第12話 とある冒険者たちの末路1

 クロンのダンジョンから南方に30キロほど進んだ先にある街、クロックソード。


 百年前の戦いで魔王を封印した勇者シリウス・クロックソードの出身地であるとされていることから、その名がつけられた街である。


 付近に強力なモンスターが少なく、勇者ゆかりの地ということもあって、勇者に憧れる駆け出し冒険者が多く集まり、この百年で劇的な発展を遂げた街としても知られている。


 その街の一角、冒険者ギルドに併設された酒場にて、三人の男女が依頼達成を祝って酒を飲んでいた。


「いやぁ、今回は随分とキツかったなぁ。やっぱ俺たちにDランクの仕事はまだ厳しいか」

「ま、結果的に上手くいったしいいんじゃない? 他のパーティーと組むのは分け前が減るから嫌だったけど、上のランクの依頼も取れるようになるのはいいよね」

「だが、相手のパーティーに犠牲者が出てしまった。あちらが不用意に前へ出たせいだとはいえ、心が痛むな」

「やれやれ、仕事終わりはここで気持ちよく一杯飲むのが恒例だってのに。おかげで今日は酒がマズいぜ」

「ジャック、あまり不用意なことを言うな。他の冒険者に聞かれでもしたら心証が悪くなるぞ」


 ダンテに注意を受けたジャックは、苦虫を噛み潰したような顔をして、さらに一口ジョッキを傾ける。


「やはり、うちのヒーラーが欠けたのは痛いな。向こうのパーティーのヒーラーに過剰な負担をかけてしまった」

「募集はかけてんだけどなぁ。ちっとも集まる気配がないんだよな」

「そりゃそうでしょ。フリーのヒーラーなんてそうそう見つからないって。一番代えが効かない役職なんだから」

「ったく、これじゃいつまで経っても上のランクに行けないじゃねぇか。Eランクなんかで足踏みしてる場合じゃないってのに……これも全部あの鈍臭い奴のせいだ!」


 ジャックは空になったジョッキを力強くテーブルに叩きつける。まだ手つかずだった料理がひっくり返り、床にこぼれる。彼はそれをかかとで踏みつけ、苛立ちを露わにした。


「死人に怒っても仕方ないだろう。そんなことをしても問題は解決しないぞ」

「そうそう、シファンって魔法の腕はいいんだけど、もともとちょっと抜けてるとこあったからね。そもそも冒険者に向いてなかったっていうか、あそこで死んでなくてもどうせすぐ脱落してたと思うよ? むしろ、早い段階で抜けてくれたおかげで新しいパーティーを組みやすくなって良かったんじゃない?」

「良かったわけねーだろ。パーティーメンバーがもう死んでんのがギルドにバレないように脱退手続き取るのも面倒なんだよ」


 ダンテとメリルがなだめても、ジャックの苛立ちが収まる気配はない。周りに会話が聞かれるほど大声で話すことはないが、その機嫌の悪さに関しては傍から見ても一目瞭然だ。


「アレは運が悪かったのだ。偶然にも強力なダンジョンに足を踏み入れてしまったのが運の尽き。だが冒険者にはよくあることだ。誰かを責めても意味がない」

「そりゃそうだがな。文句のひとつぐらい言わせてくれよ。シファンがもうちょっとシャキッとしてりゃ、今頃あのダンジョンを制覇できたかもしれないんだからよ」


 ジャックの愚痴は止まらず、さらに次の酒を注文する。もう今日の分の稼ぎをすべて使い切る勢いだ。


「あんな罠にかかるなんて……同じパーティーの一員として情けないったらありゃしないぜ」

「確かに、シファンがあそこで行動不能にならなければ、あの包囲を突破できた可能性があるのは事実だな」

「むしろあの状況から生還した私らってなかなかすごくない?」

「そうだな。あの状況において最悪の事態はパーティーが全滅することだ。それを避けられただけでも上出来だろう。シファンも内心、ホッとしていたかもしれん」

「ま、そりゃ言えてるな。自分のせいで仲間を道連れにしたとあっちゃ、死んでも死に切れねぇだろうからな」


 かつての仲間の顔を思い浮かべながら盛り上がる三人に、同じく冒険者である顔馴染みの男が声をかける。


「────よう、ジャック! 今日もここで飲んでやがるのか!」

「……んあ? なんだお前か。何の用だよ。こっちだって暇じゃねぇんだぞ?」

「酒飲みながら何言ってやがる。それよりお前ら、ヒーラーは見つかったのかよ?」

「そんなすぐ見つかんねーよ」

「あぁ? おいおい……まさか、ヒーラーも無しに討伐依頼受けてんじゃないだろうな? 命がいくらあっても足りないぞ?」

「その辺は上手くやってる。余計なお世話だっつーの」

「……ったく。そもそも、なんで前の子切っちまったんだよ。優秀そうな子だったじゃないか」


 男の質問に、ジャックの表情が強張る。ダンテとメリルも同様だ。ほんのりと額に汗が滲み始める。


「なんか……田舎に帰るって言い出してよ。冒険者稼業は怖くてやってられないって言って逃げ帰ったんだ」

「そいつは妙だな? この前、あの子が一人で依頼受けてるのを見たぞ?」

「……は? 人違いだろ?」

「いやいや、確かにそうだった。この目でちゃんと見たぜ。特にあの杖はお前らんとこのヒーラーで間違いないと思うぞ? ほら、魔法使いの杖って大体オーダーメイドだろ? 見間違えるはずねぇよ」


 これには驚きを隠せるはずもない。ジャックは目を大きく見開き、手に持っていたジョッキを滑り落としてもなお硬直し、細かく歯を打ち鳴らす。

 他の二人も同様だ。取り繕いきれない驚愕をその顔に貼りつけながら、ポカンと口を開けて呆然とする。


「……どういうことだ? シファンが……生きてる?」


 酔いが一気に醒め、体が冷えていく感覚がする。楽しく盛り上がっていた酒の席はすっかり静かになり、三人を奇妙な空気が包んだ。

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