第3話 3
「――クソっ! 死ぬかと思った!」
俺は岸に這い上がると、水滴したたる前髪を掻き上げながら毒づいた。
ちょうど落着範囲に湖があって良かった。
『――さすが若です。騎士たるもの、そうでなくては。パチパチ』
「うるせえよ! 今どき生身で
エイトのヤツ、声はいつもの平坦だが、きっと顔はいやらしい薄ら笑いを浮かべてるはずだ。
長い付き合いだ。俺にはわかる。
バトルスーツは簡易宇宙服としても使われる、気密性の高い構造だから、頭以外は濡れていない。
ハーネスで背中に固定した幼女も、簡易宇宙服だから同様だ。
俺はハーネスの拘束を解いて、玉石だらけの岸辺に寝そべる。
「あ~、疲れた!」
超高高度からのパラシュートなしダイブだ。
重力緩和の
元々俺は父上の魔道の素質を、それほど強く引き継いでいないようで、魔法は得意じゃないんだ。
父上や兄上――第一皇子なら、きっと自身の身体を念動で飛ばしたり、重力の干渉を無効化したりもできるんだろう。
そこまでの才能を持ち合わせていない俺は、三つの魔法を同時喚起し、
<大戦>後の動乱期なんかは、帝国騎士は当たり前にように生身で大気圏突入作戦をやらかしてたそうだが、揚陸艇の数が充実したここ二十年じゃ、そんなマネした騎士はひとりも居ないはずだ。
……少なくとも公式記録上は。
論理的には可能なわけだから、訓練なんかでやってる可能性はあるが、正直、どんな脳筋訓練だよって思う。
「――で、迎えはどのくらいになる?」
『若もご存知のように、<
いまドクトルに頼んで揚陸艇のメンテを先行してもらってますが、早くても明日になるかと』
「……だろうなぁ。ちなみに周囲に人里は?」
この星は資源採掘惑星で、その作業のほとんどは機械化されているとはいえ、まったくの無人ということはないはずだろう?
『残念ながら、若が堕ちた地点から作業員の居留地までは三万キロほどの距離があります』
「だーっ、ツイてねえな!」
となると、明日までここに留まらないといけないわけか。
空を見ると、西の空がやや赤みを帯び始めている。
「わかった。とりあえず拠点造りを始めるか」
俺はため息を吐きながら立ち上がり、周囲を見回す。
こういう山林での活動自体は慣れてる。
俺の宮には、山も海もあったからな。
前世の感覚で考えるとスケールがでかい話だと思うのだが、皇宮は皇都主星最大の大陸すべてを用いて建てられている。
当然、皇子に割り当てられる宮もかなりの面積を誇っていて、宮内の移動にも乗り物を使うほどなんだ。
宮と本宮の移動には、
それでも俺の宮は、母上が質素倹約な人だったから他の宮より小さめで、前世でいうところのひとつの県くらいの大きさだった。
その広い土地に反して屋敷そのものは小さく――と言っても、前世の感覚なら十分に城レベルなんだが――、ほとんどが手つかずな大自然状態。
母上や家臣達に言わせれば、稽古にちょうど良いって事らしく、俺も師匠やカグさんと一緒に、子供の頃は山やら海やらで駆け回ってたよ。
そういうのも宮の外の使用人や兄弟達にとっては、皇子らしくないと不満に思われるトコなんだろうけどな。
湖の周りはうっそうとした森が広がっているが、湖畔は比較的開けていて、拠点を設置するにはちょうど良さそうだ。
俺は
左手の甲を掲げれば、青い輝きと共にプレハブサイズの住居が構築された。
『軟弱ですねえ。奥様ならそんなモノに頼ったりしませんでしたよ?』
「俺だって、ひとりだけなら面倒だから、そこらで野宿で過ごしてたよ」
からかってくるエイトに、俺は顔をしかめて、岸辺に寝かせた幼女に振り返った。
『おっと、これはうっかり』
エイトのやつ、あの子の事忘れてやがったな……
俺は幼女を抱えあげて、居住ユニットのドアを潜る。
ワンルーム構造のユニットの中には、家具もしっかり備え付けられていて、俺は幼女をベッドに寝かせると、自分はソファに腰掛けた。
「それでエイト、この子の事はなにかわかったか?」
グローバルスフィアを感覚として認識し、ごく稀な例外を除けば個人のローカルスフィアにすらアクセスできるエイトは、情報収集に長けている。
『ん~、それがこの子のローカルスフィアは強固なプロテクトが掛けられてて、エイトにもアクセスできないんですよねぇ』
おっと、どうやらこの子は例外の方だったらしい。
「そうなると、本人に訊くしかねえか」
ベッドの上の幼女は、鎮静剤が効いていて、すやすやと寝息を立てている。
「ま、とりあえずは飯か」
居住ユニットには、遭難時用の規定によって
『あ、エイト達の料理も、ちょうど来たところです。
あ~、さすがグラスウェーブ系列の宿ですね。お通しひとつとっても絶品!
――あ、カグラさん、このお刺身サイコーですよ?』
「てめえら、主の俺がこんな目に遭ってるのに、呑気に飯かよ!」
『だって、エイトちゃんの食レポは人気コーナーですから。
ぶっちゃけ若がやってる筋トレコーナーより、よっぽどバズってるんですからね。
――つまり~、お仕事ですよ、お仕事!』
「ぐぅ……」
そうなんだよ……なぜかアイツの食レポは、再生数跳ね上がるんだよな……
しかも各地の宿からオファーが来るレベルなんだ。
今回、ここの宿に決めたのも、そんなオファーがあったからだ。
俺はちょっぴりだけ悔しさを噛み締めながら、
子供が好きそうなモノと考えて、メニューはオムライスだ。
大人向けのふわとろ系じゃなく、しっかり火を通した卵生地で甘めのケチャップライスを包んだやつ。
「ん……いいにおい……」
その匂いに釣られたのか、幼女はそんな呟きをもらしてゆっくりと上体を起こした。
「よう、起きたか?」
俺がそう声をかけると、彼女は大きな金色の目をまん丸に見開いて、口をぽかんと空けた。
「お、おお皇子様だっ! ホントに皇子様! 夢じゃなかった!」
「俺の事知ってんのか?」
俺の問いかけに、幼女はもげるんじゃないかって勢いで、首を縦に振りたくった。
「いつも配信見てます! ああ、本当に良かった。これでみんなを助けられる……」
と、思うと、今度はグスグスと大粒の涙をこぼして泣き始めて。
『あ~、若、泣かした~』
うるせえ、黙ってろ。
「なんだ、どうした? 俺、なんかやっちまったか?」
「いいえ、ちが……ちがうんです。うれしくて。わたし、皇子様に会うために星を出てきたから……でも、ほんとに会えるなんて……
あのお話は本当だったんですね!」
「あのお話?」
俺は首を傾げる。
彼女は涙で濡れた目を嬉しそうな笑顔に変えて、俺を見上げた。
「はい! わたし、
お姫様が困ってたら、きっと素敵な王子様が助けに来てくれるって!」
なにかそういう物語を見たということだろうか?
彼女はベットから降りると、慣れた様子で簡易宇宙服のバイザースカートを摘み、宮廷式の礼を取る。
「――はじめまして、大銀河帝国第二皇子、ライル・ミト・サーノルド殿下。
わたしはクレア。
婚約者だったミランダより、よっぽどしっかりとしたカーテシー。
「本日は殿下に折り入ってお願いがあって参りました」
そう告げるクレアの表情は、幼女らしくない――強い決意を秘めたものだった。
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