十八・帰宮(三)

 昼餉ひるげ寧珠ねいじゅが腕によりをかけて作った薬膳のあつもの(スープ)だった。

 松の実やクコの実、生姜、鶏卵、青葱に干し肉など、健康に良いたくさんの具材がとろみのついた汁で煮込まれている。それを、もちもちと炊き上げたきび飯と共に食す。


「気を失うのは胃に水が溜まっているせいだと聞きますよ。お悩みが多すぎるとそうなるのです。治すには中から温めるのが一番ですわ。それと、お悩みの元を絶つことです。恐ろしい夢までご覧になって、ばあやはもう見ていられません」


 茶を注ぎ器を取り、甲斐甲斐しく世話を焼きながら、寧珠は口も忙しい。


「ルドカ様のお気持ちはよく存じておりますが、少し気を張り過ぎではありませんか。連日暇さえあれば難しい書物と睨めっこして。この年頃の公主こうしゅであれば、もっと着飾り美に磨きをかけて、とっくに結婚していてもおかしくありません。

 もちろん、ルドカ様ほど高貴なご身分であれば、婿選びには時間をかけて当然です。ただ、もっと詩歌や刺繍にお時間を割いてもよろしいのでは」


「ばあや、この昼餉、とっても美味しいわ」

「そうでございますか! もっとお召し上がりくださいまし!」

 ぱっと晴れやかな顔になって、漬物や干し果物の小鉢もいそいそと勧めてくれる寧珠を見ていると、これからの計画が後ろめたくなってくる。


「ばあや、我儘わがままを言ってもいい?」

「まあ、もちろんですとも。大きくなられたルドカ様にまだ困らせていただけるなんて、乳母めのとの腕が鳴るというものです」

「食べたいお菓子があるの。昔、ばあやが作ってくれた、もっちりした皮に橙の香の甘い餡が入っていて……」

橙冬糕とうとうこうのことですね。橙の皮と冬瓜を甘く煮て餡を作るのですよ。それに蜂蜜を添えて。夕餉ゆうげまでにご用意いたしますわ」

「ありがとう! それと、ばあやの言う通り、難しい書を読み過ぎて疲れてしまったの。たまには気晴らしに、お忍びで街へ出かけようと思うのだけれど……」


 霊廟で気を失ったばかりだ。怖い顔で反対されるのではないかと思っていた。

 予想に反して寧珠は、真剣な顔で重々しく頷いた。


「気詰まりな王城から外出なさるのは、大変よろしいことです。さっそく先触れを出して、装飾品や織物を扱う店主に最高級品を持ち寄らせましょう。実家の当主である弟に座敷を手配させますので……」

「そうじゃなくて、自分の目で街を見たいの。気持ちはありがたいけれど、そんなに大仰な支度はしてほしくないわ」

「左様でございましたか。では、紅玲こうれいさんに精鋭の護衛団を見繕ってもらわなくては。女官も特に気の利く者を四人ほど。私がお仕えできれば一番ですけれども、橙冬糕をお作りしなくてはなりませんし……」

「あの、そんなに人数がいたら、お忍びじゃないと思うの」


 再び押し問答だった。お付きの者がぞろぞろ付いてきては気詰まりだ、外出しても意味がないとルドカが怒ってみせたところで、ようやく寧珠が折れた。

 紅玲と筆頭女官の杏磁あんじを傍に置き、女官が仕事での外出に使う馬車に乗って、娘子じょうし軍の精鋭を市街の要所に忍ばせるということで話が決まる。もちろん、王都防衛兵であるじゅん軍にも話を通しておく。


「本当にくれぐれもお気をつけて、あまり遅くならないうちにお帰りくださいまし! 紅玲さん、杏磁さん、ルドカ様のことをよろしく頼みましたよ……!」


 さめざめと袖を濡らしながら手を振る寧珠に見送られ、お忍びの支度を済ませたルドカたちは、馬車に乗って官吏用の門から白貴はっき城の外へ出た。

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