第3話 4

 クレアの『お願い』を聞き終えて。


「……どう思う?」


 オムライスを夢中で食べるクレアを横目で眺めながら、俺はエイトに訊ねる。


『――<大戦>期とその後の動乱期の混乱を考えれば、十分に有り得る話かと。

 遺産の所有権は、原則として発見者にあります』


「だが、それは知性体が存在しない場合だろう?」


『ですね。なので、エイトは不正があったと想像します。

 あるいは――不正をしてまで入手したいモノが、そこにあるのか……』


「ふむ……」


 俺は顎をさすって、再びクレアを見る。


「おいしい。おいしいよぅ!

 甘い味つけのご飯に、ケチャップの酸味がマッチしてて、そこに炒めた魚肉ウィンナーのチープな香ばしさ!

 この甘さはお砂糖だけじゃないね。

 ああ、タマネギを丁寧に炒めて甘みを出してるんだ。

 そこに刻みピーマンのほのかな苦味と、茹でて――ああ、これもバター煮込みにしてあるのね――火を通した人参!

 そして全体を包み込む卵のハーモニー!

 それらが口の中でパラパラとほどけて、極上の旨味を舌に届けてくれてるよぉ。

 一見するとチープなのに、手間暇がすごくかけられてて、すっごくおいしい……」


 すっげえ語るな……


『むむ、デキますね……』


 食レポには一家言あるエイトがうめくほどだ。


「そうか、うまいか」


 実はこのオムライス、前世の記憶が蘇ってから、俺がエイトに再現させたもののひとつなんだ。


 ふたりで悪ノリしまくって、安っぽい見た目でありながら、味は究極に美味いという謎なコンセプトを追求した一品だ。


 俺とエイトの共有レシピライブラリには、そういう謎レシピがたくさん登録してある。


 自慢の一品を絶賛されて、俺も悪い気がしない。


 クレアが食べ終わるのを待って、カップにオレンジジュースを注いでやり、俺は自分のカップのコーヒーをひと啜り。


「――ごちそうさまでした!」


 カップの中身を一息で飲み干し、クレアは丁寧に頭を下げた。


 俺はうなずき、クレアを見る。


「それじゃあ、改めて整理させてもらって良いか?」


「はい」


 先程聞いた、クレアの『お願い』の確認だ。


「まず、君が暮らしている人工惑星は、現在、何者かに狙われている」


 ――クレアが言うには。


 ある日、突然、惑星上に謎の艦隊がやって来たのだという。


 久々の来客だと喜んだクレア達、人工惑星――ドリームランドという名らしいが――の人々は、彼らを歓迎したらしい。


 だが、彼らは惑星の所有権を主張して攻撃を開始。


 ドリームランドの戦士達が応戦して、なんとか惑星からは追い出せたものの、敵はそれからも散発的にやって来ては、攻撃を仕掛けてくるのだという。


「なぜ、狙われているのか――そいつらはなにか言ってたか?」


 俺の問いに、クレアは悲しげな表情で首を振った。


「最初にあの人達を出迎えたジャックは――キャスト代表なんですけど、その時に壊されてしまって、なにを話したのかよくわからないんです。

 そのまますぐに戦いになって……

 あの人達がドリームランドを欲しがってるってことしか……」


 ジャックという人物は、クレアにとって大切な存在だったのだろう。


 クレアは膝の上で小さな拳を握り締めて、目に涙を浮かべていた。


 エイトがグローバルスフィアのアーカイブで調べたところ、ドリームランドというのは、<汎銀河大戦>終結後、動乱期に入るまでのわずかな期間に存在した、復興ブーム時に建造された人工惑星らしい。


 <大戦>期に熟成された様々な技術を、遊興娯楽に全振りして造られた、惑星規模のテーマパークらしい。


 ――三百年前に集結した<汎銀河大戦>。


 その争いの間、人類のテクノロジーはピークに達していたと言われていて、現在では再現不可能となっている技術も多い。


 その為、当時に造られた製品は<遺物アーティファクト>なんて呼ばれ方をする場合もあって、その筋の市場じゃ高値で取引されてたりもするんだ。


 とはいえ、広大な既知人類圏ノウンスペースにバラ撒かれた<遺物>は玉石混交。


 星系ごと破壊できるような凶悪な兵器もあれば、やたら高度な人工知能がついた、ただのペンなんていう謎製品まであったりする。


 ドリームランドも――建造は戦後らしいが――そういった遺失技術ロストテクノロジーを盛り込まれた<遺物>である可能性が高い。


 本来、<遺物>の所有権は原則として、第一発見者が有する事になるわけだが。


「この場合、先住してたクレア達に所有権があるよな?」


『…………』


 俺の問いに、エイトはしばし沈黙していたものの。


『――発見登録をしていない為、法的には所有者なしの扱いとなっているようですね』


 そこでクレア達を追い出し、あるいは滅ぼして、強引に所有権を主張しようって腹か。


 俺はため息をつく。


「あの……ダメ、でしょうか?」


 不安げに俺を見るクレア。


 この子は、そんな母星の窮状を救う為、宇宙に飛び出したのだという。


 アーカイブ配信されてる俺達の旅を見て、俺なら力になってくれると信じて。


『彼女の申告によれば、彼女は王族のようですからね。

 危機に瀕した民が、王族を逃がす為に若を探すという使命を与えた――幼い彼女についた方便とも取れますが……』


 だが、クレアは俺の元に辿り着いた。


 極小の確率の中、奇跡とも思える偶然を手繰り寄せたんだ。


 ――ご都合主義おやくそく


 この既知人類圏ノウンスペースを支配する法則のひとつだ。


 強固な意思が、運命を切り開く。


 こんな幼い少女が、命を賭けて助けを求めて来たんだ。


 それを断っては、男が廃るってもんだろう?


「……わかった。力を貸そう」


「ありがとうございます――あぃたっ!」


 俺の返事に、クレアは勢いよく頭を下げて、ローテーブルに頭をぶつけた。


 まだ出会って短い時間しか過ごしていないが、この幼女が何事に対しても全力で一生懸命なのが良くわかってきた。


 そんなクレアの性格は、前世のアイツを思い出させて……なんだろうなぁ、助けてやりたいって思ってしまうんだ。


「エイト。おギン婆を急がせてくれ。あと、ナナにも連絡して情報収集を頼む。

 みんなへの説明も任せた」


『了解です。

 そうそう、若。クレアちゃんを追っていた連中ですが、現在、大気圏内を航行してますよ。恐らくは捜索を継続しているのかと』


 しつけえな。


 そうまでしてクレアの身柄を押さえたいってことなのか?


『このまま行けば、翌朝には接触されるかと』


 エイトの分析に、俺は笑みを漏らす。


「ちょうど良いじゃねえか」


 あんなボロ船乗ってるくらいだから、追ってる連中は下っ端なんだろうが、なにかしらの情報は得られるだろう。


「俺はやられたら、やり返すって決めたんだ!」


 スターバイクを壊された恨み、きっちりと返してやる!

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