第2話 4

 自分の宮に帰ると、いつものようにエイトが出迎えた。


 スライド式の気密ドアが閉まると、ソーンブルグ星系への移転準備で賑わう音が聞こえなくなる。


「――おかえりなさいませ、若」


 と、会釈するエイトにジャケットを脱いで預け、俺はリビングのソファに腰掛ける。


 すぐにエイトが量子転換万能調理器レプリケイターを稼働させて、コーヒーを用意してくれた。


 それを啜りながら。


「話は聞いてるな?」


 機属アーティロイドのエイトは、常に汎銀河ネットワーク――グローバルスフィアに接続している。


 当然、俺が追放された情報も掴んでいるんだ。


「はい。ご活躍だったようですね。エイトはライブで拝見しておりましたよ」


 ほらな。


 こいつ、性格的には問題だらけだが、機属アーティロイドとしてはかなり高性能なんだ。


 皇宮の独立したスフィアネットワークにさえ、容易に忍び込んで情報を集めてくる。


 実はオーランドとミランダの企みも、俺はエイトに知らされて、数日前にはしっかり押さえてたんだよ。


 だからこそ、それに乗って追放されようと企てた。


 父上はなんだかんだで、皇子時代からの妻だった母上の子である俺に甘いからな。


 きっちり追放されるためにも、大暴れを演じたってわけだ。


 ……まあ、ハメようとしてたのは知ってたが、ミランダがあそこまで俺を毛嫌いしてたってのは、想定外だったけどな。


 ――想定外といえば、だ。


「なあ、エイト」


「はい、なんでしょう?」


 俺のジャケットをクローゼットに収めながら、エイトは首だけ振り返って返事をする。


「――前世って信じる?」


 その言葉に、エイトはクローゼットを閉じて、手を打ち合わせる。


「ああ、若は今のローカルスフィアの状態に不安を感じてるのですね?」


 事もなさげにそう告げた。


「あ? なんだ? おまえ、なにか知ってるのか?」


 途端、エイトはでかい胸を張って、勝ち誇ったように鼻を鳴らす。


「エイトは万能メイド型機属です。当然、主の体調は常に把握しているのですよ」


 こいつ、抑揚のない声なのに、無駄にドヤ顔なのがイラっとするな。


 そんな俺の内心を察する事なく――いや、あえて無視している可能性もあるが――エイトは続けた。


「エイトが仕え始めた時にはもう、若のローカルスフィアには基底部に破損がありました」


 ローカルスフィアというのは、この世界を構築するネットワークシステム――グローバルスフィアの最小単位で、要するに個人の自我の事だ。


 ――魂とも言える。


 エイトが仕え始めた頃というから、俺が赤ん坊の頃にはもう、こいつは俺のローカルスフィアの異常に気づいてたって事だろう。


「――言えよ!」


「変に自覚すると、正常領域に影響を及ぼす恐れがあった為、陛下と奥様に他言を禁止されていたのです」


 てことは、父上も母上も知ってたって事か。


「で、基底部の破損ってなんだよ?」


「――いわゆる、前世記憶の混入ですね。

 非常に稀な事例ではありますが、既知人類圏ノウンスペースでは毎年数名は誕生しているという統計データがあります。

 その大半が無自覚のまま過ごすようですが、若のように思春期の折になにかしらの精神的ショックで記憶が修復される事もあるようですね」


 数十兆分の一の確率で、前世持ちがいるって事か。


「ただ、若のようにまったくの別世界からの転生というのは、前例がありませんが」


「――わかるのかっ!?」


「はい、今の若のローカルスフィアは、魂相が現在確認されているどの色相とも一致しませんので。

 今、三女神トリニティに確認したところ、恐らくは別の世界の魂によるものと結論付けられました」


 三女神トリニティというのは、現存する神――グローバルスフィアの運営・管理を司っている高次知性体だ。


 その彼女達がそう結論を出したということは、この記憶は俺の妄想なんかじゃなく、真実に前世だということなんだろう。


「それで、若はどういう世界に生きていたのです? 記憶が蘇ったのなら、教えて下さいよ。わくわく」


 抑揚のない平坦な声で、わくわくとか言うな。


「あ~っとだな……」


 そうして俺は前世の……とある男のつまらない人生をエイトに語って聞かせる。


 最後は後輩のバカ女にハメられて、それでもやり返してやろうとして命を落とした、本当につまらない男の人生を。


「――ゲラゲラ」


「おいっ! せめて同情するとかしろよ!」


 腹を抱えて笑う仕草を見せるエイトに、俺はツッコミを入れた。


「同情なんて、若は求めてないでしょう?

 というか、その記憶を思い出したのが、ミランダ嬢にハメられてる最中というのが、ツボです。

 一〇エイトポイントを進呈しますよ」


「いらねえよ! てか、なんだエイトポイントって!」


「一〇〇ポイント溜まると、エイトの特別スペシャルなご奉仕メニューが選べます」


「ぜってえロクでもねえメニューだろ、それ!」


 ほんと、こいつは性能はともかく、性格が破綻している。


 マジメに話して損した気分だ。


 俺は再びコーヒーを飲んで、一息つく。


「しかしなぁ……」


 前世を話したからか、改めて思う。


 そういうのが本当にあったら良いなって、幼馴染のアイツとも、いつも話し合ってたけどさ。


「こういうのって、普通、剣と魔法のファンタジー世界なんじゃねえの?」


「――万能科学と星の海の世界へようこそ!」


「うるせえよ!」


 そもそも記憶を思い出しただけで、生まれてからずっとこの世界で生きてきたわ!


「でも、魔法はありますよ?」


「万能科学でそう名付けられただけのモノだがな!」


「騎士も剣で戦ってます」


「ミサイルやレーザーより破壊力がある剣撃って、俺の前世の記憶じゃ、ありえねえからな!」


「おや、ずいぶんと若の前世の人間達は貧弱だったのですね」


「いや、騎士基準で考えるな!

 帝国騎士の戦闘力って、既知人類圏ノウンスペースでも異常だってわかってて言ってるだろ!」


 俺のツッコミに、エイトは不意に押し黙り、それからコツンと頭を叩く。


「うっかり~」


 片目をつむって舌を出す、いつものポーズだ。


「うっかりじゃねえよ! おまえ、それ気に入ってるみたいだけど、可愛くねえからな!?」


「乙女を貶す行為はダメダメです。

 マイナス二〇エイトポイントです」


「持ち点マイナスになってるじゃねえか!」


「マイナス一〇〇ポイントになったら、エイトがすっごい事しちゃいます」


 と、投げキッスしてくるエイトに、俺は身構える。


「――怖えよ! ナニされんだよ、俺!」


 叫んで、エイトから距離を取ろうとしたところで、室内にインターホンの軽快な音が鳴り響いた。


「――おや、スセリアさんとカグラさんですね」


 この宮の環境コントロールスフィアと直結しているエイトは、来客が誰かをすぐに把握したようだ。


「ああ、俺が呼んでたんだ。通してくれ」


 今後の行動を話し合おうと思ってたんだよ。


「はい」


 ドアが自動でスライドして、俺の直臣のふたりが入室して来る。


「――若っ! ついにやりましたな!」


 赤毛のポニーテイルを揺らして、カグさんは興奮気味に俺のそばまでやって来る。


「ソーンブルグへの封領、お祝い申し上げますわ」


 カグさんの後に続いたスーさんは、いつものおっとり口調ながら、浮かべた柔らかい笑みはわずかに紅潮していて、カグさん同様に喜んでくれているのがわかる。


 この場にいる三人は、俺が幼い頃から付き従ってくれているから、俺がどれだけ自由になりたかったかを良く知ってるんだ。


「父はすでに宇宙港に上がり、移民船<人生>の用意を始めておりますわ。

 サーノルド本国からも、早くも移民希望者の問い合わせが引っ切り無しとか」


 スーさんの父は、筆頭家臣のケイタルだ。


 パっと見、典型的なサーノルド人――いわゆる脳筋に見えるのだが、ああ見えて実は頭脳派で、政治面で俺をよく補佐してくれている。


 今頃ケイタルは、移民船の居住割当てなんかで、ウチの家臣団やその家族を取り仕切っている事だろう。


「希望者は可能な限り、受け入れてやってくれ。

 開拓が始まったばかりの星系だからな。人手は多ければ多いほど良い」


「では、<人生>は本国経由でソーンブルグに向かうよう、父に伝えておきますね」


「ああ、頼む」


 スーさんはうなずき、ケイタルにメッセージを送ったようだった。


「さて、若――」


 と、カグさんは神妙な顔で、俺に詰め寄る。


「此度の件で、若は婚約者の居ない独り身となってしまいました」


「ああ、そうだな。しばらく女は良いかな」


 これから開拓で忙しくなるし。


「――なにをおっしゃいますかっ!

 若は一国一城の主となられる身ですぞ!

 さすれば一刻も早く世継ぎをこしらえ、我ら家臣団を安心させるべきでしょう!?」


「は!?」


「皇宮で暮らすただの皇子ならば、拙者もここまで申しません!

 ですがいまや若は星系を治める主――王なのです!

 ならば、世継ぎは必須でしょう!」


「え、ええぇ……」


 カグさんってこういうトコあるよな。


 思い込むと一直線というか……


 助けを求めるように、スーさんとエイトに視線を彷徨わせると。


「わたくしもカグラの意見に同意します」


 と、頬に手を当てて、おっとりとスーさん。


「――なんなら、この中から選んでも良いんですよ?」


 と、抑揚の無い声で、を作ってアピールしてくるエイト。


「ふっ、ふざけんな! おまえらをそんな目で見れるかよ!」


「――そんな若に、陛下からご連絡です」


 エイトはそう言って、ホロウィンドウを開いて俺に向ける。


「や、ライル。さっきぶり」


 酒でも呑んだのか、ホロウィンドウの中の父上はやや顔を赤らめていた。


「エイトから話は聞かせてもらったけどね、おまえ、嫁取りを嫌がってるんだって?」


「――――ッ!?」


 エイトを睨むと、ヤツは視線をそらして、わざわざ口笛を吹けてないフリを始めやがった。


「ダメだよぉ。自由は与えてあげるけどさ、嫁取りと子作りはおまえの義務だ。

 皇帝にならないとしても、ミト・サーノルド王室として、おまえの血筋は遺さないといけないんだからね」


「で、ですが、今すぐでなくても――」


「ダ~メ。これは皇帝命令だ」


「ぐぅっ……」


「そうだなぁ。ライル。おまえに<苦楽>を与えるから、ソーンブルグまで旅をしてみなさい」


 移民船とは別に移動しろってことか?


「ソーンブルグに辿り着くまでに嫁を見つけられれば良し。

 見つけられなければ、マイナス五〇皇帝ポイントだ」


 父上がエイトみたいな事言いだした……


「マイナス一〇〇ポイントになったら、陛下がすっごい事しちゃいます……」


 エイトがボソリと呟いて。


 こいつら、絶対に裏で話し合ってたろ……


 ……だが、旅か。


 主星の外を知らない俺は、ずっと外の世界に憧れてきた。


 それを見られるのは、良いかもしれないな。


「わかりました。お言葉に従います」


「うん、良い子だ。三〇皇帝ポイントをあげよう!」


 満足気にうなずく父上。


「ちなみに一〇〇ポイント溜まると皇帝になれます。若、今の加算でトップに立ちました」


「――そんなんで皇帝を決めんなっ!」


 だが、家臣三人と父上は俺の叫びなんて無視して、嫁取り旅の計画を練り始める。


 ちくしょう。


 嫁なんて、絶対に取らねえからな。


 俺はあくまで物見遊山で諸国漫遊してやるんだ。


 航路図を表示して、楽しげに話し合う四人を尻目に、俺は固く決意した。





 こうして俺の嫁取りの旅が決まったわけだが……

 まさかこれが帝国全土を巻き込む大騒動になるとは、この時の俺は思いもしてなかったんだよ……ホントに。




★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 ここまでが2話となります。


 面白いと思って頂けましたら、励みになりますので、フォローや★をお願い致します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る