第9話 ゴブリン少女

 指揮官を抑えた途端、兵隊たちはあっという間に大人しくなった。ゴブウッドは群れを成す生き物とはいえ、ここまでキッチリ統率されているのは珍しい気がする。

 しかも従っている相手が人間の少女となれば、かなり珍しいどころではない珍妙な事例であることは間違いない。


「えっと……お前、これはどういうことだ?」


 見た目十歳前後くらいの少女に抵抗される心配はなさそうだが、一応縄で縛っておいた。彼女は暴れることもなく、大人しく地べたに座り込んでいる。


「あのゴブウッドは……魔法で支配してるのか? 結構な数だと思うんだが……」

「こんな小さな子があの数のモンスターを操るなんて、驚きです。属性が違うとはいえ、私よりよっぽどレベルの高い魔法使いですよ……」


 シファンが受けた傷は、既に彼女自身の魔法で治癒している。幸い、そう深い傷ではなかったようだ。


「リ、リンは……魔法を使ってるわけじゃ……」

「え? なんだって?」

「……リンは魔法使いじゃないよ! あの子たちは友達なの‼」


 恐らくどこかで拾ったのだろうやけにぶかぶかな服を着て、ボサボサの髪を跳ねさせながら、少女は抗議する。


「友達?」

「うん、あの子たちはリンを守ってくれてるの! 魔法じゃないよ!」


 何を言ってるんだろうこいつは。


 リンってのはこいつの名前だよな。でもゴブウッドと友達ってなんだ? 魔法じゃないってなんだ?


「なあ、シファン。俺にはさっぱり意味がわからないんだが」

「……恐らく、この子はモンスターとある程度の意志疎通を取ることができるのだと思います。ゴブリン限定なのか、もっと言えば、ゴブウッド限定なのか、あるいは他のモンスターでも可能なのかはわかりませんが」

「モンスターと意思疎通を……?」

「モンスターとの共生は、亜人族によく見られる特徴です。ただ、この子はどう見ても純粋な人間なので、珍しい……というか聞いたことも無い話ですね」


 全く知らなかった。というか、亜人族なんて見たこともないし。そこら辺の知識は流石プロの冒険者と言うべきなのか。


「リン……で、いいんだよな? お前はなんでそんなことができるんだ?」

「なんでって……皆と一緒に生きてきたから」

「皆? 皆って、ゴブウッドのことか?」

「……うん、リンはずっと昔にお母さんに捨てられて……それで……」


 彼女はそのまま黙って俯き、何も言わなくなってしまった。黙秘しているというよりは、話すに話せない苦い記憶……という感じだろうか。


「捨て子でしょうか。酷いですね……許せません」

「そう珍しい話でもないけどな。食い扶持を減らすために子どもを捨てる親なんてどこにでもいる。ただ、モンスターに拾わせてるのはいくらなんでも頭がイカれてるとしか思えないな。しかもよりによってゴブリンとは」


 人間に対し中立的、あるいは好意的な立場のモンスターもいる。だがゴブリンという種族はそうではない。そうではないモンスターの代表例と言ってもいい。

 人間から奪い、盗み、殺すことで生き延びているのがゴブリンの生態であり、人間にとってみれば厄介な害獣以外の何物でもない。


「だが……なぜそれで生きていられるんだ? ゴブウッドが人間の子どもを見つけて殺さないわけないと思うんだが。見逃すならまだしも、自分たちの指揮官に据えるなんて有り得るのか?」

「……ひょっとしたら、この子の知性を買ったのかもしれません」

「知性を?」

「幼いとはいえ、人間の子どもならゴブウッドよりも頭が回ることもあります。それをリーダーとして群れを作れば、襲撃の成功率も上がりますから」

「ゴブウッドのくせにそこまでの考えが? いや……事実として、人間の少女を頭にしたゴブウッドの群れがある以上、認めるしかないか」


 親に捨てられ、ゴブウッドに拾われ、奇跡的にゴブウッドとの共同生活を成立させている少女。

 研究者なんかが知れば泣いて喜ぶのかな。あるいは界隈では既に常識なのか。そんなこと俺にとってはどうでもいいが。


「さて、じゃあお前たちの処遇を決めるとするか」


 それを聞いた途端、リンの体がピクンと跳ねる。


「リ、リン……殺される?」

「そりゃダンジョンに踏み入ったんだから殺されても文句は言えないだろ。……と言いたいところだが、子どもを殺すのは気分が悪い。ちなみにお前、何歳なんだ?」

「……多分、十五」


 俺と四つ差か……そんなに変わらないな。見た目が小柄な上、ゴブウッドと生活してるせいで精神的に幼いだけで、実際はそこそこの年齢なのか。


「じゃあ、殺しても問題ないか」

「ひ、ひぇっ! う、嘘! 五歳! 五歳!」

「それはちょっと無理があるだろ……」


 見え見えの嘘を吐いてまで生き延びようとするリンに、俺はひとつ質問を投げかけてみる。


「なあ、お前はなんのためにこのダンジョンを襲った?」

「そ、それは……食べ物が欲しくて……」

「生きていくためか。生きていくためなら、何でもするってことか」

「なんでもする。皆と一緒に生きていくためなら、リンは何でもする」


 人間の姿をしていて、人間の言葉を使っていても、彼女の精神性はほとんどゴブリンみたいなものだ。

 襲撃もする、略奪もする。生き延びるためなら、知恵を絞ってどんな卑劣な手でも使う。


 その純粋さは、裏がなくて非常にわかりやすい。


「あのゴブウッドたちはお前の言う事なら何でも聞くんだろ? だったら人から奪うことに拘ることはないだろ。畑でも作って静かに暮らしたらどうだ」

「そんなの……わかんない」

「ゴブウッドにそこまでの知恵はないからな。だがお前が指示を出せば話は別だ。お前をリーダーとして受け入れている以上、奴らに人間を襲いたいという本能は働いてないようだし、不要な危険を冒さずに生きていくこともできるんじゃないか?」

「そんなこと言われても……わかんないよ……」

「だろうな。お前はゴブリンとしての生き方しか知らない。このままじゃ冒険者に狩られて終わりだ。お友達のゴブウッドは全員殺され、お前も死ぬ。運が良ければ、見世物にされるだけで済むかもしれんが」

「そんなの……そんなの嫌だ‼」


 リンは駄々をこねるように、闇雲に騒ぎ立てる。


「嫌だと言ってもそれが現実だ。いずれは確実にそうなる。それとも、今後何十年も今の生活が続けられると本気で思っているのか?」

「………………」


 ここで黙りこくるのは、反論できないから。現実を見るだけの賢さをきちんと持ち合わせているからだ。

 何も考えず、ただ暴れまわるだけじゃない。それこそが人間である彼女の聡いところであり、本来ゴブウッドにはない知性だ。


 だからこそ、対話が可能になる。欲望のままに動くゴブウッド相手に、言葉を交わすことができる。


「だったら俺の配下になるつもりはないか」

「……配下?」

「俺はいずれ魔王になる男だからな。モンスターと共に生きることに否定的なつもりはない。お前は人間としても、ゴブリンとしても半端で、どこにも居場所はないかもしれない。だがこのダンジョンでならお前は生きていける」

「……本当? リン、ここでなら生きていける? 皆と一緒に?」

「やってもらいたいことが沢山あるからな。俺の命令に従ってくれるなら、お前たちに居場所を与えてやれる。さぁ、どうする? 決めるのはリーダーのお前だ」


 リンはしばらく沈黙する。やはり彼女は賢い。反射的に結論を下さず、長期的に考えてメリットのありそうな選択を取ることができる。

 流石、今までこの群れを束ねてきただけのことはあると言うべきか。彼女は熟慮の末に結論を出し、覚悟を決めたように俺の目を真っ直ぐ見つめた。


「名前教えて?」

「クロンだ」

「……わかった。じゃあ……これからはクロンがリンたちのリーダーだね」


 世にも珍しいゴブリンを従える少女。彼女が加わったことで俺のダンジョンも徐々に賑やかになってきた。

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