若様、皇宮を追放される
第2話 1
「――私、ライル殿下に襲われました!」
すべての始まりは、その一言が原因だった。
銀河皇帝である父上も臨席する迎春の夜会で、その言葉を放ったのは、俺の婚約者のミランダ・オルディアだ。
広いパーティホールに響き渡った彼女の声に、居合わせた諸侯みんなが注目する中、彼女は舞台女優さながらの大袈裟な動作で、彼女の肩を抱く俺の弟――第三皇子のオーランドの胸に顔を埋める。
「――ナニ!? ソレハホントウカっ!?」
……おい、オーランドよ。なんだその棒読みは。
演技するなら、ちょっとは練習してこいよ。
そんなだから、おまえの元にはアホしか集まらねえんだぞ……
そのアホの中に、自分の婚約者が含まれてしまった事に、思わず俺は自嘲する。
「ライル殿下が婦女暴行だとっ!?」
「そういえば第二皇子の立場を利用して、普段から女遊びが激しいと聞いていたが――」
演技に関しては、オーランドの取り巻きの方が上手いな。
根も葉もない噂をまるで事実のように、この場で煽り立てて、諸侯らに浸透させていく。
ざわつく会場に、オーランドは勝ち誇った笑みを浮かべて俺を見据えてくる。
その粘つくような目は、きっと俺の婚約者を奪ってやったとか、そんな下衆な事を考えているんだろう。
「ライル、どういう事か説明してもらおうか!?」
いや、それ以前にだな。
「こっちこそ、説明を求めたいんだが……
なんでおまえ、俺の婚約者と抱き合っちゃってたりしてんの?」
帝国皇子として、なるべく侮られないよう笑顔を崩さず、俺はそう訊ねる。
「そ、それは! 私が彼女を守ると決めたからだ!」
「はあ?」
おっと、思わず皇子らしくない声を出しちまった。
「――要するに浮気って事か?」
「違います! 私、ライル殿下にひどい事されて――それでもう、ムリだって……
そんな私を救ってくださったのが、オーランド様だったのです!」
ミランダはオーランドの腕に抱かれながら、まるで仇でも見るような目を俺を睨む。
「いや、俺が襲ったって、そもそもいつの事だよ」
人付き合いが苦手な俺は、自分の宮に籠もりっきりで、滅多に外にでることはない。
最後にミランダと会ったのも、標準時で半年ほど前の事だ。
「あんな事をしておいてとぼけるだけじゃなく――それを私自身に語らせようというのっ!?」
顔を真っ赤に怒らせて、涙まで流すミランダの姿は、居合わせた諸侯らには本当に被害者に見えたのだろう。
囁き声のほとんどが、俺を非難するものになっている。
元々、皇宮での俺の評判はよくない。
側妃だった母上は、サーノルド王国の王妹ではあったが庶子の生まれで。
武芸に秀でていたから、父上の近衛に取り立てられ、そこから父上と愛を育んで側妃となって俺を身籠ったワケなんだが、他の妃達にはそれが気に食わなかったらしい。
幼い頃から陰口やら嫌がらせをされまくり、それは母上が亡くなってからはさらに過激になった。
当然、兄弟――他の皇子達も俺には良い印象を持っていない。
そしてそんな兄弟達を神輿に担ぐ、諸侯達も同様だ。
だから俺は、ずっと皇宮の片隅で、目立たないよう息をひそめるようにして生きてきたんだ。
ミランダの実家のオルディア家は、父上の寵姫だった母上の子である俺に賭けたようだが、ミランダ本人はどうやら、そんな俺を見限ったらしい。
「――陛下! どうかライル殿下に裁きを! こんな紛い物に皇子を名乗らせているのが、そもそもの間違いなのです!」
……そんな風に思ってたのか。
政略目的での婚約なのはわかっていたつもりだが、そこまで毛嫌いされていたとは思わなかった。
……ああ、もう良いかな。
なにもかもがバカバカしくなってきて、俺は深い溜息をつく。
――また、俺はこうなるのか……
そんな風に思った瞬間――
――つまらない生き方をしてしまったと、いまさらながらにそう思う。
きっかけは十七の時、仲のよかった幼馴染が亡くなった事だろうか。
病弱で、ずっと入院生活を送っていた彼女は、けれど、闘病虚しく帰らぬ人となった。
……好き、だったんだと思う。
家が隣同士で、小学校に上がる前に出会ってからは、なにをするにも一緒で。
彼女が入院してからは、彼女の病室を訪れるのが日課になった。
本が、物語が好きだと、よく言っていた。
――ここではないどこかへ、連れて行ってくれる気がするから。
それを聞いた日から、俺は見舞いに行く前に本屋に寄るのが日課になった。
彼女が好きそうなタイトルを毎日探し、小遣いの日にはまとめて買って病室に持ち込む。
互いに読んだ本の感想を言い合う時は、すごく楽しかった。
彼女がWeb小説にハマると、俺も彼女に紹介されたタイトルを読んだし、やっぱり感想を言い合うのは楽しかった。
俺と彼女の感想はいつも真逆で。
だから、それが逆に楽しいと思えたんだ。
きっと彼女も――俺と同じ気持ちでいてくれている。
互いに言葉には出さないだけで、きっとそうだと俺は思っていた。
……けれど。
そんな彼女が亡くなった。
最後の言葉は、最後に読んでいた本の感想で。
俺の手を握って、『ああ、楽しいね……』と。
それであっさりと、ひどく満足そうに息を引き取ったんだ。
……同じ気持ちだと思っていた。
だから、俺は最後に想いを告げたし、彼女も返してくれると思っていたんだ。
けれど、彼女の応えは本の感想で。
それからの俺は、なにもかもがどうでも良くなってしまった。
両親に言われるがままに大学に進み、卒業してからは、やはり親に勧められた企業に就職した。
働いている時だけは、彼女の事を忘れられる気がして、俺はどんどんと仕事にのめり込んでいって。
自宅と会社を往復し、ただ生きているだけの日々。
そんな生活を続けて、四年経った頃だろうか。
後輩女子に告白された俺は、そんな気になれずに断った。
大学の頃にも、何度か女子に付き合いを求められた事があって、だから後輩への断り文句は同じものを使った。
「――忘れられない子がいるから」
大学時代の女子達は、それで諦めてくれたのだ。
だが、後輩女子は違っていた。
――手に入らないならいっそ……
彼女はそう考えるタイプだったらしい。
社内にありもしないデマが吹聴され始めたのは、告白から一週間ほど経った頃だったか。
俺が彼女にしつこく迫っている――というところから始まり。
やがて噂は、俺が彼女に暴力を振るったというところまでエスカレートした。
ご丁寧に包帯を巻いて出社する彼女だったから、噂の信憑性は高まり、気づいたら俺は上司に呼び出されて真偽を問い質されていた。
どれほど無実を訴えても――人付き合いを避けてきたのが、ここに来て祟った。
上司は彼女の味方であり――なまじ結果だけは出していた俺は、彼にとって目の上のたんこぶだったようだ。
謹慎を命じられた俺は、失意のままに家を目指し。
「――せ~んぱいっ!」
駅で電車を待っていると、あの女が背後から声をかけてきた。
優しげな微笑みを浮かべ、両手を広げた彼女は。
「わたし~、本当に傷ついたんですよぉ? でもぉ、今謝ってくれるなら赦して付き合ってあげます~。
――どうです~? わたしって優しいですよねぇ? せ~んぱいっ!」
そう言って、俺に抱きついて来て。
……ああ、もう良いかな?
きっと疲れていたんだろう。
ずっとずっと胸の奥に穴が空いたような気持ちだった。
これを終わらせるついでに――この女に少しくらいなら、やり返したって良いよな?
幼馴染のあの子は――病弱なクセにひどく負けず嫌いで。
イヤなことをされたら、絶対にきっちりやり返すヤツだったっけ。
――だから。
俺は身をよじって彼女を振りほどき、ホームの床を蹴る。
彼女はこちらに手を伸ばして。
――ホームに電車がやって来て。
周囲からは、まるで彼女が俺を突き飛ばしたように見えたはずだ。
「――ざまあみろ……」
耳をつんざく警笛音が、俺が最後に聞いた音だった。
突然、湧き上がったひとりの男の記憶に――俺は思わず苦笑する。
この記憶がなんなのかは、アイツと一緒に読み漁ってたから、すぐにわかった。
――ああ、俺、転生しても女にハメられてんのか……
言いようのない怒りに、俺は拳を握り締める。
ああ、そうだ。
どうせなら、やり返してスッキリしちまおう。
やられたらやり返す。やり返されたくないなら、誰かをハメるなんてしなければ良いんだ。
俺は前髪を掻き上げて、段上の父上に訴えを続けているミランダとオーランドを見据えた。
「俺をハメようっていうなら、もうちょっとうまくやれよ。無能ども……」
そうして、俺はふたりに向けて足を踏み出す。
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