第16話 弱者の復讐

 寝室でゴロゴロしていると、スッキリとした表情のシファンが帰って来た。


「おう、どうだった?」

「おかげさまで恨みを晴らすことができました! このような機会を作っていただけて、本当に嬉しいです!」


 彼女はまさしく満面の笑みだ。あらゆる負の感情が吹っ切れ、幸福の絶頂にいるようにすら見える。


「そういう約束だったからな。で、奴らはどうした? 殺したのか?」

「いえ、そこまでは。ただ、毒が回った状態のまま、ゴブリンの巣穴の前に三人まとめて放置しておきました。運が良ければ、生き延びられるんじゃないでしょうか。リンさんみたいに」


 リンのケースは奇跡中の奇跡だし、奴らは十中八九死ぬと思うが、一応可能性を残しているのはシファンなりの情けなんだろうか。

 いや、直接手を下さない分むしろ残酷か。何にせよ、これで奴らがうちのダンジョンで死んだという記録は残らない。


 我ながら、ギルドに目をつけられることなく、シファンの復讐を遂げられる完璧な作戦だったな。


「それで、お前はこれからどうする?」

「どうする……とは、どういう意味でしょう?」

「一応、これで目的は果たしたんだ。これ以上俺に付き従う義理はないんじゃないかと思ってな」

「そ、そんな! クロン様まで私を捨てるんですか⁉」

「いや、そうじゃない。どうするかはお前が決めたらいい。最初にした約束ではここまでだったからな。この先も俺に忠誠を誓ってくれるなら、このタイミングで明確にしておきたいんだ」


 俺は彼女の復讐心を煽り、仲間に引き入れた。だから復讐さえ遂げてしまえば、俺への忠誠心も薄れる危険性はある。


 だから明確にしておくんだ。あやふやなままの主従関係など、敵よりも厄介な存在になりかねない。


「私はこれからもクロン様と一緒にいたいです! クロン様の夢を────このダンジョンを大きくして、いずれは魔王と呼ばれるような存在になるという夢を、お手伝いしたいんです!」

「どうしてだ? そうすることでお前にどんなメリットがある?」

「いずれ魔王となるお方の、最初の配下になれるのです。これほど名誉なことが他にあるでしょうか?」


 ……これには驚いた。まさか、一瞬たりとも迷わずに即答するとは。


 俺の質問を事前に予測していたわけではあるまい。言葉を飾り立て、心を偽る暇もない、刹那の回答。これを疑うほど、小心者なつもりはない。


「面白ェ……いいんだな? もう二度と、冒険者なんて、そんなキラキラした職業にはつけねぇぞ?」

「あんなものに未練はありません。私は私を必要としてくれる人の役に立ちたいのです。私の魔法は、きっとクロン様の力になれます」

「ああ、そこは疑ってねぇよ。お前は間違いなく一流だ。誰がなんと言おうと、俺がお前を認めてやる。俺たちがさらに上を目指すためには、お前の力が絶対に必要になる。これからも力を貸してくれるか、シファン?」

「もちろんです!」


 力強い返事をした直後、シファンはハッとした顔をして、慌てて俺の前に跪き、こうべを垂れた。


「クロン様に、絶対の忠誠を誓います」


 魔王に服従する配下。いいじゃないか、それらしくなってきた。だが、場所がそれらしくないな。石造りの寝室で誓う忠誠など、いまいち心に響かない。


「こういうのは玉座でやらねぇと締まらないがな……」

「立派な魔王城が完成するのは、そう遠くないと思いますよ」

「そうか、だったら今は形だけでも────」


 俺はシファンが以前買ってきてくれたコートを羽織り、腕を横に振り上げ、裾を大袈裟にはためかせる。


「ふん、魔王らしくて上出来だ。大金はたいて買った甲斐があったな」

「はい! とってもよくお似合いです!」


 たった一部屋しかないダンジョン、大量に張られた陳腐な罠、たらふく飯を食うゴブウッド兵団、ゴブリンと共に育った少女、元冒険者のヒーラー、そして戦闘力皆無な魔王。


 世界最強の魔王を目指すなど、まだまだ先は長いと言わざるを得ない。だが、着実に進歩していることは確かだ。


 俺は俺の存在を世界に認めさせる。踏みつけられ、奪われ、使い捨てられる弱者ではない。全てを支配し、意のままに操る強者になるため。

 寝ているだけで何もかもが思い通りになる絶対的な地位。他の全てを虐げ、押しのけてでも、必ずそこまで辿り着いてみせる。


 それこそが、俺から全てを奪った連中への復讐だ。

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底辺から狙う魔王の座~引きこもってるだけで勝てる最強ダンジョンを作る~ 司尾文也 @mirakuru888

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