二十六・出自(二)
沙漠といっても、まったく水に恵まれないわけではない。外縁部には周辺の山脈から流れ込む河川も多いし、河川に恵まれない場所であっても、地中の硬い岩盤層の下には、大昔から溜め込まれた水が眠っている。
後者の場合、地下水路を築いて水源から地表面まで水を誘導すれば、植物が育ち人も住めるようになる。
ハサライは、そうして生まれた
歴史は古い。少なくとも、
小規模ながら独立国家の機能を備え、時代ごとに勢いのある周辺国と柔軟に結びついて、強かに生き延びてきた。
広大な平野である
南方から延び華瞭原の西側を通って北辺にまで至る
王都・
足の遅い隊商の列ならば、その数倍はかかるだろう。
ルドカはもちろん、行ったことなどない。が、ハサライより献上されたという珍しい香料や香木、絨毯、毛織物や金属器など、異国情緒漂う品々が宮殿内に溢れていたため、遠い親戚のような繋がりを幼心に感じていた。
その状況が一変したのは、十年ほど前のことだ。
北方の高原で頭角を現した新興の騎馬民族に急襲され、ハサライは兎国が援軍を差し向ける間もなく、壊滅状態に陥ってしまったのである。
「首長家の者は、血縁者はもちろん、奴隷に至るまで皆殺しにされました。民も多くが西域に売られ、様々な地で奴隷になったと聞きます。わたくしもその一人でした。たまたま
まさか、首長家の生き残りがいたとは。
ルドカと同じく、
「その話が本当なら、お前の名は……」
「元の名はサニヤ・ラディフィヤ。無礼を承知で申し上げます。私の母は第三夫人でしたが、
淡々と喋る
(そういうことだったのね)
ようやく合点がいって、ルドカは内心で頷いた。
ハサライにはハサライの流儀がある。兎国で正室は一人と決まっているが、ハサライでは正式な妻を、平等に扱うという約束の元に、財産に応じて何人でも持つことができた。兎国の傘下に収まってからというもの、王家の意向もあり、ハサライの首長は必ず一人は兎国人の妻を迎えることになっていた。それが藍明の母であり、たまたま塞家の傍流の者だったのだろう。
どうりでこの美貌、と、女官たちが囁くのが聞こえた。
異民族の血が混じると、美しい顔立ちになると昔から言われているのだ。
「証拠はあるのか」
早くも我を取り戻した声で、寧珠が厳しく問うた。
「ハサライの悲劇は世間で広く知られている。名乗るだけなら誰にでもできること。お前が確かにサニヤであるという証拠がなければ、信じるに値せぬ」
「証拠になるかはわかりません。ですが、首長家のごくわずかな人間にしか知りえぬことを、わたくしは知っているのだと思います」
「随分ともったいぶる。そんなものがあるのなら、早く言ってみたら良い」
「お人払いを。これ以上は、
「無礼な。お前が一体、私の何を知ると言うのか!」
「カムジーナー」
華民族のものではない言葉を、藍明は発した。
寧珠の眉が跳ね上がった。
「この場で申し上げてもよろしいのでしたら、そういたします」
「……ルドカ様」
固唾を呑んで見守る
「すっかり暗くなってしまいました。まずは
「私も聞きたい。話すなら目の前で話してちょうだい。器くらい自分で取れるわ」
きっぱり告げると、寧珠は困ったように眉尻を下げたものの、静かに頷いた。
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