若様、お姫様と出会う

第3話 1

 ――皇都主星を出奔して半年。


 俺達の旅は――なにかと各地が抱える、様々な騒動に巻き込まれまくってる事を除けば――概ね順調と言えた。


 観光地も巡れているし、名産品も美味い。


 騒動に巻き込まれるのは、まあ、皇宮を追放されたとはいえ、俺は第二皇子のままなわけだし、公務の一環と思えば我慢できない事もない。


 ――そう、概ねは順調なんだ。


「は~い、それじゃ宿場コロニー恒例、温泉回をはじめますよ~」


 エイトの抑揚のない声を無視しつつ、俺は浸かった温泉の温かさに吐息を漏らして、上を見上げる。


 硬化ガラスで覆われた天井からは満天の星空と、このコロニーが周回軌道を取る資源採掘惑星が月のように浮かんでいる。


 ルエンダ州を出港した俺達は今、隣のダンサーチ州との境にある宿場コロニーで補給中だった。


 父上に与えられたクルーザー級戦艦<苦楽ジョアス>は、テラ級ロジカル・ドライブを搭載した恒星間航行艦だ。


 恒星間転送路トランスファーゲート超光速航路ハイウェイを使わなくても、単独でテラ光年単位の超光速航行ができるのだが、船である以上は補給が必要となる。


 そんなわけで俺達は今、標準時で一週間振りになる陸で、羽根を伸ばしてるってわけだ。


 多くの宿場がそうであるように、このコロニーにも温泉が完備されている。


 前世の温泉街のような街並みが並び、宿泊している宿も何処か和風の作りだった。


 大きな石で組まれた露天風呂風浴室は、前世で学生時代に訪れた事のある温泉そのもの。


 宇宙に浮かぶコロニーで温泉というのも疑問に思うかもしれないが、コロニーの動力炉で水を温め、資源惑星で採取してきた鉱石の層を通過させている為、運営会社は『天然より天然な温泉』を謳っているんだ。


 そんな天然風温泉に浸かりながら、俺は今、必死にコロニーの天井を見上げている。


 ……なぜか。


「さあ、若~、いつまでそうしてるおつもりですか~?」


 と、頑なに上を見続ける俺の腕に、いつになく艶っぽい声でスーさんが抱きついてくる。


 耳にふっと吹きかけられた吐息は、わずかにアルコール臭がして。


「――カ、カグさん! スーさんに呑ませやがったな!?」


 腕に当たるふたつの弾力を意識しないようにして、俺は叫んだ。


「ハッハッハ! 風呂酒は宿場の楽しみのひとつでしょう?」


 俺のすぐ横の縁の上であぐらを搔いたカグさんは、剥き出しになった腿をペチペチ叩きながらカラカラと笑う。


 頼むからあぐらはやめてくれ。というか、せめてタオルで隠せよぅ……


「ホレ、若もおひとつ!」


 と、カグさんの宝物のひとつだという、赤漆塗りの盃が俺の顔の前に差し出される。


「いやいやいや、俺、まだ未成年だからな!?」


「なにを仰る! 我らが一族では十五で元服――成人ですぞ!」


 カグさんは東方領域の戦闘民族バンドーの出身だ。


 幼少期は俺の剣の師匠である父親と一緒に武者修行の旅をしていたらしいのだが、その師匠が母上に剣術指南としてスカウトされ、カグさんは俺の護衛として仕えるようになったんだ。


「ここは帝国だ! 帝国法では成人は十八からなの!」


 結婚できるのも十八からで、だからまだ十六の俺とミランダは婚約のままだったんだ。


「なんじゃみみっちい。法がなんですか。拙者など七つから親父殿の晩酌に付き合っていたというのに……」


「それ見てたから、俺は酒がイヤなの!」


 カグさんは酒好きのクセに、悪酔いする性質のようで、いつも呑んだ後は真っ青な顔してのたうち回るのだ。


 アルコール分解薬を飲めば良いのに、その悪酔いこそ酒の醍醐味とか言って、普段は頑なに飲まないんだ。


 ぶっちゃけドMのド変態だと思う。


「ねえ、若~? 呑まないのでしたら、わたくしが~」


 と、より胸を密着させたスーさんが、カグさんが差し出した盃の中身を煽る。


「ああ、もう……こっちはこっちで……」


 俺は手で顔を覆ってため息をつく。


 スーさんは絡み酒なんだ。しかも、エロい方面に。


 自分でも自覚があるのか、宴の席なんかでは呑まないんだが、決して酒自体がキライなワケじゃないようで、プライベートとなるとこうだ。


「いいよいいよ~」


 そしてエイトは球形の撮影ドローンを肩の上に浮かべながら、ざぶざぶと湯を漕いでこちらにやってくる。


 当然、ヤツもマッパだ。


 俺の直臣三人は、羞恥心ってのがないらしい。


 まあ、今、この露天風呂は貸し切りだ。


 撮影された映像も、配信時にはエイトが編集をかけて、謎の光線や不自然な湯気で、局部が見えないようになっているのだという。


 だが、俺は今現在、リアルにライブでその映像を見せられているわけで。


「なあ、温泉回がバズるのはわかるが、俺いるか?

 男の裸なんて、どこに需要があるんだよ?」


 俺の問いかけに、エイトは仁王立ちになって横ピース。


「わかってませんね。若。

 昨今では、妙齢のお姉様方や、オネエ様方の需要も軽視できないのです。

 若くらいの年齢の――青年と少年の間の青い果実というのは、その需要にベストマッチしているのですよ」


 相変わらず無表情なままだが、なんとなくドヤってる雰囲気がしてイラっとした。


「そもそも、なんです。

 皆さん、こないだまでは良く一緒にお風呂に入ってたじゃないですか」


「――機属アーティロイドの尺度で言うな!

 十年以上前のことだろ!?」


 三百年前に終結した、<汎銀河大戦>期の中期から生きているというエイトにとっては、十年なんてあっという間なのかもしれないが、俺にとっては十分に長い時間だ。


「そうそう、あの頃の若は可愛かったですよね~」


「あ、ちょっ! スーさん、股をまさぐるな!」


 スーさんの細い指先が、履いた水着の上から股を撫で回す。


「それが今じゃ、いっちょ前に隠すようになっちゃって……」


 不満げに頬を膨らませ、俺を睨むスーさん。


「そうそう、毛が生えてきた辺りから、拙者達と一緒に入るのを拒み始めたんでしたな!」


「あれはカグラが悪いと思うわ。赤飯を炊こうって、宮中に触れ回るんだもの」


「……もう、やめてくれ……」


 俺、もう泣きそうだ。


「そもそもエイトなんて、若のオシメを取り替えてたんですよ?

 皮の中さえ知っているエイトに、なにを隠す必要があります?

 そういえば若、もう剥けたんですか?」


「――おまえはもっと言葉を選べ!」


 というか、皮の中まで見られてたのか? 初耳だぞ!? いつ剥かれた!?


 俺が耐えかねて、エイトをド突こうと立ち上がった時だった。


 周囲を照らし出した照明が緊急事態を示す赤に変わり、警報がけたたましく鳴り響く。


「――なんだっ!?」


 と、慌てる俺の頭上に、大型のホロヴィジョンが出現。


『――緊急事態発生! 所属不明の暴走艇が本コロニーに急接近中!

 お客様は最寄りの避難ブースへとお急ぎください!』


 そんなアナウンスに、俺はエイトに視線を向けた。


「エイト、ふたりの酔いを覚ませ!」


「はい、若」


 エイトが腕の収納からアルコール分解錠を取り出し、カグさんスーさんに呑ませる。


 その瞬間だった。


 不意に天井が陰って、艦艇が猛スピードで駆け抜けた。


 衝撃にガラスが砕け散り、空気が吸い出される。


 気圧差によって一瞬で真っ白な霧が発生し、天井から逆さまの竜巻が立ち昇った。


 湯船のお湯が瞬く間に冷め、やがてシャーベット状になっていく。


「――エイトに掴まってください!」


 いつになく焦った様子の声でエイトが湯船っ縁の大岩に掴まりながら叫び、スーさんとカグさんがその太ももに掴まる。


 俺より小柄で細身に見えるエイトだが、機属アーティロイドである彼女は、俺より体重があるし、ユニバーサル・アーム並みの腕力もある。


「――若!」


 伸ばされた手に掴まり、よじ登るようにしてエイトの胴に掴まろうとして――俺の右手はヤツの胸を鷲掴みにしていた。


 ――誓って、狙ったわけじゃない。


 たまたまそこにあっただけだ。


 こんな状況で、そんな邪な気持ちを抱くわけがないだろう!


 しかも相手はエイトなんだから!


 俺はこの一瞬でありったけの意思を込めて、エイトに『わかるだろう?』と視線を向けた。


 空気が薄くなって来て、声が出ないんだ。


 エイトは俺の視線に気づき、確かにうなずいた。


 そして、にやりと笑って。


「――いやん、若のえっちぃ~」


 あろう事か、俺を突き飛ばしやがった!


 身体が宙に浮き、天井に向かって上昇を始める。


「――おまっ! ざけんな!」


 必死に叫んだが、それが届いたかどうか。


 ヤツはいつものように、拳で頭を打ち付け、片目をつむって舌を出して。


「うっかり~」


 そう言いやがったんだ。


「てめえ、覚えてろっ!」


 竜巻に巻き込まれ、俺の身体がコロニーの外に飛び出す。

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