第11話 カエルの落とし穴
俺たちの住むダンジョンから、二時間ほど北に歩いた先にある洞窟。深い森の中にあり、不気味な雰囲気漂うこの場所に、シファンとゴブウッド十匹を連れてやってきた。
ゴブウッドたちはリンが俺の配下になったということをちゃんと認識しているらしく、リンがいなくとも俺の指示を聞いてくれる。
つくづく、ゴブリンにしては珍しいと思う。主従関係を重んじ、人間相手にも忠誠を誓うモンスターはいるらしいが、ゴブリンはもっと傍若無人に振舞う生き物なはずなんだけどな。
まあ、その辺は個体差ということなのだろう。リンの精神性がゴブリンに寄っているのと同様に、こいつらの精神性も人間に寄っているのかもしれない。
「────あ、いますね。アレです」
シファンが指差した先には、俺と同じくらいのサイズのカエルがいた。普通のカエルならともかく、あそこまで巨大だと見ているだけで寒気がする。
「アレがホールトードか。初めて見るな」
「あまり近づかないでくださいね。好戦的ではないですが、あの舌に絡みつかれると厄介ですから」
「何も言われなくても近づかねぇよ。あんな気持ち悪い……」
ギョロギョロ動く目玉も気持ち悪いし、ヌメヌメしている表面も気持ち悪い。病気の牛みたいな泣き声も、跳びはねる時のベチャベチャという音も不快だ。
「この洞窟周辺に大量発生するホールトードを討伐して、その目玉を回収するのが依頼内容です。目玉ひとつにつき20ラピスで買い取ってもらえるそうですよ」
「目玉? そんなもの集めて何に使うんだ?」
「さぁ? ギルドに持ち込まれた依頼を受けただけなので、私にはわかりません。ですが恐らく、古代魔法の実験にでも使うのではないかと」
「古代魔法?」
「魔法にも色々種類があるのですよ。魔法陣を使って魔法を行使するのが、現在最も一般的に使われている魔法ですが、古代魔法はモンスターの死骸とか、ゲテモノ類を使って行使することが多いんです」
「……よくわからんが、目玉を触媒にして何かするってことか? 何にせよ趣味が悪いな」
まあ、依頼人がどう使おうが知ったことではない。巨大カエルの目玉が欲しいとかいう変人の頼みでも、金さえ貰えるのなら喜んで引き受けようじゃないか。
「目玉以外はどうしてもいいってことだよな?」
「はい、特に注文はありませんでした」
「だったら目玉だけ回収して、残りはゴブウッドの餌にしよう。あれだけのサイズなら一匹狩るだけでも結構食えるだろ」
いくらゴブウッドが大食いとはいえ、胃の容積以上に食うわけじゃないからな。単純にデカい物を用意すれば、それだけ腹も膨れる。
「しかし、どうやって討伐するんです? ホールトードはさほど危険なモンスターではありませんが、逃げ足が速い上に、体にまとわりつく粘液が厄介です。ゴブウッドに狩らせるのはあまり効率的ではありませんし、下手すれば返り討ちですよ?」
「それは冒険者的発想だな。別にモンスターと正面切って戦う必要なんかない。巣穴の前に罠を仕掛けておいて、しばらくしてから回収に来ればいいだけだ。それならゴブウッド達でも問題なくこなせるだろ?」
「……なるほど、ですが肝心の罠はどうするんです? あのサイズだと毒の効きも悪そうですし、バーンの実を使った罠だと目玉を傷つける可能性もあります」
俺たちが使っている罠は主に二つ。元々ダンジョンに置かれていた毒針の罠と、強い衝撃を与えると爆発的に炎上するバーンの実による罠。
今まではこの二つで良かったが、どちらもあの巨大カエル相手には効果が薄そうなので、新しいのを開発する必要がありそうだ。
「ふむ、ゴブウッドでも簡単に使えるくらい単純で、確実にあのデカいのを仕留められる罠か……」
デカいと言っても、普通のカエルに比べればデカいというだけで、家よりデカいとか城よりデカいとか、そこまでの規模じゃないんだから、そう難しい話じゃない。
「だったらシンプルに落とし穴でいいか」
「落とし穴ですか?」
「ああ、標的の体重が重いと動作しやすいし、ちょっと手間はかかるが蓋を開閉式にすれば何度でも使える。洞窟に出たり入ったりすることはわかりきってるから、必ず引っかかるしな。一度に一匹しか仕留められないから乱獲はできないが、それでも充分な成果は出すだろ」
まず、ホールトードが余裕をもってすっぽり入るくらいの深さの穴を掘る。これがかなりの手間だが、ゴブウッドたちにやらせれば数日で終わるだろ。
その間、作業中に上から潰されることのないようシファンに周辺のホールトードを追い払ってもらう。
こういう臨機応変な対応が求められる仕事は人間に任せないと、ゴブウッドじゃ絶対に事故る……気がする。
穴が掘れたら、中に先端を尖らせた木の槍を仕込む。折れると面倒なので充分な太さを保ちつつ、ヌルヌルしたカエルの腹を突き刺せるぐらいの鋭利さは出す。
ここは俺の仕事だ。似たような罠を作った経験は何度もあるので、そう難しいことじゃなかった。
最後に、土を表面に塗りつけて申し訳程度に偽装した、開閉式の蓋を被せたら完成だ。
あんなもの、人間どころかゴブリンでも引っかからないバレバレの罠だが、脳みその足りないカエルは踏む。
目の前で仲間が落ちようが、次の日には忘れて普通に踏むくらいの馬鹿が相手だからこそ成立する罠だな。
完成したら動作確認だ。草むらに隠れて、実際にあの罠に引っかかってくれるかどうかを確かめる。
「────大丈夫でしょうか? ちょっと心配ですね」
「リン、なんかドキドキしてきた」
「おいおい、たかが罠の動作確認だぞ? なんで一大事業のクライマックスみたいになってんだよ」
まあ、なんだかんだ一週間もかかったので、動作しなかったら困るという意味では俺もちょっと緊張している。
ダンジョンをゴブウッドのみに任せて、リンも来てるぐらいだからな。注目度はメチャクチャ高い。もはやダンジョン運営の一大プロジェクトだ。
三人で固唾を飲んで見守る中、一匹のホールトードが洞窟の中から姿を現した。
「ングェェェェェェェ」
気持ち悪い鳴き声を響かせながらぴょんぴょん跳ねるその巨大カエルは────落とし穴の真上を丁度飛び越して外へと出て行った。
「あ、あれ? かわされましたよ?」
「バレてる! 罠バレてるよ!」
「落ち着け! マグレだ……マグレ! ほら、次が来るぞ!」
後に続いて二匹目のホールトードが外に飛び出してくる。その巨体を軽やかに跳ねさせ、洞窟を出たその瞬間────落とし穴の蓋を踏み抜いて下へと落ちた。
「っしゃあ! このマヌケがァ‼ ざまぁみやがれ‼」
思ったより回避されるが、一度に大量に落ちられても困るし、これぐらいで逆にいいだろ。うん、これで完成だ。
「よし、リン。ゴブウッドに命令して、落ちたホールトードを運び出せ」
「わかった!」
「槍を掃除して、蓋を閉めたらまたホールトードが落ちるまで待つんだ。一日五匹か六匹ぐらいは仕留めたいからな」
「これでようやく、ゴブウッドの食料問題も解決ですね」
「ああ、そうしたらいよいよ、お前の目的を叶える時だ」
俺の言葉を聞き、シファンの目の色が変わる。
今まで催促こそしてきたことはなかったが、その時を今か今かと待っているのは伝わっていた。溜め込んだ憎悪は、いつか爆発してもおかしくないほど膨れ上がっている。
もうこれ以上待たせるわけにはいくまい。彼女の忠誠心に応えるためにも、俺は約束を守る必要がある。
「ついに……この時が来たんですね!」
「ああ、薄情な冒険者共に、弱者の恐ろしさってヤツを教えてやろうぜ」
最低限の戦力も揃ったし、準備は万端。今こそ彼女の復讐を果たす時だ。
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