雰囲気のおじさん達がゾロゾロと這い出してくる。


「――てめえ! てめっ、やりやがったな!?

 俺の大事な船を――クソ、どうしてくれんだ!?」


 その足元に、ライル様は再度レイガンを放って。


「どうせ廃棄間近のオンボロ船だろうが?

 良いから名乗れよ。その格好、おまえら海賊かなにかか?」


 ――海賊!


 わたし知ってる!


 超光速航路ハイウェイとかで、客船なんかを襲って、お金を奪ったりする悪い人達。


 言われてみれば、あの人達は、アーカイブムービーで見た海賊さんみたいな――黒くてテカテカした宇宙服に、変なトゲトゲがついてて、みんな独特で奇抜な髪型をしてる。


「聞いて驚け! 俺達は<飛矢覇亜>団だぞ! 俺様は――」


 と、その足元に、ライル様はまたレイガンを撃ち込んだ。


「――知らねえ名前だな。まあ良い、おいゴミクズ、なんであの子を狙った?」


 銃口を向けられて、リーダーっぽいモヒカン頭の男の人は、両手を上げてぷるぷると首を振ったわ。


「し、知らねえ。本当だ。頭が捕まえて来いって!」


 モヒカンおじさんの言葉に、他のおじさん達もぶんぶんとうなずいた。


「ふむ……」


 ライル様は腕組みして押し黙る。


 きっと家臣のエイトさんと相談してるんだと思う。


 そんな中で、宇宙船の後の方の大型ハッチがゆっくりと――本当にゆっくりと開いていくのに、わたしは気づいた。


「――ライル様っ!」


 茂みから頭を出して、わたしは叫んだ。


「そこにいやがったかっ! マァックス! やっちまえ!」


 モヒカンおじさんが叫んだ途端、大型ハッチが内側から弾け飛んだ。


 中から五メートルほどの人型兵器――ユニバーサル・アームが飛び出してくる。


 重厚な着地音が響いて、砕けた石が周囲に撒き散らされる。


「小僧が! 調子に乗ったな!」


 モヒカンおじさんが、勝ち誇った笑みを浮かべて叫んで。


 赤銅色をしたユニバーサル・アームが、ライル様に大型ライフルを向けた。


 ――閃光。


「イヤァ――ッ!!」


 わたしは顔を覆って、思わずその場にへたりこんだ。


 あんなの、普通の人じゃ耐えられない。


 ジャックが壊された時の映像が脳裏を過ぎって、目尻から涙が溢れてる。


「――なん……だと?」


 けれど。


 聞こえてきたのは、モヒカンおじさんの驚愕の声で。


「……え?」


 わたしはゆっくりと顔をあげた。


「ハッハ――! 雑魚が! ゴミは帝国騎士を知らねえか!?」


 ライル様は――哂っていた。


 ユニバーサル・アームのライフルから放たれた光線は、ライル様の右手に握られていて、まるで太いロープのように、みるみる絡め取られていく。


「――帝国騎士に光学兵器は通用しない。バカがひとつ賢くなれたな!」


 ずるりと、光線は銃口からすべて引き抜かれて。


「返すぞ」


 と、ライル様は光線を両手で丸めて、湖上の宇宙船に無造作に放り投げた。


 本当に、すごくなんでもない事のように。


 モヒカンおじさんの足元に落ちた光の球は、宇宙船の装甲板を灼熱させた。


 そのまま宇宙船の内部に転がり落ちて――膨れ上がるように爆発する。


 宇宙船が中から吹き飛んで、上面に乗っていたおじさん達が吹き飛ばされた。


『――あ、アニキぃ!!』


 ユニバーサル・アームが野太い声で叫ぶ。


『て、てめぇ、よくもアニキ達を……』


 ユニバーサル・アームは再び銃口をライル様に向けて、何度も銃爪を引いたけど、光線は放たれない。


「――ハッ、無駄だ! もうエネルギーカートリッジは空なんだよ!」


 ライル様は鼻を鳴らして嘲笑う。


『チクショウがああぁぁぁぁ――――ッ!!』


 ユニバーサル・アームが怒鳴り声をあげて、ライフルを振り上げたわ。


 そして、それをライル様目がけて振り下ろす。


 けれど。


 ライル様は落ちてくるライフルを見据えたまま、レイガンを握る右手を掲げて。


「目覚めてもたらせ……」


 わたし知ってる!


 あれは現実を書き換えるコマンド


 ソーサル・リアクターを持つ、人属――ソーサロイドだけが使える事象干渉能力なんだよ!


 ――魔法ソーサル・テクニックを生で見るのは、わたし始めて!


 ライル様は胸の前で左手を握って。


 その手の甲で、菱形をした結晶が青く強く輝き始めた。


「――吼えろ! <漆黒の嵐ディープ・ストーム>ッ!!」


 それは夜を塗り込めたような闇色。


 紫電をまとって駆け抜けたのは、ユニバーサル・アームの上半身をほとんど抉るほどに太い黒の光閃だった。


「――マァーックスッ!!」


 モヒカンおじさんが、湖から上半身を出して叫んだ。


 上半身を丸く抉られたユニバーサル・アームがゆっくりと後ろに――湖の岸辺に倒れ込む。


 大きな飛沫があがった。


 すごく非常識な光景に、わたしも海賊のおじさんもなにも言えなくて、ぽかんと口を開けちゃってた。


 そんな中、ライル様はレイガンを腰のホルスターに戻すと、ゆっくりと倒れたユニバーサル・アームの下半身に登って。


「よーしよし、生きてるな? 海賊は報奨金が出るからな。

 下っ端でも、宿代くらいにはなるだろうから、なるべく殺したくねえんだ」


 と、剥き出しになった鞍房コクピットに腕を伸ばした。


 ハゲ頭の太っちょなおじさんが、ライル様に襟首を掴まれて引き上げられる。


 おじさんは目を回して白目を向いていたわ。


 ライル様は湖でバシャバシャともがいてる海賊のおじさん達を見回して。


「てめえらの切り札は、こうなったワケだが……」


 無造作にハゲおじさんが湖に放り投げられた。


 ドボンと、水飛沫が上がる。


 ……すごいすごい!


 わたし、アーカイブでずっとライル様の配信を見てたけど、お仕置きの時って、いつもカグラさんやスセリアさんが戦ってたから、ライル様がこんなに強いなんて知らなかったの!


 生身でユニバーサル・アームに勝っちゃうなんて!


「て、帝国騎士がなんでこんなトコに……」


 モヒカンおじさんが呻いて。


「おまえらの運が悪かったんだろうさ……」


 ライル様は肩を竦める。


「いや……」


 と、ライル様は不意にわたしを見て、手招き。


 わたしはそれに応じて、ライル様に駆け寄った。


 優しく抱き上げられる。


「この子の意思の強さが、おまえらを打ち破ったんだ」


「――ライル様っ!!」


 その言葉が嬉しくて、わたしは思わずライル様に抱きついたわ。


 わたしが――わたしでも、一矢報いることができた。


 それがたまらなく嬉しい。


「クレア、喜ぶのはまだ早いぞ」


 そんなわたしの頭を撫でて、ライル様は仰ったわ。


「おまえの星、俺が救ってやるからな」


 その言葉に。


 どうしようもなく涙が溢れてきて、わたしはライル様の肩に顔を埋めた。


 そんな時。


『若~、お迎えに上がりましたよ~』


 すっかり明けた早朝の空に、そんな声が響いて。


 涙を拭って見上げると、三隻の警備艇を引き連れた、<苦楽>の上陸艇の姿があった。


「おう、待ってたぞ。ちょうど良いタイミングだ」


 警備艇は牽引光線トラクタービームで海賊のおじさん達を回収して行き、ライル様とわたしは上陸艇に引き上げられる。


 艇内は配信で見たのと一緒の構造で。


 でも、みんながいつも座ってるシートの後が貨物室のようになっているのは、いまはじめて知ったわ。


 わたしはその一角に設けられたシートに降ろされて。


「――船はどうだ?」


 ライル様は操縦席のエイトさんに話しかける。


「ドクトルが徹夜で頑張ってくれましたので、いつでも」


 いつものようにメイド服を着込んだエイトさんは、操縦桿を巧みに操りながら、ライル様に応えた。


「ただ、これから寝るから、しばらくは起こすなって、ドクトルはご立腹です」


 エイトさんの言葉に、ライル様は苦笑。


「まあ、向こうに着くまでに起きてくれれば良いさ」


 窓の外の空では、ぐんぐん高度が上がって行ってる。


 惑星から出るのって、こんな光景なんだ。


 ドリームランドを出た時は、シャトルに窓なんてなかったから始めて見たわ。


 青い空がだんだん濃くなって行って、上を見上げると真っ暗な宇宙が見え始めてる。


「それでは、すぐに出港という事でよろしいですね?」


 エイトさんが訊ねると、ライル様はうなずいた。


「あのゴミ共は、大した情報を持ってねえみてえだしな。聴取は警備隊に任せて、俺達は直接殴り込みだ」


 そうして、ライル様はわたしに振り返る。


「案内を頼むな、クレア」


 優しくかけられたその言葉に、わたしは元気よくうなずく。


「――任せてくださいっ!」


 ……ニーナ、聞いて。


 わたし、ライル様に出会えたわ。


 困ってるお姫様は、素敵な皇子様に出会う運命って、本当だったのよ!


 きっとライル様なら、わたし達を助けてくれるはずよ。


 ――だから。


 だから、待っててね。ニーナ、みんな……





★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 ここまでが3話となります。

 

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