第1話 2
重レーザーが空を白に染め上げて州総督府に大穴を空けるのと、いつの間にか放たれた剣閃が、そのビルを斜めに斬り裂いたのはほぼ同時。
すごい砂煙と炎が街を照らし出して、そんな中、路地から戦車やパワードスーツ姿の兵隊さん達が次々と現れた。
わたしはチラリと机に置いた時計を見る。
配信開始から四十分。
そろそろ大詰めというところ。
崩壊した州総督府から、大きな影が飛び出した。
『――クソが! またゴミクズどものテロか!?
ワシの城を破壊した事は褒めてやる! どうせ税でいくらでも建て直しが効くものだがな!』
影は五メートルほどの寸胴短足な甲冑――兵騎とかユニバーサル・アームとか呼ばれる人型兵器で。
それは空に浮かんで、州総督のおじいさんの声で口汚く罵った。
『さあ、テロリストのゴミ虫め! どこに居る!
よもや皇帝陛下より賜りしロジカル・アーム、<
「あ、ロジカル・アームだったんだ」
おじいさんの言葉に、わたしは驚く。
ロジカル・アームというのは、ユニバーサル・アームの上位騎の事なのよね。
確か騎体単独での超光速戦闘を可能な騎種がそう呼ばれるって、テキストで読んだ。
『おーおー、たかが総督用の量産型でイキりやがって……』
と、街の上空に大型のホロウィンドウが開いて、皇子様の顔が映し出された。
『――貴様が首魁か! ええい、者共、かかれぃっ!』
おじいさんの号令で、戦車やパワードスーツが一斉に皇子様達に攻撃を始めた。
砲弾が建物を砕いても、州総督のおじいさんはおかまいなしだ。
対するスセリアさんの砲撃は的確に戦車を撃ち抜き、カグラさんはパワードスーツだけを斬り裂いて、中の兵隊さんを昏倒させていく。
『――ユニバーサル・アームも出せっ!』
州総督の言葉に応じて、いまだに煙をあげる州総督府から十数騎の人型兵器が飛び出してくる。
けれど。
『――遅えっ!』
皇子様が頭上に右手を掲げて。
『精密射、てぇ――っ!』
光の柱が空から降り注ぎ、ユニバーサル・アームの頭部が撃ち抜かれた。
『な、なあぁ――ッ!?』
不意に辺りが陰って、上空にクルーザー級――五十メートルほどの戦闘艦が姿を現す。
「――見て、見て、ニーナ! <苦楽>よっ!」
わたしのテンションが跳ね上がる。
皇子様が旅に使ってる戦闘艦!
漆黒の装甲に鮮やかな紅紫のラインがかっこいいのっ!
公開されてる資料だと、<汎銀河大戦>期に建造された艦なんだって!
「そろそろ大詰めですね」
ニーナの言葉にわたしはうなずく。
配信開始から四十三分。
『――貴っ様ああぁぁぁ――ッ!!』
州総督が怒号をあげて剣を抜き放ち、皇子様に迫った。
『――させませんわ』
スセリアさんの砲撃。
重レーザーが<
『――鍛錬が足らんな』
そうカグラさんが告げて、静かに太刀を収める。
途端、戦艦の砲撃にすら耐えるはずのロジカル・アームの装甲は、細切れになって崩れ落ちて、中のおじいさんは突撃の勢いそのままに、地面に叩きつけられて転がった。
その太っちょなお腹に、皇子様は足を乗せてニヤリと笑う。
『――はじめましてだ、ルエンダ州総督』
『ぐ、ぐぬっ!? 貴様、その汚い足をどけろ! ワシを誰だと思っとる!?』
身じろぎするおじいさんに取り合わず、皇子様はスセリアさんとカグラさんに視線を向ける。
『……頃合いだな』
その皇子様の言葉に、ふたりは皇子様の左右にやってくる。
街の上空にいくつものホロウィンドウが出現して、州総督のおじいさんを踏みつけにした皇子様が映し出された。
『――控えおろうっ!』
カグラさんがよく通る声で叫んだ。
『その方ら、こちらに御わす御方をどなたと心得る!』
スセリアさんが、周囲の兵隊さん達に睨みを効かせる。
皇子様はゆっくりと左手を――蒼い菱形の結晶のある甲を掲げた。
『――この紋章が、目に入らねえかッ!』
皇子様の一喝が響き渡る、
途端、その結晶から虹色が輝きが放たれて、彗星に剣をあしらった紋章が宙に投影された。
「キター――――ッ!!」
わたしのテンションは最高潮!
それは四十五分のお約束!
『そ、その紋章は……』
お腹を踏まれたまま、州総督のおじいさんが呻いた。
『この御方こそ、大銀河帝国第二皇子、ライル・ミト・サーノルド殿下にあらせられるぞ!』
『頭が高い! 控えおろう!』
お供のふたりの一喝に、まるで波のように、その場に居合わせた兵隊さんが跪いていく。
ライル殿下は踏みつけにした州総督を見下ろして。
『おまえの悪事はしっかりと全世界配信してやった。
すぐにでも皇都から監査団がやってくるだろうさ』
それはそれは楽しそうに、ライル殿下は告げる。
周囲の兵を見回して。
『皇子権限をもって、州総督は現時点より地位剥奪! 議会も同様だ! ただちに拘束!
また、州総督に賄賂を送っていたH‐Goカンパニーも営業活動の停止! 全役員を拘束して、取り調べだ!』
『――者共、殿下のご下命である! ただちに取りかかれ!』
カグラさんの指示に、兵隊さん達が立ち上がって、街に散っていく。
『終わりだ……皇室に目を付けられてしまった……ワシはもう……』
州総督のおじいさんも、兵隊さんに拘束されて、真っ青な顔でブツブツと呟きながら、引っ立てられて行った。
『さて……』
ライル殿下は、空を見上げる。
『――ルエンダ州の民達よ。これまでの州総督の専横による、みなの苦労、このライル――ひいては皇帝陛下の不徳の致すところだ。
誠に申し訳なく思う……』
ライル殿下は、民に頭を下げてそう告げた。
『ついてはこの不始末の落とし所として、州の復興が叶うまでの減税と、皇室からの経済支援を俺が約束する!』
その宣言に――
街のあちこちから、人が姿を現して、歓声をあげた。
殿下の名を呼ぶ声が――活気に満ち溢れた声が、あれほど閑散としていた街に響き渡った。
映像が引きになって、人々の笑顔で溢れる街並みを映し出す。
みんな、すごく良い笑顔で。
見ているこっちまで嬉しくなっちゃう。
『――こうして、ライル殿下はルエンダ州を悪徳総督から解放し、次の旅へと繰り出すのでありました……』
エイトさんの抑揚のない声でそう締めくくられ、アーカイブ配信は終了となった。
「ふぅ……」
すっかり冷めきったお茶をひと飲み。
わたしは背もたれにもたれかかって、ため息をつく。
「……ねえ、ニーナ」
「はい、姫様」
すぐそばに控えるニーナは、静かに会釈で応える。
「わたし、やっぱりライル殿下を頼るのが一番だと思うの」
ずっとみんなで話し合って来たけれど、もうそれ以外に方法がないと思う。
「ですが、わたくし達は外には出られません」
「わかってる。だから……だからね?」
本当は怖い。
かなり分の悪い賭けになるのもわかってる。
でも、このままじゃ、わたし達は終わりなんだもの。
「わたしがライル殿下をお呼びしに行くの!」
「――姫様……」
ニーナは沈痛な面持ちで首を振る。
「大丈夫よ。ニーナも知ってるでしょう? わたし、運だけは良いんだから!」
わたしは涙を浮かべるニーナを抱きしめて、優しく告げる。
「きっと無事に帰ってくるから、そんな顔しないで……」
「ですが、姫様ぁ……」
取りすがってくるニーナに、わたしは微笑みを向けて。
「きっとライル殿下なら、わたし達を助けてくれるわ……」
そう口に出せば、わたしの決意は固まった。
ニーナも涙を拭って頷いてくれて。
「船の用意させます。出発は明日――姫様はゆっくりとお休みください」
「お願いね」
部屋を出ていくニーナにそう告げて、わたしはベッドに潜り込む。
「明日……」
怖いけれど。
同時に、少しわくわくしてる自分がいる。
「どうか無事に殿下に出会えますように……」
そう祈って。
わたしは目を閉じて眠りに就いた。
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