スペース若様 星海日記 ~転生しても女にハメられた俺に、嫁取りしろって無茶いうなッ!~

前森コウセイ

第1部 機械の星のお姫様

若様の旅模様

第1話 1

「――姫様、そろそろお時間ですよ」


 夕ご飯を食べて、お風呂に入って。


 自分のお部屋でいつものようにお勉強をしていたら、少しだけウトウトしちゃってて。


 そんなところに、メイドのニーナがお部屋にやってきて、そう教えてくれた。


「あ、そうだった!」


 わたしは眠気を振り払って、机の上にホロウィンドウを投影する。


 重厚なBGMと共に、『帝国皇子旅日誌』というタイトルがドン。


 グローバルスフィアに不定期配信されている、アーカイブ動画のひとつで、今、わたしの中で一番のお気に入りコンテンツ。


 陰謀で皇都を追われた皇子様が、頼りになる家臣達と一緒に諸国を巡り、民衆の色々な悩みを解決していくの!


 背後でニーナがお茶の用意をしてくれている音を聞きながら、わたしはホロウィンドウに食い入ったわ。


『――ルエンダ州の官僚からのメールを受け取ったライル皇子一行。

 それによれば、どうやら州総督は不正を行っているようなのです』


 いつもの抑揚のない女声によるナレーション。


 皇子様の家臣のひとり、メイド型機属アーティロイドのエイトさんの声。


「ニーナ、ニーナ! 今日はお仕置きがある回みたい!」


 興奮気味にわたしが言うと、ニーナは微笑んでわたしの前にカップを置いたわ。


 お仕置きは毎回あるわけじゃないのよね。


 回によっては、観光地を巡ったり、美味しそうな名産品を紹介するだけの回もあるの。


「姫様は本当に、このコンテンツがお好きですねぇ」


「ええ! 大好きっ!」


 この地を出た事のないわたしにとって、外を――いろんな土地を知れるこのコンテンツは、いまや最大の娯楽だわ。


 ニーナが淹れてくれたお茶を楽しみながら、わたしの目はホロウィンドウに釘付け。


 皇子様は、いつものように星間運輸会社のドラ息子を名乗って、ルエンダ州の州都星に潜り込む。


 州都星はひどい有様だったわ。


 総督と結託した企業が都星経済を独占しちゃってるの。


 民衆は、その企業以外に働く場所がないから、低賃金長時間労働でまるで奴隷みたいな扱い。


 総督が課している税金もわたしが勉強して覚えた、大銀河帝国の平均税率の倍以上。


 宇宙港を総督が抑えちゃってるから、民は逃げ出す事もできないの。


『……ひどいですね……』


 ホロウィンドウの中で、街の様子を見た青髪青目の女の人が顔をしかめながら呟く。


 秘書さんみたいな出で立ちで、背中まである緩いウェーブの髪をした女性。


 皇子様のお供のひとり、スセリアさんだ。


 彼女が漏らしたように、ホロウィンドウに投影された街並みは、ひどいものだった。


 ヒビ割れて放置された道路。


 落書きがされまくったシャッター商店街。


 街灯は漏れなく割られていて、それでいながら街頭カメラだけはピカピカの真新しいものが設置されてる。


 人通りは少なく、わずかに居る通行人も、ボロボロの格好でひどくくたびれた顔でフラフラと歩いてる。


『この街並みだけで、ここの州総督がいかに腐っているかが伺えますな』


 そう皇子様に同意を求めたのは、燃えるような赤毛をアップテールに紐で結わえた、赤目の女の人。


 もうひとりの皇子様のお供で、荒ごと担当のカグラさんだ。


 薄桃色の着物に紺袴履きの彼女は、腰に佩いた太刀の柄に手を駆けて、苦々しげに上に視線を向けた。


 その視線の先にあるのは、空高くそびえる州総督府。


『――外道め。民を苦しめ、私服を肥やすなど、為政者の風上にもおけん』


 生真面目なカグラさんには、この星の有り様が赦せなかったみたい。


 今にも太刀を抜き放ちそうな剣幕のカグラさんに、皇子様は苦笑。


『まあ待て、カグさん。今、エイトがこの星のユニバーサルスフィアで情報収集していてだな……』


 皇子様が黒髪の頭を掻きながらそう言うと、カグラさんは渋々という感じで柄から手を離す。


『で、どうなんだ? エイト』


 と、皇子様が声をかけたのは、それまで背後で目を瞑って沈黙していたメイド型機属アーティロイドのエイトさんで。


 肩口で切り揃えた茶色髪を揺らしたエイトさんは、碧の目を見開いてうなずいた。


『見つけました。ライブ表示します』


 皇子様の前に、ホロウィンドウが開く。





 映し出されたのは、高価そうな調度品があちこちに並べられたお部屋で。


 ふたりの男の人が、ソファに腰掛けて談笑していた。


 ふたりとも着ているスーツが可哀想なくらいのふとっちょで、首とアゴの境目がわからないくらい。


 街の人はやせ細ってたのに、どうしたらこんなに太れるんだろう。


『――閣下、先日の労働基準条例の改正、誠に感謝しております』


 ハゲのおじさんが揉み手しながら、対面に座る白髪のおじいさんに告げる。


『グフフ、アレくらいなんでもない。議会はすでにワシの一族で抑えてあるからな!』


『お陰様で、生産率が二割も向上しました。それでですな、閣下。増えた商品をより多く売りさばくために、本日はお願いに上がった次第でして』


 そう言いながら、ハゲのおじさんはローテーブルの上に包みを置いた。


『閣下の好物もこうして用意して参りました』


 フタを開くと、箱いっぱいにモナカが詰まっていて。


『おお、ワシはこれに目が無くてな!』


 閣下と呼ばれたおじいさんは、それをひとつつまみ上げてふたつに割る。


 そこから現れるのは、希少結晶をチップにして埋め込んだ透明なコイン――クレジットチップで。


 勉強したから、わたし知ってる。


 今はデータクレジットでの取引が主流だけど、大きな取引をする時には実物のチップを使うんだよね。


 実体信用がどうとか、テキストに書いてたっけ。


 おじいさんが摘んでるのは、赤いチップだから一個で百万エン。


 モナカの数は三十個くらいある。


 おじいさんは目を輝かせて割ったモナカを口に放り込み、次のモナカを割る。


『それで閣下、ぜひ隣領との関税率の見直しをお願いしたいのですが……』


『そんな事か。よい、任せておけ!

 ……それにしても――』


 おじいさんはおじさんを見て、ニヤリと笑う。


『H‐Goカンパニー、そなたもワルよのぅ?』


『いえいえ、閣下ほどではございません……』


 含み笑いをしていたふたりは、やがてお腹を抱えて笑い出す。


 と、そこに。


『――閣下!』


 サングラスをかけた黒服の男の人が部屋に飛び込んで来た。


『なんだ!? 今は重要な案件を話し合っているんだぞ!?』


 おじいさんが怒鳴るけれど、黒服さんは慌てた様子で映像の手前にやってきて、手を伸ばす。


『あ、マズ……』


 エイトさんの言葉とは裏腹な平坦な呟き。


『この部屋が盗撮されています! お二人の会話がユニバーサルスフィア全域に配信されました!』


 黒服さんの悲鳴じみた叫びと当時に、皇子様の前に投影されていたホロウィンドウが消失した。





『……おい、エイト――』


 皇子様が震える声で、エイトさんに呼びかける。


『なんで同時配信してるんだよ?』


『せっかくですので、この星のみなさんにもご覧になってもらおうかと』


『――その所為でバレたじゃねえかっ!』


 皇子様が怒鳴ると、エイトさんは小首を傾げる。


『…………』


 たっぷり数秒沈黙した彼女は、右手を拳にしてコツンと自分の頭を叩いて。


『――うっかり~』


 抑揚のない声でそう言って、片目をつむってぺろりと舌を出してみせる。


 わたしは思わず噴き出して、クスクスと笑ってしまったわ。


「うっかり~」


「ちょっと、ニーナ、やめて~。息ができないわ」


 ニーナがエイトさんの動きを真似るものだから、わたし、笑いが止まらなくなっちゃった。


 エイトさんは一見完璧なメイドさんな感じなのに、毎回、一度はこういううっかりをやらかしちゃうんだよね。


 ホロウィンドウの中では、皇子様がそんなエイトさんの頭をはたいていて。


『――おまっ、ホント、そういうトコだかんな!?

 ああ、もういいやっ!』


 皇子様はガシガシと綺麗な黒髪を掻きむしり、州総督府を睨み上げた。


『とりあえず、証拠映像は抑えたんだ! このまま始めちまおう!

 ――エイト! ルエンダ州全域にライブ配信!』


『――承りました』


 皇子様の言葉を受けて、エイトさんが綺麗なお辞儀をする。


『――スーさん!』


『はぁい!』


 応じたスセリアさんの手には、いつの間にか彼女自身ほどもある、大きな重レーザーライフル。


『――カグさん!』


『応さ!』


 カグラさんは太刀に手をかけ、半身に構えた。


『――やっちまえ!』


 瞬間、皇子様のふたりの家臣は同時に動いた。

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